今日は日曜日だが、俺は制服を着てA組の教室にいる。今週末の課題がとても難しく、砂藤と一緒に委員長に教えてもらう約束をしたからだ。自慢ではないが俺もそこそこ勉強はできる方だったようで、委員長の教えもあり課題はすぐに片付いた。
残すところは砂藤の問題集の最後の大問。今回の課題は生徒毎に問題がランダムだから写すことができないって上鳴が嘆いてたっけな。
「よりによって最後は英語か……教えてくれ飯田。」
「ふむ、ちょっと先に見せてくれ。」
委員長は砂藤の課題を手に取り、英文をブツブツ読み上げている。どうやら内容は恋愛物らしい。しかしさすが委員長だ、少し読んだだけですらすら解いてしまい、すでに砂藤に解説し始めている。だが、一番最後の英作文で2人の手は止まった。委員長は、ちょっと失礼!、と言いながら辞書をめくり始め、少し時間がかかりそうだから二人はゆっくりしててくれ、とのことだった。すると、砂藤は俺の方を向いて小声で凄いことを聞いてきた。
「なあ、昨日、統司とキスできたか?」
「はぁ!?キ、キ、キスって、お、お前、何言って………あ、あれはお前の仕業か!?」
「先に質問に答えろよ。できたのか?」
「………してない。」
「はぁ!?なんでだよ!」
「俺が聞きたいよ!」
砂藤が演習直後に、俺に感謝しろよ、とかわけのわからないことを言っていたのはそういうことだったのか。それにしても、昨日の真の顔が頭から離れない。林檎っ面で瞳を潤ませながら俺を見上げる真はひどく煽情的だった。俺だって年頃の男子高校生、やましいことを全く考えないといえば嘘になる。初めてのキスができると期待したのは事実なわけで。
「なんで失敗したんだよ!あいつちゃんとクッキーくわえて差し出してきただろ?」
「俺が躊躇してたら、真がクッキーかじって落としちゃったんだよ……」
「……それはお前が悪い。」
「……後悔はしてる。」
「その後どうしたんだよ。」
「ああ、それは…………」
***
「ま、猿夫くんが早くしてくれないからだよ!」
「ご、ごめん……」
「うーん、落ちちゃったのはしょーがない、よね?」
そう言って真は落ちたクッキーを拾ってゴミ箱に捨てた。シーンとした空気を冷たく感じ、熱くなっていた身体も心もクールダウン……なんてことはなく。
キス。意識したことは当然ある。しかし恥ずかしがり屋の真のことだ、いざしようとしてもいつものように、無理だよ〜!なんて言いながら逃げる図が想像できる。でも、いつまでたっても先へ進めないのは正直辛いところがある。真をチラッと見ると、丸くて大きい綺麗な目を俺に向けている。今なら、と思い彼女と目を合わせて、勇気を出して心の内を曝け出した。
「俺さ、真とキスがしたい。」
「えっ……キ、キ、キス!?」
「俺は真が好きだよ。だから、真とキスがしたい。」
「あ、う、え、えっと……」
「真がしたいって言ってくれるまで俺待つから。だから、考えといてくれない?わざわざこんなこと聞くの変かもしれないけど……」
真は林檎みたいに真っ赤になって、俺の目をじっと見つめたまましばらく固まってたが、ハッと我に返ると首が取れるんじゃないかってくらい首を何度も縦に振った。
***
「………って感じだよ。」
「……お前ってやっぱ真面目だよな。」
「まぁ、嫌われたくはないし。」
なんて話していたら、バンッと勢いよく辞書を閉じる音がした。委員長が問題を解き終えたようだ。
「よし!砂藤くん!これが正解だ!」
「おお!悪いな飯田、説明頼むぜ!」
「ああ!では、まずこの構文だが……」
砂藤は彼の方を向き直し、必死に説明を聞いている。しかしあの委員長が難しいと感じる問題は俺も気になる。身を乗り出して問題に目を滑らせていると、委員長が最初から説明し直してくれた。終始納得のいく説明をしてくれたおかげで同じ問題が出てもすんなり解ける気がするし、砂藤も彼の回答を見ずに自分で正解を書くことができていた。
