春はあけぼの。



「猿夫くんっ!早く早く!」

「この方が早いっ。」

「ええっ!?わたしが走る方が速いよ!」

「いいからほらっ、捕まってて。」

「……うんっ!」


季節はもう春を告げた頃。今日はわたし達にとって特別な日。運の良いことに日曜日で、わたしと猿夫くんはまだ夜も明けないうちに目覚めて素早く身支度をして、夜明け前にふたりで一緒に外へ出た。外出届なら昨日の内にお互いの担任の先生に受理してもらっている。昨日は猿夫くんのお部屋にお泊まりしたのだけれど、隣の部屋が委員長さんだったのもあって文化祭の時の様な男の子の格好で来る羽目になってしまって。ウィッグとカラコンだけのノーメイクでも委員長さんにバレなかったのは面白かった。


猿夫くんにお姫様抱っこをされて、首にぎゅっと腕を回すと彼の優しい良い匂いがたくさん香ってとても心地良い。尻尾を使ってぴょんぴょん跳んでいるから春の少し冷たい朝の風が熱い顔に当たるのもまた心地良い。時計はちょうど6時の5分前を指していて、まだ太陽は見えていないけど、遠くの山の周りが明るく見えるのと、紫がかった雲がとても綺麗。


「着いたよ。」

「ありがとう!」


目的地はわたし達の全てが始まったこの公園の木の下。今日はわたしと彼が恋人同士になってちょうど1年目。昨日の夜、猿夫くんがサプライズだよって師匠直伝のガトーショコラをご馳走してくれた。師匠に教わりながら猿夫くんが1人で作ったらしくて、あのお店のケーキよりもずっとずっと美味しいと感じた。いつももらってばかりだけど、今日はわたしもちゃんと用意してる。猿夫くん、喜んでくれるかな。


「猿夫くん、渡したいものがあるの。」

「うん?何だろう。」

「あのね……これ。」


わたしは彼に赤いリボンをかけて綺麗にラッピングしたプレゼントを差し出した。


「ありがとう、開けてもいい?」

「うん、気に入ってくれるといいんだけど……」


猿夫くんは綺麗に施したラッピングを丁寧に開けてくれた。中には薄い黄色のパジャマと簡単なお泊りセットが入っている。本当はお揃いのマグカップとか大きいぬいぐるみとかあげたかったんだけど、なんとなく猿夫くんは実用的な物の方が好きかなって思って選んでみた。汚したくないから帰ったらちゃんと見るね、と言ってすぐにラッピングを元のように綺麗に閉じたけど、物凄く喜んでくれている。


「あのね、ヒーロー科は色んなところに泊まりがけで行くでしょ?だから、そういうのあると便利かなって。」

「うん、すごく助かる。ありがとう、大事に使うね。」

「うん、それとね…………わぁ……」

「真?どうしたの?」


朝日が登ってきて、その光が反射して猿夫くんの金髪がキラキラ光ってとても綺麗で、ちょっと言葉を失ってしまったら彼から心配されてしまった。


「あっ、えーと……パジャマ、わたしとお揃いだから、お泊まりする時は一緒に着ようね。」

「そうなんだ。うん、わかった。嬉しいな、お揃いって。あ、お揃いと言えば猿のぬいぐるみ、あれも大事にしてるよ。」

「知ってる、わたしがいなくなった時、毎日肌身離さず持っててたまにキスしてたんでしょ。」

「えっ、何で知ってるの!?」

「何でだろうねえ?」


実は透ちゃんと上鳴くんから聞いちゃったけど、それは秘密で。猿夫くんは、言いなさいと額を指でとんっと突いてきたけど教えてあげない。でも、実はわたしも毎日同じことをしてたからそれを白状してみたら、真っ赤になりながらそっかと納得してくれた。それからぎゅーっと抱きしめられて一瞬触れるだけのキスをされた。目をぱちぱちさせたら、やっぱりぬいぐるみよりこっちがいい、と言われて顔が熱くなってしまった。思わず両手を頬に当てたら、林檎みたいと言われてしまった。


「俺、真の綺麗な目と、林檎みたいに照れるところ、本当に好きだな……」

「そうなの?」

「うん、何度見てもなんて可愛いんだって思うよ。それに、10年くらい前も真がここで泣いてたでしょ?あの時も大きくて綺麗な目をしてる真に一目惚れしたんだ。」

「そうなんだあ……えへへ、嬉しいなあ……」

「ね、真。」

「うん?何?」


猿夫くんの言葉に頬に両手を当てて照れていたら、その両手をそっと取られて、ぎゅっと握られた。それから、目を、って言われたからいつも通り目を大きく開けて猿夫くんの細い目をじいっと見つめた。


「1年間、こんな俺と一緒にいてくれてありがとう。俺、地味だしパッとしないしかっこ悪いところも沢山見せちゃって、全然真に相応しくないかもしれないけど、それでも、真のこと好きな気持ちは俺が一番って自信あるよ。真……これからもずっと、俺のそばにいてくれますか?」


「な、何言ってるの!?猿夫くんはいちばんかっこよくて、優しくて強くて頭も良くて……わたしには勿体無いくらい素敵なひとだよ!わたしも、猿夫くんのことだいすきなのはわたしがいちばんだよ!だから、だから……ずっと一緒に、いても、いいですか?」


「真……ありがとう……」

「猿夫くん……すき……」

「俺も好きだよ……」


猿夫くんはわたしの頬に優しく手を添えた。わたしにはわかる合図。そっと目を閉じたら、唇に柔らかくてあたたかい感触。それが離れて、目を開けたらぱちっと目があって、お互い林檎みたいに真っ赤な顔をしていた。春の木漏れ日の中、わたし達は微笑みあって、これからもずっとよろしくね、と言ってもう一度唇を重ねた。





春はあけぼの。




春夏秋冬、季節は何度も移り変わるけれど、僕たちの想いは変わらない。何度も何度も巡る季節を、ふたりでいっしょにずっとずっと笑って過ごせますように。





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