石花




せきか、って何だろう。聞きたいけど声は出ない。けれども、運良く私の聞きたいことは妹が代弁してくれた。


「せきか、って何?石になる石化?姉ちゃんは石になったの?」

「石の花、と書いて石花よ。イメージとしては石に化ける石化と同じだけど、石そのものになるわけじゃないから表記が違うんだって。私も詳しいわけではないのだけれど……」


なんかややこしいな。つまりどういうことなんだろう。


「つまり、姉ちゃんはどうなるの?」


お母さんが語った内容はこうだ。





何代か前のご先祖様にも石花してしまった人がいた。その人の頭にも薔薇が咲いていたらしく、私と同様に身体中に大量のイバラが巻きついたり、動かなくなってしまったり。私の場合は変な煙を吸い込んでしまったことがきっかけだったけど、彼女の場合はこうだ。当時、薬の効果を動物実験や人体実験で検証していたのだけれど、稀に病を悪化させたり死を引き起こすこともあって、彼女は酷く心を痛めていた。それで、彼女は自分のバラで作る薬の実験は全て自分の身体で実験していたとか。そして、個性の力を増強させる、いわゆるドーピング効果のある薬の開発に成功した。初めはちょっとした手助けのような効果だったけど、研究を進めるにつれてその力は爆発的に高まっていった。


研究を進めていたある日、この個性増強薬にはシャクナゲの葉が持つ毒に似た副作用が出ることがわかった。そして、これ以上の増強は被験者の身体が耐えられなくなると思って彼女は研究の中止を打ち出した。けれども会社の発展、つまり金儲けのためにはやめることは許されない状況だった。そこで彼女は最後の実験の被験者に自分を選んだらしい。その結果、彼女は石花してしまったというのだ。


このことから考えられるのは、私がひっくり返して混ざり合った薬から発生した変な煙は、彼女の開発した個性増強薬と同じ効果を発揮したのだろう。それならば明のズームの精度が格段に上がったことにも説明がつく。ちなみにこれらのことは花矢家の書庫にある鍵付きの書物に記されているらしい。それから、個性増強効果は頭に花を持つ人以外では3分程度が限界らしい。薔薇以外の花持ちの人が使ったら頭の花の本数が増えて、生産できる薬の量が増えるとかいう効果なんだと。


では石花してしまった彼女はどうなったのか。花矢家の女性の頭の花が枯れるのは死を表すと言われている。実際、かつて祖母の姉の葬式に出向いた際に頭の花が枯れていたのを見たことがある。つまり、この頭の花は可視化された命の灯火というわけだ。薔薇の彼女のそれが枯れないよう、人間の生命活動に必要な水や栄養を点滴や流動食で供給し続けていたけれど、その甲斐虚しく実験からちょうど1週間後に頭の薔薇は枯れてしまったらしい。


周囲の人間は、眠るように逝けて苦しむことがなかったことが唯一の救いだと語ったらしいけれども、石花した立場からすればそんなもん冗談じゃない。というのも、薔薇の彼女は、私と同じで動けない状態だけど確かに意識はあったということだ。意思表示もできないまま水や栄養を管で運ばれて、周囲からアレコレ勝手に推測されて、治療薬の開発のために実験体にされる話が延々と耳に入ってくる。それは自分の意思で止めることはできないし、確実に身体も精神も蝕んでいっただろう。まるで、死ぬために生かされているような……考えれば考えるほど湧き出てくる底知れない恐怖にさすがの私もいつもの軽口が全く浮かんでこない。


今のお母さんの話から得られた大きな情報は、この状態は個性増強薬のせいであること、水や栄養を摂ることが延命措置だけど1週間しかもたないこと。欠けているとすればその後の石花状態に関する研究のことだけど、結果として彼女の薔薇が枯れていることと、実は花矢家では薔薇持ちの女性というのはごく稀で、近年では私しかいないことから言うまでもないだろう。私も実験台にされてしまうのだろうかという恐怖に支配されて思わず身震いしてしまう。実際のところは石花状態で震えることなんかできないのだけれども。


お母さんが話し終えたところで部屋のドアが開く音がした。足音で察するにお父さんと爆豪くんだろう。再びここに家族と爆豪くんが揃ったけれども、一向に誰も口を開く様子はない。私も喋れないし誰か喋ってくれよって思ってたら妹が口を開いた。


「パパ、ママ……お姉ちゃんも、死んじゃうの?」


死。誰しも頭によぎったはずだ。このままだと延命措置を施したとしても私の命はあと1週間。お父さんとお母さんが閉口したままなのが肯定の意を示している。それを察したのか妹が声を上げて泣き出した。泣けることなら私も泣きたい。しかし爆豪くんがそれを一喝した。


「うるせェ!!泣くんじゃねェ!!まだ死んでねェわ!!……あと1週間ある。それまでに何とかすりゃいいだけの話だ。」

「何とか、って……あなたに何がわかるんですか!?だいたい、当たり前のようにここにいますけど、あなた夏季姉ちゃんの何なんですか!?」


妹が爆豪くんに食ってかかるように怒鳴っている。そして当然の疑問を投げつけた。張り詰めたこの空気でこんなこと思うべきではないのかもしれないけれど、確かにそうだ。さっきも思ったけど、あんたいつから私の家族になったんだ。それに対する爆豪くんの答えはこうだった。


「俺は……コイツの……花壇の世話をしてやって……薔薇の処方箋、コイツの薬の世話ンなっとる……そんだけだ。」


薔薇の処方箋、それは私の薬の研究について記したノートの名前。前にココに呼んだあの日、たった一度見せただけなのに覚えてくれているのか。やっぱいい奴じゃん、爆豪勝己。


「僕はバクゴーくんに賛成だね。あと1週間、店を閉めて1秒でも多く研究にあたるべきだと思う。」


お父さんが力強く発言したのがわかる。お母さんは何も言わなかったけど、妹が私にも何かできることがあればって言っていたからきっと肯定的なリアクションをしてくれたのは察することができた。ひとまず店閉めを、というお父さんの発言を皮切りにみんなが立ち上がって部屋を出ていく音がした。


私は今日からここでただ意識だけ保ってる死ぬほど退屈な生活をするわけだ。今考えることじゃないかもしれないけど、眠るって行動はできるんだろうかっていう疑問が果てしない。けど不思議と意識が遠のいていく感覚があって、私は眠りに落ちていったのだった。意識が完全に途切れる直前に、左手に冷たさを感じたような気がする。


部屋に残っていた人物が何かを呟いて出ていったけれど、すでに私の意識は途切れていた。





石花




俺がなんとかしてやる

ちょっとの間だ

たまには静かに待っとけや





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