絶望




気がついたら多くの人の声がした。身体はめちゃくちゃ痛いし、声も出なけりゃ動きもできない。けれども不思議なことに意識だけはハッキリしてる。でも目は開かないから視界は真っ暗。周りに誰がいるのかもわからなくて、耳に意識を集中して声の主を確認するしかなかった。


「夏季さん!しっかりしてください!夏季さん!」

「コレ、ヤバイんじゃね?俺、先生呼んでくる!」

「リカバリーガール呼んできたよ!すぐ来てくれるって!」

「花矢、大丈夫か!?オイ、俺だぞ、隣の席の!聞こえるか?」


明をはじめとしたH組のクラスメイトたちが近くにいるってのはわかった。修繕寺先生が来てくれるって聞いてひとまず安心。どうにか起き上がりたくてどこかしらに力を入れてみてもやっぱり全然動けない。せめて目を開けたいけどやっぱり開かない。ついに人間よりも植物よりになっちゃったのかよ、笑えねぇわ。どうしようかと考えていたら、バタバタと廊下を走る足音がいくつも聞こえた。


「夏季さん!今、相澤先生とリカバリーガールが来ましたからね!」

「オイオイ……何だコレ。個性が暴走でもしたのか?」

「なんだいこれは……私もこんなのは見たことないよ。」


明が呼びかけてくれたおかげで、相澤先生と修繕寺先生が来てくれたってわかった。つーかコレとか失礼すぎだろ。どうにか状況が知りたいけれど何もできない以上、先生たちが助けてくれるのを待つしかない。私はひたすら耳を澄ませて余計なことは考えずただ周りの言葉を聞き入れた。


「おい、お前。状況を説明しろ。」

「ハ、ハイ。私と夏季さんはここ、サポート科H組名義のラボで、彼女の個性の薔薇を使用して薬品の調合や実験を行っていたのですが、複数の試験管が割れてしまった時に薬品同士が混ざり、謎の煙が発生しました。」


ここまでは私も知ってる。


「夏季さんは窓から外に出て離席していたのですが、私はモロに煙を吸い込んでしまい、個性であるズームが、物凄く精度が上がったと言いますか、空気中や地面の細菌や微生物が見えるようになりまして。気持ち悪くなってすぐにドアから部屋の外に出ました。」


明がいなかったのはそういうワケか。つまり、あのキモい色の変な煙は個性を増強させる的なもの?うわ、すごくない?使い方さえ間違えなければかなりの武器にもなるし、明じゃないけどうちの薬品部門にデカイ利益を出せるんじゃないかなってワクワクした。でもまだ話は続いていたから集中して耳を傾けた。


「その後、窓から戻ってきたであろう夏季さんが、この煙を吸い込んでしまったのかと思われます。見た感じ、タオルが落ちていたので口元を覆っていたと思います。しかし、側に私と彼女の荷物が落ちていたのできっとこれを取りに来たところで、このようにイバラに縛りつけられたのかと……彼女は驚いたらトゲやイバラが出てしまう体質らしいので……」


さすが明だ、よく見てる。まさにその通り、ぶっちゃけ明のカバンの中のベイビー達や私の荷物が腐るんじゃないかって心配で取りに行ったんだよね。


「なるほど、状況はわかった。ご苦労。つまり個性暴走に近いものだと考えられるな。」

「それにしてもこれはすごいね。頭の薔薇が無けりゃこれが花矢だとは誰もわからないさね。これだけ身体にイバラが巻きついてちゃロクに動けもしなかっただろうね……」


つまり私の身体には誰がいるのかわかんないくらいのすげぇ量のイバラが巻きついてるってことか。どうせなら薔薇の数増やすとか薬の効能を上げるとかそういう増強して欲しかったのに。どうしてこの呪いのような能力が増強されてしまったのか。


「どれ、個性暴走ならこの俺の…………消えない、だと?」


何だって?確か相澤先生の個性は抹消。だから視てもらってる間だけかもしれないけど消せるはずだよね。なんで消えないんだ?


