不幸中の幸い




朝起きて、顔洗ってご飯食べて……って水撒きに行くために一通りの準備を終えて、時計を見たらまだ6時半。まだ時間は余裕だなーって思いながらカーテン全開にしたらもーびっくり。視界の端を爆豪くんが歩いてた。マジかよって思って急いで着替えてリュックを背負って家を出た。走って学校に行ったら彼は昇降口の前で脚を開いて座ってた。


「遅ェ。」

「遅くねェわ!どう考えてもキミが早すぎるんだよ!」

「……行くぞ。」

「うわっ、引っ張るなよ!」


何だこれ。この前とは逆で、今日は爆豪くんが私の腕を掴んでぐいぐい引っ張る。驚いたけどトゲは出さずに我慢したの偉いだろ。用具箱の前で手を離してもらって、大きなホースを取ろうとしたら爆豪くんにホースを奪われた。そしてそのままずんずん進んで水撒きを始めてしまった。楽だからいーけど親切なのがなんか気持ち悪い。


「なに?水撒きハマったの?」

「違ェ。」

「ふーん、ま、楽できるしいーけどさ。あ、明日は日曜だし、さすがに来なくていいからね。家近いから私やっとくよ。」

「……おう。」

「……今日はやけに素直だな、爆豪勝己。」

「今日も相変わらずうるせェな、花矢夏季。」


やけにご機嫌だな。なんか良いことでもあったんだろうか。とりあえずよくわからないまま今日の分の水撒きを終えて、二人で片付けをして昇降口に向かった。靴を履き替えて、んじゃまた月曜に、と言って別れようとしたら身体がグイッと後ろに引っ張られて前に進めない。まーた腕掴んでやがる。


「なんだよー、言いたいことあんならはっきり言いなよ。」

「……6限。」

「は?」

「6限で、終わる。」

「俺、6限、終わる、お前、4限、羨ましい、ってか。ぶっ、ウケる!」

「違ェわ……先、帰んなや。」

「……一緒に帰る、ってことかい?」

「……おう。」


ん?私に2限分も待てと?何言ってんだ?つーか私ん家、学校から鬼近いんだけど。あの距離一緒に帰るために2限待てってか。ウケるんだけど。何か面白いこと言えないかなーって考えてる間に爆豪くんはとっくに背を向けてA組の教室に入って行っちまった。通り過ぎる時、今日は爆発音は聞こえなかった。





4限が終わってからはサポート科名義のラボで薬の研究をしながら6限が終わるのを待つことにした。なんだかんだで私やっぱりあいつのこと好きみたい。どうこうなりたいとかじゃないんだけど、やっぱあいつといると面白いし。


ラボで明に手伝ってもらいながら調合や実験をして、薔薇の処方箋ノートに結果をどんどん書き足していく。今日も新しい薬の効果を知ることができて大満足。時計を見ると6限が終わるまであと1時間くらいあった。ふと窓の方に視線をやると、外を歩く大好きなプレゼントマイク先生が見えた。


「あーっ!プレゼントマイク先生!」

「あっ、頭の薔薇、ピンクになりましたね!」

「うおおお!ちょっと声かけてくるぜ!」

「あっ!夏季さん、薬が……!」


勢いよくガタッと立ち上がって、ガラッと窓を開けて窓枠を飛び越えて外に出た。明が声をかけてくれたのは多分私が勢いよすぎて薬品が散らばったんだろう、がちゃんがちゃんと派手な音がした。あとで片付ければいいやって思って憧れのプレゼントマイク先生に急いで近づいて声をかけた。


「プレゼントマイク先生〜!」

「んー?その薔薇……お前、H組の花矢だな?」

「わー!知ってくれてるんですか!私、あの、プレゼントマイクのぷちゃへんざレディオ、ホント大好きで!昨日もちゃんと録りました!」

「おっ、嬉しいねぇ!よし、来週もいっちょ派手に飛ばすから、お前も研究頑張んな!」

「うおおお!あざっす!光栄です!」


まさか大好きなプレゼントマイク先生と話せるなんて!居残りも捨てたもんじゃないぜ、なんて思った。H組の英語の授業は別の先生だから、A組の爆豪くんが羨ましい。さて、薬品を片付けなきゃと思って、窓に足をかけてラボに入ったら、いろんな色が混じった変な煙がめちゃくちゃ漂ってた。なんかヤバそうだと思って腰のポーチからタオルを出して口に当てる。


「明ー!どこにいるのー!?」


しかし明の返事はない。目を凝らしてよく見たら、入った時には確かに閉めたはずの廊下に続くドアに少し隙間があって、少し光が漏れていたのがわかった。多分、明はあそこから外に出たんだ。明のところに行く前にこの煙をどうにかしなきゃとさっきまで向かってた机に戻ったら、割れた試験管やこぼれた液体がたくさん散らばっていた。ここまで派手に散らかしたのかと我ながら感心してしまった。


色も効果もわからないし、この変な煙をあまり吸い込まないようにしなければ。窓を全開にしてたらプレゼントマイク先生を始めとした外の人にも影響が出るかも、そう思った私は窓を閉めた。思ったより煙の効果は強いみたいで、なんだか頭がクラクラするし視界も暗くなってきた。まずい、片付けよりも脱出が先かもしれない。


せめて明のベイビーたちが詰まったカバンと私のリュックを、と荷物を置いていたステンレス台のところへ向かった。そして、荷物を手にしてフラフラした足取りで歩き始めた。すると、2,3本歩いたところで護身用に持っていた紫の液体瓶がポーチから滑り落ちて割れてしまった。その瞬間、部屋の煙は一気にドブの底みたいな色になって、私は全身が酷く痛むのを感じた。まずい、イバラが出てくる時の痛みだ。


「う、うう、くそぉ!出るな、出るなよ!」


砕けるかもしれないくらいの力を入れて歯を食いしばる。それでもイバラは頭から、腕から、脚から、腹から、何本も何本も出てくる。この数ヶ月、今までで一度もこんな一気にイバラが出たことはない。やばい、さすがの私も体験したこともなければ想定もしてない事態は怖くてたまらない。


気絶しそうなくらい痛いのに、痛みが気絶することを許さなくて地獄のループ。私から出ているイバラは私の身体の自由を奪うように絡みついてきて、自分のイバラのトゲが刺さってさらに痛みが増す。そしてついに私の腕の自由も奪われて、ずっと口に当てていたタオルが床に落ちてしまった。その瞬間、顔面を思い切り殴打されたようなガツンとした衝撃に襲われて、目の前が真っ暗になった。





不幸中の幸い




私は確かに意識を失ったはずだった

でもただ視界が真っ暗になっただけで、意識はちゃんとあるみたい

でもおかしいんだ

手も足も首も目も何一つ動かせなくて

声さえ出やしない

意識があるのは不幸中の幸いなのか、それともひたすら不幸なのか





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