わたし達ももう20歳。中3の時から大好きなわたしの彼氏、尾白猿夫くんは高校を卒業してすぐ第一希望のヒーロー事務所に入職して、今では結構有名なプロヒーローとして活躍している。一方で、わたしはお兄ちゃんと同じ優盟大学に通っていて、勉強にサークルにバイトに、と忙しい日々を送っている。だけど、わたし達は相変わらずとてもラブラブの仲良しで、どんなに忙しくても彼は必ずわたしに会う時間を作ってくれるし、わたしも彼との時間は何よりも大切にしている、つもり。はぁ……早く猿夫くんに会いたくて、週末が待ち遠しい……
「統司さーん、もう上がっていいよ!遅くまでごめん!」
「えっ……あっ、もう20時……は、はい!お、お疲れ様です!」
大好きな彼のことを考えていたら、いつのまにかパン屋さんでのバイトの時間が終わっていた。いそいそと帰る準備をして、同僚に挨拶をしてお店の外に出ようとしたら、ガチャッとお店のドアが開いて、外にいる人にぼすっとぶつかってしまった。この匂い……!間違えるはずがない……わたしの大好きな彼の匂い……!わたしはすぐにお店を出て、辺りに誰もいないことを確認してすぐに彼に抱きついた。
「猿夫くんっ!」
「真、お疲れ様。迎えに来たよ。」
「嬉しいっ!週末まで会えないと思ってたから……」
「今日はたまたま早く終わったからね。家に行ったけどいなかったから、まだここにいると思って。ほら、帰ろう?」
「うん!」
いつも通り、指を絡めて手を繋いでお家までの道をふたりで一緒に歩いて帰っている。猿夫くん……武闘ヒーロー・テイルマンとわたしがお付き合いしているのは高校生の時からみんな知っているからか、彼がプロヒーローになってからもヒーロー界隈ではほぼ公認の関係で。メディアに追われることもなく、のんびりふたりで寄り添って過ごせるこの関係がとても心地良い。
でも、今のわたしには彼にどうしても言えない悩みがある。思えば、彼に言えない大きな悩み事といえば、高1の夏……彼とはなればなれになったあの夏以来初めてかもしれない。
「迎えに来てくれてありがとう!」
「どういたしまして。こんな暗いのに大事な彼女をひとりで歩かせたくないからね……」
「えっと、本当は18時までだったんだけど、店長さんが新人さんの研修するのを忘れてたみたいで、わたしが残らないといけなくなっちゃったの。」
「うん?バイトの人が増えるの?」
「そうみたい。わたしと同じ大学の男の子だったよ。」
「男かぁ……かっこいい?」
そう、悩み事とはその男の子のこと。実はその彼、幼稚園の時にわたしのことをいじめていた二人組の片割れだったりする。今日、初めて顔を合わせた時、彼は目をまん丸にしていて、それからすぐに下を向いていてとっても気まずそうだった。わたしも、高校生の時に頭をぶつけて猿夫くんのことを忘れてしまったり思い出したりした時に、幼い頃のこともはっきりと思い出したから彼の表情の意味がすぐにわかった。大切な赤いリボンをちぎられて、わたしの心もちぎれてしまって……そして、目の前のこのひとがわたしを救けてくれたあの日のこと……なんて想いを馳せていると顔がじゅわっと熱くなって思わず頬に両手を当ててしまった。
「そ、その反応……ま、まさか、その男のこと、き、気になる、とか……?」
しまった、また猿夫くんの話を全然聞いていなかった……
「え?や、やだ!そんなの違うよ!わ、わたし、猿夫くんに初めて救けてもらった時のこと思い出してたの……あの時の尻尾のヒーローが今のわたしの彼氏だなんて……」
「お、俺も同じだよ……あの時の可愛い子が今の俺の彼女だなんて……」
「えへへ……わたし達、きっと赤い……ううん、黄色いリボンで結ばれてるんだね……」
「うん、そうだね……あ、そうだ、真、来週の雄英の同窓会は来るの?」
「あ、その日はね、わたし、行けないの。」
「えっ、どうして?」
「幼稚園の時から中学まで一緒だったお友達の結婚式があるの。成人式とずらしてくれたんだけど……」
「そうなんだね。うん、楽しんでおいで。」
「えへへ、ありがとう!」
きゅっと手を強く握りあって、もうしばらく歩いたらわたしのお家に着いた。ちなみにお猿夫くんは実家に住んでいる。一応歩いて行ける距離にあるからか、彼はこうしてお仕事が早く終わる日には必ず会いに来てくれるし、わたしも学校が早く終わったら彼に焼き立てのパンを持って行ってあげていたりする。