「ふむ……とりあえず、怪我だけでもどうにかするかね。」


チューって聞こえたからきっと修繕寺先生の治癒が施されたんだろう。身体の痛みが和らいだ気がする。けれども身体は動かないし、目も開かないわ喋れないわってのは変わんなくて。どうしよう、お母さんとお父さんなら何かわかるかもしれないけど、それをここにいる人たちに伝える術はない。改めて周囲がザワザワし出したとき、一際大きな音で廊下をバタバタ走る音が聞こえた。


「おい!!……あ?……ンだよコレ……」


騒がしいはずなのに、爆豪くんの、今まで聞いたことのない困惑の声が耳に綺麗に入ってきた。心配してくれてんのかな?なんて思ったけど彼の口から出た言葉は予想外のもので思わず笑ってしまった。声も出ないし顔も動かないんだけどね。


「……おい、帰るぞ。」


この状況で帰るぞってあり得ねーだろ。本当に面白いやつだ。続けて相澤先生の声が聞こえた。

「……は?おい爆豪、コイツの知り合いか?」

「……ああ。コイツんち、薬屋で……」

「なるほど、家族なら何か知ってるかもしれないってことか。よし、彼女を家まで運ぶぞ。人手がいる、爆豪、切島と鉄哲を連れて来い。」

「わかった。」





おそらく爆豪くんがラボを出て行って、体感的に5分くらいかな、バタバタと走ってくる音がして、やけに暑苦しい男子二人の声が耳を劈いた。たぶん彼らがキリシマとテツテツだな。どうやら彼らが私を家まで運んでくれるらしく、身体がすっと持ち上がった。痛くないんだろうか心配だったけど、同じことを思った明が相澤先生に聞いてくれて、その答えを私も聞くことができたので助かった。





家に着いたら妹がとてもパニックになってるのが聞こえた。対してお母さんとお父さんはとても冷静だった。一緒に来てくれたらしい明と相澤先生が、両親に事情を話してくれて、私の担任にも説明しておくとのことで家を後にしたようだ。そういえば耳だけでなく鼻も使えることがわかった。まぁ、口開かないんだから鼻で呼吸するよね。わかった理由は薔薇の香り。ここはどうやら私の部屋のようだ。耳を頼りに今この部屋に誰がいるのかを確認すると、お母さん、お父さん、泣いてる妹、それからなぜか爆豪勝己。いつから私の家族になったんだよ。


「夏季姉ちゃん……どうして、姉ちゃんが……こんな……」


優しい妹が泣いてくれている。私は嬉しいぞ。しかしお父さんとお母さんが何も言わないのが不思議でならない。心配してくれてない、ってことはないと思うけど、耳しか使えないから音で判断するしかないのがとても歯痒い。シーンとした空気の中、口を開いたのはお父さんだった。


「えーと……キミ……」

「……爆豪。」

「バクゴーくん、ちょっといいかな。」


頷くかなんかで返事をしたのだろう、ドアが開いて閉まる音がした。つまりお父さんと爆豪くんは私の部屋から出て行ったということだ。またしても部屋はシーンとしてて。身体には相変わらず変化はないし、さてこれからどうしようかと思っていたらお母さんがとんでもなく重要そうなことを口にした。





「夏季……あなたも、石花してしまうなんて……」





あなた、も?





絶望




「バクゴーくん、よく聞いて。あれはね、石花といって………………」

「…………せき、か?」


何を言われたのか理解できなくて全身の力が抜けた。


話の内容を頭の中で整理してみてようやく少しだが理解が追いついた。そして、授業の後に外で見つけた、頭の薔薇を黄色くしてケタケタ笑うアイツみてェだとか思って手折ったマリーゴールドとかいう黄色い花を床に落としちまった。



***



マリーゴールドの花言葉
絶望/変わらぬ愛情






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