二度目の初デート



恥ずかしくなると林檎のように赤く染まる頬に手を当てたり、言葉に詰まると首をぶんぶん振ったりするところがいつもの真らしくて俺は心底ほっとした。


真とふたりで歩く帰り道、小さな手を握りたい気持ちをぐっと堪え、少しだけ彼女と間を開けて隣をゆっくりゆっくり歩いて行く。彼女は何度もちらちらと丸くて大きい綺麗な目を俺に向けて来た。どうしたの?と問うと、少し控えめにもじもじしながら質問をして来た。


「あの、尾白くん、チャージズマ……上鳴くんと、仲良しなの?」

「うん、上鳴と仲は良いよ。他にも峰田や砂藤、轟、それから葉隠さんとかね。」

「そうなんだ……あっ、えっと、あの、わたしと尾白くんはいつからお友達なの?」

「うーん、そうだな……」


お友達だったの?とは言わず、お友達なの?と聞いてきてくれたことに真の自然な優しさを感じる。さて、どうしよう。5歳くらいの幼い日の話をすべきか……中3の冬のある日の話をすべきか……悩んだ結果、両方話すことにした。


「幼い頃に一度だけ会って……中3の冬、二度目に会ったんだ。ほら、前から住んでた家の近くに大きな木のある公園があるでしょ?」

「うん……そうなんだね……ごめんね、わたし、覚えてなくて……」

「気にしなくていいってば。ほら、もう謝るのは終わり、ね?」

「う、うん……あ、じゃあ、趣味とかある?」

「趣味?うーん……トレーニングかな?」

「わぁ……!流石プロヒーローだね!じゃあ、好きなことは?」

「……武術、とか?」

「すごい!男らしくてかっこいいね!」

「そ、そうかな……ありがとう。」


彼女はキラキラと目を輝かせて俺を見上げて、愛くるしい純真無垢な笑顔を向けてきた。相変わらずなんて可愛いんだ。もしもいつも通りの関係であったならば今この場で抱きしめているところだ。


こうして他にも沢山の質問をされながら歩いているとあっという間に真の家に着いた。彼女と別れる際に、勇気を出して今度どこかへ遊びに行こうと誘ってみたら、彼女は爽やかな笑顔を見せてくれた。俺のことを忘れてしまってもなお、こんな笑顔を見せてくれるなんて、とぼーっとしてしまった。だが、すぐに我に返り、また連絡すると伝えて俺達は笑顔で手を振って別れた。彼女の笑顔はいつもと変わらぬ愛くるしい純粋無垢な笑顔だった。一方の俺は、上手く笑えていただろうか……





あれから何事もなく数日が経った。真とは毎日2,3回ではあるけれどメッセージのやりとりをしている。内容は取り留めのないものばかりではあるが、俺にとっては全てが癒しのメッセージだ。今日は何を食べたとか、新商品のパンを考えてるとか、こんな絵を描いたとか、彼女はいつも写真付きでメッセージを送ってくれる。対して俺の返事はとてもシンプルで、そうなんだねとか、美味しそうだねとか、綺麗だねとか、何の面白味もないもので。話しててつまらなくないかと不安になるけれど、彼女はいつも、忙しい中お返事をくれてありがとう!嬉しい!と返してくれる。この返事、記憶を失う前のそれと同じで、本当に俺のことを忘れてしまったのかと聞きたくなってしまうほど。


そして、実は今日が真とふたりで出かける日だったりする。先日のデートプランだと恋人感がありありと出てしまっていて、どうしたもんかと考え抜いた結果、ある一つのプランを思いついた、いや、正確には思い出した。待ち合わせに遅れないよう、少し早めに家を出た。


待ち合わせの場所は、久しぶりにあの公園の大きな木の下だ。あの場所は俺達の特別な場所だから、記憶を取り戻す何らかのきっかけにならないかと一縷の望みをかけて指定した。少し早めに家を出て、待ち合わせ時刻の10分前にはあの公園に着いたのに、既に彼女はそこにいて、俺は慌てて駆け寄った。俺に気づいた彼女は笑顔で小さく手を振ってくれた。初めてふたりでデートをしたあの日と同じだ。今日は二度目の初デートだ。


「待たせてごめん!」

「大丈夫、今来たばっかりだよ。」

「そっか、それならいいんだけど……」

「うん!それで、今日はどこに行くの?」

「そうだね……まずお昼食べに行って、少し街まで出よっか。」


こっちだよ、と歩みを進めると、真はちょこちょこと可愛い歩幅でついてきた。彼女に合わせてゆっくり歩いていると、じいっと俺の顔を見上げているのに気がついた。


「ん?歩くの速いかな?」

「あ、う、ううん!あの……あのね、尾白くん、優しいなあって……」

「えっ?」

「この前もだけど、歩く速さを合わせてくれたでしょ?それに、メッセージも必ず返してくれるし……」

「そんなの誰でもそうでしょ。でも、統司さんに優しいって思ってもらえてるなら嬉しいな。」

「そ、そうかなあ……えへへ、わたしも嬉しいな。」


ぽっと赤くなった頬に両手を当ててふにゃりと笑う真が可愛くて、そして、どうしようもなく抱きしめたくて堪らなくて……だけど、今はそうしてはならない。ぐっと堪えてゆっくり歩き続け、彼女のお気に入りの店に到着した。