「いやァ、さすが飯田!助かった!礼に明日何か菓子でも作ってくるぜ!」
「クラスメイトを支えるのは当然のことだ!だが砂藤くんの菓子は美味いからな、ぜひいただこう。」
2人が問題集や辞書を片付けている間、俺は委員長の回答を見てみたが、1つだけわからない単語があった。
「委員長、このplatonicって単語どんな意味?」
「む?ああ、これか。海外では哲学的な意味を表すようだが、日本では……まぁ、ざっくり言うと純粋な、という意味だな。」
「へぇ……ありがとう、勉強になったよ。」
こうして俺たちの勉強会は終わり、各々の帰路に就く。最後に委員長から教わった単語が真を体現しているものだったから頭に残って離れない。なんだか今すぐにでも真に会いたい。そんなことを思いながら、いつもの赤信号が長い横断歩道を渡り終えるとスマホが震えた。ディスプレイには統司 真。
「もしもし?猿夫くん?」
「うん、そうだよ。どうしたの?」
「あのね……会いに行っちゃ、だめ?」
「……えっ。」
「あ、ごめんね、忙しかった?」
「いや、俺も会いたいと思ってたから嬉しくて…………」
驚いた。真に会いたいとは思っていたが、まさか本人も同じことを思っていたとは。電話口で照れ合いながら、俺の方から会いに行く約束を取り付け、真の家へ足を進めた。
「猿夫くん!早かったね!あれ?なんで制服なの?」
「ちょっと友達と勉強会してたんだ。」
「そっかあ、お疲れ様!」
「ありがとう。えーと……真、俺に何か用事だった?」
「あ、えっと……う、う、うん、そ、そうなの。」
真は顔を赤くして両手を自分の頬に押し付けて目線をきょろきょろと泳がせた。真がこうなるときは決まって恥ずかしがっている時だ。でも、まだ何も恥ずかしがるようなことは起きていない。ということは、何か伝えたいことでもあるのだろうか。それも、恥ずかしくなるようなこと。
「真?」
「え、えっと、あのね、お話、したいことがあるの。でも、大きな声じゃ言えなくて……」
なるほど、何か恥ずかしくなってしまうような相談事でもできたのか、と納得する。小声で話しやすくなるよう俺は少し屈んで、真と目線を合わせた。互いの顔の距離が縮まったせいか、真の丸くて大きい綺麗な瞳が潤んでいるのがわかった。昨日のアレを思い出してしまい思わず生唾を飲み込んだが、怖がらせてしまうのではと思い平静を装う。
「これでいい?」
「うん、ありがとう。……あのね、猿夫くん。」
「なに?」
「…………だぁいすきっ。」
そう言って、真は俺の右頬に手を添えて顔を近づけた。ちゅっとリップ音が聞こえたと同時に左頬に温かく柔らかな感触を感じた。
…………俺、今、キス、された?
一瞬思考が停止し、俺は無意識に自分の左頬に左手を当てて、真の顔を見た。両手を頬に押し付けながら、昨日よりもさらに煽情的な艶っぽい表情で俺をまっすぐ見つめていた。
「真、今の……」
「昨日、考えといて、って言ってたから……」
「い、言った、けど……」
「今は、これで、我慢して?も、もう少しだけ、待っててくれる……?」
「い、いくらでも待ちます…………」
何も考えられなくなってしまった俺をよそに、真は恥ずかしそうに、また明日!と言いながら家の中へ駆けていった。それから、しばらくその場に佇んでいた以降の記憶はハッキリせず、気が付けば俺は自分の部屋にいた。そして一言呟いた。
「俺……耐えられる自信なくなってきた……」
純粋な少女
「おはよう、真。」
「おはよう!猿夫くん!」
ぐいっ。
「わあ!?」
ちゅ。
「ッ〜〜〜!?ま、ましら、お、くん………」
「……昨日のお返し。ほら、行くよ。」