あれから何度も真と顔を合わせているけれど、特に関係が進展することはない。やはり今回は個性によって記憶を消されたのだから正しい解除方法じゃないと記憶を呼び起こせないのだろう。事情を知る上鳴や轟達からは散々慰めの言葉を貰った。その中で改めて感じたこと、俺は記憶の有無にかかわらず統司真という女の子が大好きだということ。そう、好きだからこそ、見ていれば、考えれば、なんでも感じ取れてしまうのだ。きっと彼女は、俺達の関係に気付いているんじゃないか、と。というか彼女の個性を考えればそんなこと当たり前なのだが。
情けない話、上鳴と轟に指摘されるまで気がつかなかった。真と目を合わせて話したら、嘘は全部見抜かれているはずだぞ、と。言われて確かに、と思い出した。あの二度目の初デートの日、彼女が宝石のように美しい目を見開いてぱちぱちと瞬きをしているのを何度か見た。あれは個性が発動した時の挙動だ。高校生の時から何度も見てきた俺は彼女が嘘を見抜いた瞬間がわかるのだ。
波間くんは波間くんでちょこちょこ真にちょっかいをだしているみたいだ。もしかしたら、真が彼を好きになってしまうかもしれない、その不安は少なからず胸中をぐるぐると巡っている。けれども俺は不思議と焦りを感じなかった。運命の黄色いリボンが俺と彼女を繋いでいるという謎の自信があるからだ。
さて、今日も頭の中は愛しいあの子のことでいっぱいだ。彼女の可愛らしい柔らかな微笑みが頭の中を支配する。だが、仕事に集中しなければならないわけで。いつも通り、見回りやら事務仕事やら街の平和を守るための仕事をこなしていたのだが、突然スマホが鳴り響いた。席を外して画面を確認すると、轟焦凍という文字。
「もしもし?轟?」
「ああ。尾白、今、いいか?」
「うん、どうしたの?」
「統司の記憶消した奴、捕まえたかもしれねぇ。」
「えっ!?本当!?」
「まだ口割ってねぇけど多分。今、爆豪と上鳴が事情聴取してる。爆豪の所属事務所わかるな?」
「今すぐ行くよ!」
俺は轟と話した直後に慌てて事務所を後にした。彼等がいるという事務所に駆け込むと、そこには銀髪の男が不機嫌そうに腰を据えていた。周りに居たのは轟と上鳴で、爆豪がいない。どうやら彼の個性について取り調べをするところだったようだ。なんでもついさっきこの男が街中で暴れているところを轟が取り押さえて、余罪で彼を追っていた上鳴と爆豪が合流して今ここに至るとか。彼は何処へ、と尋ねようとすると、大きな音を立てて背後のドアが開いた。
「オイ!連れてきたぞ!」
「と、轟くん、上鳴くん、それに、尾白くん……あっ!この人!」
「あぁ?知っとんのか。」
「う、うん、あのね、この人の個性、人の記憶を消しちゃう個性で、わたしね……」
彼は一向に口を開かなかったとのことだが、真の登場によりあっさりこの男の素性が明らかになった。爆豪に根掘り葉掘り質問された真は自分が持っているであろう情報を一頻り語った。一通り情報の整理を終えると、爆豪が真の個性を使って彼に尋問をするとのことだったが、彼女は爆豪をじいっと見上げて、ちょっとだけ待って、と可愛らしく頼んだ。爆豪は小さくうっと唸って、わーったよ、とぶっきらぼうに返事をした。
「あ、あの、あなたに聞きたいことがあるんだけど……」
「……何だ。」
男は真の問いかけには素直に返事をした。轟達は目を丸くして驚いている。彼女は美しい目をめいいっぱい見開いて、男の顔を覗き込んで言葉を続けた。
「わたしの記憶、どうしたら元に戻るの?」
「……戻らない。」
「……うそ。戻るよね。」
「チッ……この目玉オバケ……」
「目玉オバケでもいいよ。だから教えて。どうしたら元に戻るの?どうしてあんなことしたの?」
爆豪は訳がわからないといった感じで、おい!と言いながら一歩前へ出ようとしたけれど、轟と上鳴に阻まれていた。男は何も言わない。真の美しい目に釘付けになっている。この男も、あの美しい宝石の虜になってしまったのだろうか……
「……あの野郎が俺を裏切ったんだ。」
「えっ?」
「中学んとき、色々あってよ。俺ァ、アイツに裏切られて……一番大切だった人に忘れられちまったんだわ。」
「……だから、波間くんを?」
「……おい、耳貸せや。」
「うん、わかった。」
男は真にぼそぼそと何か耳打ちをしている。彼の言葉が終わったら、次は真が彼の耳に手を添えてひそひそと耳打ちをした。もしも彼女に何か手を出そうものなら、この尻尾で叩きのめしてやろうと構えていたけれど、様子を窺っている限りそんな心配はないみたいだ。何度かこのやりとりを繰り返し、会話を終えると彼は目を見開いて真の顔を見た。彼女はぱちぱちと瞬きして、困ったようにふわりと柔らかく微笑んだ。
「……悪かった。」
「ううん、わたしが自分でしたことだから。わたしにも責任はあるよ。」
「……記憶のことだが…………」
「うん。」
「戻す方法は俺にもわからん。戻ったヤツもいるが、生憎、きっかけまでは……」
「そう……」
「悪い……その、今回もだが、昔も……」
「……!!ううん、いいの。気にしないで。大丈夫、きっと、なんとかするから。」
二人の会話の意味はわからなかった。けれど、先ほどとは打って変わって彼の態度は柔らかくなっていた。真と接する人は皆そうだ。あの柔らかな微笑みと美しい目は、B組だった物間ですら素直に可愛いと口にしてしまうほど、心を落ち着かせ、素直な気持ちにさせてくれるのだ。
彼は自分のしでかしてきた悪事をぽつりぽつりと素直に打ち明け始めた。そして本人の希望で警察に出頭することになった。警察へ引き渡す際、真の方を向いてもう一度、悪かった、と謝ると、彼女は彼の手をそっと握って、今度は素敵なことに個性を使おうね、と一言添えた。彼は大きく頷いてそのままパトカーに乗車した。
全員で彼を見送ったあと、爆豪は事務所へ、轟と上鳴はそれぞれの家へと帰って行った。俺も真を家に送ってから帰るか、とふと彼女の方を見ると、じいっと俺を見上げていた。その目はとても潤んでいて、まるで涙色に輝く宝石の様だ。この目のあまりの美しさに心を奪われた俺は暫く彼女と見つめ合ったまま動くことができなかった。
少し間を置いて、彼女は目に溜まった涙をハンカチで拭くと歯を見せてニッと笑った。一体何があったのだろう。
「……どうしたの?」
「あ、え、えっと……みんな、帰っちゃった、ね。」
「え?う、うん……あ、俺、送……」
「あっ、わ、わたしも、えっと、か、帰らなきゃ!えへへ……じゃあね!」
「あっ!ちょっと!」
今度は柔らかな微笑みを見せて、彼女はすぐに持ち前の俊足でたたっと走り去ってしまった。俺の気のせいじゃなければ、彼女の頬は林檎のように真っ赤に染まっていたような気がした。
柔らかな微笑み
彼女のあの笑顔、あの目、忘れるはずもない。あれは俺が初めて恋をした、幼き日の彼女、そして、二度目に恋をした、中学生の頃の彼女、そのものだったのだから。