「ここ……えっ、尾白くんも好きなの?」

「うん、ずっと前にね、統司さんが教えてくれたんだよ。」

「そうなんだ……ごめ……あっ、えっと、ごめんね、あっ……!」

「……くくっ、大丈夫、いいよ。ほら、早く入ろう。」

「えへへ……ありがとう……」


先日、謝るのはもう終わり、と言ったからだろう、彼女は一旦ごめんねを飲み込もうとしたけれど、ごめんねと言おうとしたことに対してごめんねと言ってしまい、林檎の様に真っ赤になった顔を両手で覆い隠してしまった。そんな彼女を連れて店に入ると、いつもの女性店員が温かく迎えてくれた。相変わらずラブラブだね、とぼそっと囁かれたもんで、俺は慌てて店員を店の隅へ連れてってこそこそと事情を説明した。その間、真は席に着いて、にこにこと可愛い笑顔を浮かべながらレモン水を飲んでいた。こちらにはあまり気をやっていないようで助かった。


さて、一緒に昼食をとったのだが、やはり会計の際に一悶着。ご迷惑をかけてしまっているから私が出したいと言う真と、男の俺に出させてほしいと言う俺。事情を知る店員は困ったような笑顔で事の顛末を見守っていて、最終的に、また会える日があればアイスでもご馳走して、と頼んだところで彼女がしぶしぶ折れてくれた。口がへの字になって不機嫌になってしまっている顔もとてつもなく可愛らしい。どうやら彼女の可愛さは留まるところを知らないらしい。


店を出てから、本屋にでも行く?と声をかけると真はとても嬉しそうに頷いた。また身長に関する本でも見るのだろうかと思うとくつくつ笑いがこみ上げてきてしまった。


「どうして笑ってるの?」

「うーん……また身長の本でも探すのかな?ってね。」

「えっ!?そ、そんなことも知ってるの!?本当にすっごく仲良しの親友さんなんだね……」


真は目をまん丸に見開いて驚いていた。


「うん、そうだよ。」

「……!!そっかあ……」


親友さん、と言われたことで胸がずくんと痛んだ。俺はキミのヒーローで、恋人だからね、とは言えなくて。困った俺は誤魔化すように笑みを浮かべたら、真もふわっと笑ってくれた。けれど、何故だろう。この笑顔に少しだけ違和感を感じてしまった。もしかしたら、つい先日知り合ったばかりの男にここまで色々知られているのが怖いと感じているのだろうか……


「ごめんね、一方的に色々知られてるなんて嫌だよね……」

「えっ!?そ、そんなことないよ!」

「そう?」

「うん!尾白くん、親切で優しいひとだし、全然嫌じゃないよ!」


そうだ、初めて、いや、正確には二回目に出会った時からずっとそうだった。俺が自分に自信がなくて、彼女に嫌われやしまいかとハラハラする度に、いつもいつも彼女は驚いたような顔をして全力でフォローしてくれて、それから、林檎っ面で微笑みながらとびきりの愛の言葉をくれるのだ。今は愛の言葉はもらえないけれど、必死に俺のフォローをしてくれるのは何一つ変わっちゃいない。あたふたと慌てながらこの少ない期間で知ったであろう、俺の良い所を次々に絞り出してくれている。


「くくっ、ありがとう。ちょっと自信持てたよ。」

「……えへへ、よかった!」


真は丸い目を細め、歯を見せてニッと笑った。林檎っ面の可愛い笑顔も大好きだけれど、この悪戯っ子のような元気な笑顔も可愛くて仕方ない。


こうしてまた彼女といろんな話をしながら本屋へ行って、数冊本を買った後、彼女を家まで送り届けた。帰り道には公園のあの木の下へは寄らなかった、というのも俺が彼女に想いを伝えずにはいられなくなりそうだったからだ。恋人の記憶を失ったと勘付かれてしまうと、心優しい彼女は俺に気を遣って無理をしてでも俺のことを再び好きになろうと努力するはずだ。そんなのは本物の愛じゃない。彼女にそんな苦行を強いたくはない。


「……尾白くん?」

「……あっ!ご、ごめん!ちょっと考え事を……!」

「えへへ、大丈夫だよ。今日はすごく楽しかったよ、ありがとう!」

「俺の方こそ。ありがとう。また、誘ってもいいかな?」

「うん!あ、でも次はわたしからお誘いするね?アイス、一緒に食べようね!」

「うん、アイスだったら放課後よく一緒に行ってた店がいいかな?楽しみにしてるね。」


彼女はぱちぱちと瞬きをしていたけれど、俺は自分の失言には気づかず、その瞬きの意味を理解することができないまま、彼女に手を振り別れを告げたのだった。





二度目の初デート




俺の望みは一つだけ。彼女に好きになってもらうことじゃない。彼女が笑顔でいること。それだけだ。


ただ、一つだけ我儘を言っていいのなら、彼女を笑顔に……幸せにするのは、俺でありたい……








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