和解




「バカ豪勝己め〜!おのれ〜!くらえっ、おらぁっ!」


時計はまだ午前7時になったばかりで学校敷地内にいるのは私だけ。だから大きな声で散々昨日の鬱憤を撒き散らしながら大きなホースを持って学校中の花壇に水を撒いて回っていた。さすがにあいつも今日は早く来ないだろうって思って好き放題言ったら少しスッキリした。最後に自分の花壇に行くために角を曲がったんだけど、やっぱりあいつの姿はなかった。そして花壇に向かって最後の放水を勢い良く放ったんだけど。


「うおおお!!くらえっ!!」

「……おい。」

「うおおおおお!?……あっ。」


後ろから急に声がしてマジでびびった。イバラが出ないようぐっと堪えたんだけど、トゲがいろんな方向に飛び出して行った。おまけに勢い良く振り向いたもんだから声の主にすげぇ勢いで放水してしまった。私の後ろで、飛んできたトゲをぽろぽろと落としてぽたぽたと水を滴らせてぷるぷると震えていたのはバカ……爆豪勝己だった。


「……………」

「……お、おはよう!いやぁ、トゲも水も滴る良い男ってか!」


昨日あんなことがあったから何となく気まずいけど、水をかけちまってちょっとバツが悪いからひとまずいつも通りに喋ってみた。シーンとした空気が苦手だし、どうすっかなあって思ってたら爆豪勝己が口を開いた。


「…………おい。」

「な、な、なんだよう!わ、悪かったって!ごめん!だからそんな怖い顔すんなってば!」

「……わ。」

「わ?」

「……昨日は、悪かった。」

「……は?」


えぇ!?キミ謝れるのかい!?、なんて思ったけどさすがに人の謝罪をそんな風に言うのは失礼だよね。でもなんて言ったらいいかわかんなくて、素っ頓狂な声が出てしまった。


「……明日。」

「ん?」

「明日、水撒き、やってやらァ。それでチャラにしろや。」


仮にも女子からの告白未遂?を水撒きでチャラにしろっつーのか?なんだこいつ、って思ったのが本音。だけど彼なりにどうしたらいいか考えた結果こんな朝早くにここに来てくれたのかと思ったら、しょーがないから許してやるかって気持ちになった。


「……随分とやっすいお詫びだなぁ。まっ、いいよ。んじゃ明日よろしくね!」

「……おう。」

「あっ、家近いから鞄家にあってさ、今は薔薇持ってなくて渡せな…………」

「ん。」


いつも通り薔薇をあげようと思って思わず背中を触ったけど鞄が無いことを思い出した。薔薇がないことを説明しようとしたら、彼が背に隠していた右手を差し出して、そこには一本のカリフォルニアポピー……いや、和名は花菱草っていうんだっけ?とにかくそいつが握られていた。


「どうしたの、それ?」

「……花矢に、やる。」

「え、くれんの?」

「……花言葉、調べろや。」

「……花屋の娘に随分なこと言ってくれんじゃん。知ってるよ、そんなの。」


彼なりに一生懸命考えてくれたんだろう。敢えて薔薇にしなかったあたり、すぐバレるのが恥ずかしい〜とか、照れくさい、なんて思ったんだろうなって想像できる。花菱草の花言葉は確か「私を拒絶しないで」とか「和解」とか確かそんなんだったはず。日本ではあまりメジャーじゃないから自信はないけど。そんなこと考えてたら彼の顔が少し不安気、というか不機嫌そうな顔に変わってきた。


「……受け取んのか、受け取らんのか。」

「キミなりに一生懸命考えてくれたんだろ?受け取るよ。それが私の返事。そーゆーことでしょ?」

「……おう。」


そう言って爆豪くんはもう一度ずいっと花菱草を差し出してきた。花を受け取って、ありがとねって口にして、ちらっと彼の顔を見たら、目線はどっか別の方向にあるけど口角が少しだけ上がってるのがわかった。まったく素直じゃないよねお互いにさ。


「あっ、そんな濡れたままじゃ悪いよね。私今から一旦帰るし、うちに来なよ。ドライヤー貸してあげるから。」

「……ん。」

「よし、早くしないと風邪ひくぜ?走れや爆豪勝己!」

「わーったから引っ張んなや、花矢夏季。」

「ぶっ、ウケる!」


私は昨日と同じように早く早くと爆豪くんの手を掴んでぐいぐい引っ張った。引っ張るなとは言うけど、離せとは言わないのがやっぱいいやつだなって思っちゃうよね。しかもお互いフルネームで呼ぶのなんかウケる。


家に連れてきて、お母さんに軽く事情を説明したら、すぐにタオルとドライヤーを持って来てくれた。爆豪くんはアリガトウゴザイマスって言ってすぐに使い始めた。お礼も言えるなんて中々やるじゃないか。私も支度しなきゃって思って自分の部屋に行って荷物を取って、爆豪くんのところに行こうとしたらお父さんが書庫代わりに使ってる大きな部屋から顔を覗かせた。


「夏季、さっき男の子の声がしたけど。」

「あ、うん。水ひっかけちゃってさ。ドライヤー貸そうと思って。どうしたの?」

「いや、彼ね、夏季が家を出た後にうちに来たんだよ。で、友達と喧嘩したときに渡す花を教えてくれって言うもんだからさ。」


超意外。あいつが人に質問しに来るのとか想像できない……いや、この前私のところにも来たわ。ってか私に花渡すのに私んちに聞きに来たとかウケる。何も言えないでいるとお父さんが少し笑って言葉を続けた。


「友達、なんて言ってたけど花を贈るくらいなら好きな女の子とかかなって思ってね。青春してるなぁなんて思ってたんだけど、まさか相手が夏季だったなんてね。」

「……あいつは私にそんな気はないよ。」

「そうかな?……まぁ、お父さんにはよくわからないけど、夏季が笑って楽しく過ごしてくれればそれでいいよ。今日も頑張んなさいな。」

「……了解であります!んじゃ、行ってくんね!」


私はお父さんにビシッと敬礼をして歯を見せてニッと笑って、階段を駆け下りた。爆豪くんは服も髪も十分乾いたみたいで、店の前で待ってくれていた。


「お待たせしやした!」

「別に待ってねェわ。」

「ウソつけ。先に行ってないのが何よりの証拠じゃないか。」


思った通りのことをそのまま指摘したら爆豪くんは少し不機嫌そうな顔になって私に背を向けて歩き出してしまった。


「あっ、待てよー!爆豪勝己ー!」

「……早よしろや、花矢夏季。」


私と爆豪くんは案外気が合うみたいで、真似をしたら突っ込んでくれたり、悪戯でトゲを出してみたら仕返しに軽い線香花火みたいな爆発を出されたり、少しふざけあいながら学校まで一緒に行った。学校に着いた時、爆豪くんと楽しく一緒に来たことで柄にもなく胸が高鳴ってしまったせいか、家からわずか数百メートルの距離しかないにもかかわらず数十キロ歩いたような感覚に陥っていた。





和解




「あなた、どうしたの?えらく機嫌がいいじゃない。」

「ほら、早朝来た男の子の話しただろ?あれ、さっき来た子だよ。」

「ああ!確か、『好きな女を怒らせた。どの花渡せば機嫌が直るか教えてくれ。』って言ってたんだっけ?へぇー、あの子が夏季をねぇ……」






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