昨日あんな話をしておきながら、コイツは何事もなかったかのように俺の前に現れた。どういう神経してやがんだ。それにクソ髪とクソデクが口を開けてこっちを見てやがンのが気にくわねェ。
「おい、聞いてんのか?爆豪勝己。」
「聞いとるわ、花矢夏季。あと真似すんな。」
「……ぶっ、ウケる!んじゃ、そーゆーことだからさ、日曜、楽しみにしてんね!」
「……遅れたらぶっ飛ばす。」
「ぶ、ぶっ殺すじゃなくてぶっ飛ばすっつったぞ!」
「か、かっちゃんが大人しく話を聞いてるなんて……彼女は一体……!?」
「……遅れたらトゲぶっ刺す。」
「テメ……!!」
「何なんだあいつ……」
「さ、さぁ……僕にもさっぱり……」
「ははっ!んじゃ、またねー!あっ、これあげるから花言葉調べといてねー!ヒントは本数だかんね!」
やかましい!全ッ部聞こえとるわ!クソッ、アイツら後で覚えとけよ!……花矢の話っつーんは、花壇の整備を手伝った礼とかで駅前のうどん屋で激辛坦々うどんを奢るっつーもんだった。奢りっつーんなら行ってやってもいいかと誘いに乗ってやったら、頭の白薔薇がピンクに変わった。わかりやすいヤツだ。去り際に7本の薔薇の花束を押し付けてきたが色はバラバラだった。
実は花矢からもらった薔薇は毎回ババアに手渡している。ババアは毎度毎度嬉しそうに花瓶に薔薇を生けてやがんだが、今日は7本も渡したからか偉く上機嫌になってやがった。そういやまだ花言葉を調べてねェが確か本数っつってたな、と部屋で早速図鑑を開いた。この図鑑は教室で薔薇のこと調べてっときに何か勘違いしてやがったクソメガネが、勉強熱心だな、とかなんとか言って置いていきやがった物だ。あン時ゃ余計な世話だと思ったが中々役に立ってやがる。そして目的の7本の薔薇の意味を見つけたが、俺は持っていたペンを思わず落としちまった。
「…………マジかよ。」
『7本の薔薇:密かな愛』
……あの女のことだ、間違って一本多く、あるいは少なく入れちまったなんてオチだろ。前後の本数の意味に目を遣ると、『6本の薔薇:あなたに夢中』、『8本の薔薇:あなたの思い遣り、励ましに感謝』なんつーことが書かれてやがる。……昨日のことを考えれば多分予定より1本少なく入れやがったンは想像できる。あいつのことだ、指摘してやったらケタケタ笑って、間違えた!ウケる!、なんて言いやがるに決まっとる。紛らわしい真似しやがって、と思いながらバタンと音を立てて図鑑を閉じた。
***
「ん?薔薇一本入れ忘れてる……げっ!!うわあ!!やっちまった!!……まあいいか、ウソじゃないし。」
***
それから数日して、約束の日曜日になった。駅前に先に着いたのは俺だったが、花矢は約束の時間の1分前に来やがった。
「……遅れたらぶっ飛ばすっつったよな。」
「残念でした!1分前だから遅れてないよ!」
「チッ!!屁理屈だわ。」
「へっ!!理屈だわ!ってか。ウケる。」
「……何言っとんだ。」
「何でもないよ!んじゃ、すぐそこだし行くかー!お腹空いたー!」
花矢は俺の手を掴んで、うどん屋までぐいぐいと引っ張って行った。店では約束通り俺は大盛りの激辛坦々うどんを、花矢は大盛りのサラダうどんといなり寿司5個、山盛りの野菜の天ぷらを注文した。
「……そんな頼んで大丈夫なんか。」
「ん?あぁ、こう見えてもうち儲かってるからね。お金の心配はしなくていいよ。」
「金じゃねェ、腹だ。」
「そっちか!大丈夫だよ、薔薇だのトゲだの出すから栄養摂らなきゃでね、普段からめちゃくちゃ食べるんだ!」
どういう構造してんだ。数分後、卓に注文した物が揃ったが、やはりとんでもねェ量だった。当然俺の方が先に食い終わったんだが、コイツの食いっぷりはテレビに出てる大食いチャレンジかっつーぐれェのもんで、思わず魅入っちまった。難無く完食したところで、会計を済ませて外に出た途端、コイツはまた俺の手を掴んでぐいぐいと引っ張って歩き始めた。
「あ?どこ行くんだよ。」
「あ?コレで帰るとか勿体無ェだろ?もーちょい付き合えや。」
「……真似すんな。」
「ははっ、ごめんごめん!実はさ、服買いに行きたいんだよね。時間あるなら付き合って欲しいんだけどいいかな?」
「……あんま長居すンなよ。」
「へへっ、ありがと!やっぱ優しいな、爆豪勝己!」
花矢に連れられた先は明らかに男物の服屋だった。どういうワケかを聞くと、先日ムカデが出た時、俺の服にイバラで散々穴開けちまった詫びに新しい服を買いたいっつーことだった。気にしてねェと言ったが花矢はズカズカと店に入って行きやがった。どれがいいかと聞かれたんで、ザッと目を通してこれでいいかと思った黒い服を指差した。花矢はそれを手に取ってサイズの確認を済ませたらさっさとレジに向かって、会計を済ませて戻ってきた。
「ん!いろいろ手伝ってくれてありがとね、助かったよ!」
「……おう。」
「いやー、でも、これから爆豪くんとは疎遠になっちゃうのかー、なんか寂しいなー。」
「……は?」
「え、だってもう花壇の整備は終わったじゃん。あとは毎日水撒くだけだし。家も近いし私1人でも事足りるからさ。」
おかしい。やっとこのやかましいメンドクセー女から解放されるっつー感想よりも、何と言えばいいのかわからねェ落胆感の方が強ェ気がする。あり得ねェ、認めたくはねェ、そんな考えが自分の中でグルグルして胸糞悪ィ。
「あっ、昨日の薔薇なんだけどさ、本数1本入れ間違えちゃってたからその袋にもう1本入れといたよ!その1本の花言葉も……」
「……ハッ!ンなもん気付いとったわ!」
「えっ?」
「花矢にあんな言葉似合わんだろ、気持ち悪ィ。」
「…………」
その時だった。顔を合わせてからずっとピンクだった頭のバラは一瞬で青くなった。そしてすぐオレンジに変わって、コイツが初めて俺に向かって大声で怒鳴った。
「このっ!!バカ豪勝己!!これでも食らえっ!!」
「ッ!!痛ェ!!」
「良いヤツだと思ってたのに!!バカやろー!!もう知らないよっ!!」
花矢は身体から血を流しながら大量のイバラを出して俺を引っ叩いて走って行った。周りのモブ共が痴話喧嘩か?と物珍しそうに見てきたのがなんとなくムカついて、服の袋を乱暴に掴んで俺も家まで走った。家に帰ってすぐに袋を開けると、茎が折れた1本の赤い薔薇が入っていた。
密かな愛
「なんだよあいつ!せっかく勇気出したのに!好きだけど、これからも友達でいてねって言おうと思ってたのに!あんなやつ!バカ豪勝己だ!」