さて、そんなこんなでそろそろ彼とお別れの時間だ。毎回名残惜しいけれど、いつも通り、おやすみのちゅーをして彼が見えなくなるまで手を振ってバイバイをした。
翌日のバイトはわたしが新人さんに色々お店のことを教えてあげるように、と店長さんから指示をされた。本当はすごく怖くてお断りしたかったのだけれど、公私混同は良くないと思って快く引き受けた。
更衣室やロッカーのこと、パンの並び順や袋の種類、ゴミ捨てのこと、ほかにもいろんなことを教えて、最後に倉庫の中のことを説明し終えてお店に戻ろうとしたらがしっと腕を掴まれた。
「ひっ!な、何するの!?誰か……!」
「ご、ごめん!違うんだ!そ、その、俺のこと、覚えてる、よな?」
「う、うん……あ、あの……幼稚園の……」
「めだまおばけ。」
「えっ?」
「めだまおばけ、なんて言って悪かった。それから、これ……」
「……あっ!」
彼がわたしに差し出してきたものをガサガサと開けると中には綺麗な赤いリボンが入っていた。けれど、なんだかラッピングが古ぼけているような気がする。
「……昔、悪かったなって思って、母さんに頼んで買ってきてもらったんだけど、その、謝れなくて渡せなかった。」
「そ、そうなんだ……」
「許して、なんて言わねーけど、悪かった。それは本当だから。ごめんな。」
「ううん……嬉しい!ありがとう!」
「……統司の目、昔からずっと綺麗だなって思ってた。だから、ここで働いてんの見たとき、すぐにわかった。」
「……えっ?」
「俺、昔からずっとお前のこと好きで、忘れられなかった。だから、ここのバイトも応募した……突然、悪い。けど、これからの俺を見ていてほしい。もう、あんな最低な真似はしない。」
「で、でも……」
「おーい!二人とも!急にお客さんが増えたからこっち手伝って!」
わたしはあの時救けてくれたヒーローとお付き合いしてるの、と言おうとしたけれど、夕方で焼き立てパンの出回る時間帯だったからお客さんがわーっと流れ込んできてしまって。わたしはお話をするタイミングを失って、慌てて二人でお店のお手伝いをした。
「お疲れ様!今日はもう二人とも上がっていいよ!」
店長さんの許可が出て、わたしと彼は二人で一緒にお店を出た。さっきのお話の後だからなんだかすごく気まずいと思っていたのだけれど、彼はわたしをじいっと真っ直ぐ見ている。
「な、なに……?」
「……やっぱ、俺のこと、嫌いだよな。」
「えっ?えっと……」
「本当にごめん。俺、本当にこの15年近くずっと統司に謝りたかった。けど、家も分からなかった上に公立の小中学校にはいなかったし、人伝に高校は雄英って聞いたし……」
そうだ。わたしと彼は幼稚園以来一度も出会したことがない。幼稚園では猿夫くんが救けてくれた日以来、彼等はわたしに全く近寄ってこなかった。黄色いリボンで髪を結んでいるわたしを見てとても怯えていた覚えがある。
彼は俯いて何も言わなくなってしまった。こんなとき、わたしの大好きなヒーローならどうするだろうか……いや、そんなの、考えなくたってわかるに決まってる。だって、彼は誰よりも優しくて強くてかっこいいヒーローなのだから。
「……お友達に、なってみる?」
「えっ?」
「……わたし、統司 真です。優盟大学の2年生。芸術学部で絵画を専攻しています。好きな食べ物は乳製品とチョコレート。大好きなヒーローは……武闘ヒーロー・テイルマンです。」
「……俺は、波間 操。優盟大学1年、出身高は苑辺野高校。一浪して薬学部に入った。好きな食べ物は魚介類。好きなヒーローはギャングオルカです。」
「ギャングオルカが好きなんだね!かっこいいよねえ、わたしも大好き!」
「……ありがとう。」
新しいお友達
「あっ、あの、もう一人の男の子は……?」
「あぁ、アイツとはもう会ってないんだ……中学の時、悪いヤツらと付き合いだしたみたいで……」
「そうなんだ……」
「な、なぁ、統司、もし良かったら、週末、飯でも行かないか?二人で、とは言わねえ。店長さんとか先輩とか誘ってさ。」
「うん、みんなと一緒なら!」
「マジか!ありがとう!」
こうして楽しそうに話すわたし達は、まるで獲物を見つけた