そばにいたい



***



「真……別れてくれ。」

「え……え、えっ?なんで?どうして?」

「もうキミのことなんてどうでもいいからだよ。」


なんで、そんなこと、言うの。


「それは、ほんと?」

「冗談でこんなこと言うと思う?」


これは……本当……なんだ。


「そっか……うん、わかった……」


ちがう、わたし、やだよ。
わかってなんかない。


「今までありがとう。じゃあね……統司さん。」


やだ、やだ。行かないで、猿夫くん。
置いてかないで……





***



「いやーっ!!!だめえー!!!」

「うわっ!真!?どうしたの!?なんで泣いてるの!?」

「…………ゆめ?」


そうか、今のは夢だったんだ。猿夫くんと一緒に座って、彼によっかかって本を読んでいたらいつの間にか眠ってしまってたみたい。さっきの夢はすごくリアルで、自分の心臓がすごい速さでどくどくと脈打ってるのがわかる。それと、汗と涙で濡れた髪が顔に張り付いて気持ち悪い。隣にいた猿夫くんは、慌てて読んでいた本を置き、心配そうにわたしの顔を覗き込んでくる。


「真?大丈夫?」

「…………」

「真?聞こえてる?」

「……あ、う、うん。大丈夫。えっと、えっと、猿夫くん……」

「何?どうしたの?」


猿夫くんのお顔がすぐ近くにあって、すごく緊張してどきどきして、わたしの顔に急速に熱が集まった。きっと、林檎みたい、なんて思われてるはずだ。


「あの……わ、わたしのこと、す……す、すき?」

「えっ、もちろん……だ、大好きだよ!」


猿夫くんはお顔と尻尾をほんのり赤くして、大きな声で大好きだと言ってくれた。すごく嬉しくて、安心する。猿夫くんはいつもそばにいてくれて、本当にわたしを大切にしてくれている。なのに、どうして、あんな夢を見てしまったんだろう。


「真……?怖い夢でも見た?」

「えっ、えっ?なんでわかったの?」

「自分で言ってたじゃないか。夢?って。」

「……言った?」

「ッ……くくっ、言ったよ。」


猿夫くんは自分が質問したことと同じことを質問し返されると声を殺してくつくつと笑う癖がある。よかった、やっぱりさっきのは夢だ。ここにいるのはいつもの猿夫くんだ。彼に隠し事をしたくないし、わたしは夢の内容を話すことにした。


「あのね、猿夫くんが、わたしに……わ、別れてくれって言ったの。」

「……はぁ?え、俺が?真に?」

「うん。それでね、どうして?って聞いたらね、もうわたしのことなんてどうでもいい、って。」

「……うん、それで?」

「わたしが、ほんと?って聞いたら、冗談でこんなこと言うと思う?って猿夫くんが。」


だんだん猿夫くんの顔が険しくなってきた。やっぱり言わない方が良かったのかな、なんて、わたしもだんだん気持ちが落ち込んできて、じわじわ涙腺が緩んできたのがわかる。


「……それから?」

「わ、わたし、わかった、って。そしたら、猿夫くん、今までありがとう、じゃあね統司さん、って。」

「………はぁ。」

「えっ」


猿夫くんは右手で綺麗な金髪にくしゃりと触れ、下を向いてため息をついた。どうしよう、猿夫くんを困らせてしまったのかもしれない。目に涙が浮かんで、視界がぼやけて、涙が一筋ぽろりとこぼれ落ちた。謝らなきゃ、そう思って口を開こうとした時、猿夫くんがポケットから取り出したハンカチで涙を拭ってくれた。そして、わたしの両肩に優しく手を置いてじいっとわたしの目を見て、目を大きく開けて、なんて言うもんだから、わたしは言われた通りに目を見開いた。


「よし……統司 真さん。」

「は、はい……」

「初めて見た時から、キミが好きです。」

「えっ、は、はい……?」

「今も、俺の気持ちは変わってないし、これからもずっと変わりません。キミが好きです。」

「あ……う……」


わたしの個性は、目を合わせた相手の言うことが本心なのか、つまり真実かどうかがわかるというもの。といっても、いつもわかるわけじゃなくて、相手と目を合わせたときにわたしの目がめいいっぱい大きく見開いている時に限る。実はわたしはあまりこの個性が好きじゃない。周りの人を疑っているみたいで嫌だから。でも、猿夫くんが、目を大きく開けて、なんて言うもんだから、気づかぬ間に個性を使わされてしまったわけで。


「ははっ、真、林檎みたい……さて、個性は使えたよね?」

「……違うもん、使わされたんだもん。」

「ごめんごめん、でもさ、俺の気持ち、わかったでしょ?」

「うん……わかった。」

「まだ心配?」

「んーん……大丈夫。」


猿夫くんはわたしを安心させるために、そしてわたしに気遣いながら個性を使わせてくれたんだ。彼は本当に優しくて、わたしなんかには勿体無いくらい素敵な人だ。この人にこんなに想ってもらえてることこそ夢なんじゃないかって思ってしまう。わたしも、同じくらい、ううん、それ以上に猿夫くんのことを大切にしたい。


「猿夫くん……」

「ん?何?」

「あのね、わたしも、初めて会ったあの日から、ずっとずっと、あなたのことがすき。だいすき。」

「……うん、ありがとう。」

「これからも、ずっとずっと、猿夫くんのこと、だいすきで……ううん、もっともっとすきになっちゃうと思う。」

「……うん。」


わたしは今まで個性を使うことは『人を疑うこと』だと思っていた。でも、『人を信じたいから、信じているから』、だからこそ使うこともできるって初めて思えた。わたしは目を大きく開けて、猿夫くんにずいっと顔を近づけて問いかける。


「わたし、たくさん、迷惑かけちゃうと思うの。でも、猿夫くんと、ずっとずっと一緒にいたい。ずっとそばにいたい。……だめ、かな?」

「ッ……!?だ……だめ、じゃない、よ、むしろ……」

「……猿夫くん?」

「……そうしてくれなきゃ困る。」

「え?なに?よく聞こえないよお……」


猿夫くんがわたしから目線を外して喋ったからなにを言ったのかよく聞こえなかった。お顔から尻尾の先まで、林檎を通り越してもはや火が出そうなくらい真っ赤になっている。もう一回言って、ってお願いしたけど、彼は右手で綺麗な金髪をぐしゃぐしゃと掻きながら、勘弁してくれ、と苦笑いで一言呟いただけだった。





そばにいたい




「置いてっちゃやだよ……?」

「……夢の中の俺を殴り飛ばしてやりたい。」

「えっ。」

「真を泣かせるヤツはたとえ俺自身でも許せない。」

「ま、猿夫くん……シビアだあ……」





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