何度でも
すきになる



尾白くんが、刺された……?


ぺたんと地面に座り込んで、落としたスマホを拾ってもう一度耳に当てたら、やっぱり同じことが反芻された。上鳴くんの言っていることがすぐに理解できなくて、わからなくて、怖くて、堪らない。どうしよう、どうしたらいいの、目頭が熱くなってきた。怖い。


もし……もしも、尾白くんが、いなくなっちゃったら……そんなの、やだ。せっかく、せっかく、また、すきになったのに。こんなに、こんなに、すきなのに……


「……ちゃん!!真ちゃん!!聞こえる!?」

「……あ、うっ、うん、ぐすっ、き、聞こえる、うぅ……」

「尾白の事務所のすぐ裏の病院!!そこに運ばれたから!!」

「わ、わかった、す、すぐ、行く!」


わたしはすぐに走り出した。足の速さはわたしの取り柄だから、どんどんスピードを上げて、走って走って走り抜いた。何も考えずにまっすぐ病院を目指してひたすら走った。胸は苦しいし、足も痛いけど、そんなの関係ない。尾白くんは、もっと痛い思いをしてる、ううん、してきたはずなんだ。





病院に着いたら入り口に爆豪くんがいて、先日と同様、わたしの手を引いてお構いなしに走り出した。看護師さんから走らないでと注意されたけれど、ごめんなさい!とだけ叫んで走り続けてしまった。


尾白くんの病室に入ると、既に傷の手当ては終わっていて、尾白くんは穏やかな顔で眠っていた。彼の隣に座っていた上鳴くんは立ち上がって、どうぞ、とわたしに席を譲ってくれた。足が震えたままぽすんと座り込んで、すぐに尾白くんの手を握った。少しひんやりしてるけど、ちゃんと温かさを感じる。


「お、尾白くんは、大丈夫なの……?」

「うん、出血が多くてびっくりしたけど思ったより傷は深くなくて、少し休めばすぐ目覚めるって。」

「よかった……死んじゃうんじゃないかって、わたし、心配で……」

「真ちゃんのおかげだよ……」

「えっ?」


上鳴くんが指差した方向を見ると、彼のベッドの隅に血で汚れた小さなお猿さんのぬいぐるみがあった。


「それね、高校生の時に真ちゃんが尾白にあげたやつ。こいつ肌身離さず持ってんの。」

「わたしが……?」

「そ。敵のナイフが、それに刺さったみたいで、傷が深くならずに済んだみたいだよ。」

「チッ……尻尾は俺を庇ったんだわ……下手うって悪かったな。」

「……!!」


わたしはとても驚いた。彼はいつだってわたしのことを一番に考えてくれていたのだ。どんなときも、どこにいても、常にわたしのことを想ってくれていたのだ。記憶なんて関係なしに、いつも変わらず優しい愛をただひたすらわたしに向けてくれていて……それだけじゃない、彼は、自分の身を呈して友達を救ける、とても勇敢な、かっこいいひとなんだ…………





こんなに真面目で、強くて、優しくて、かっこいい、最高のヒーロー……





すきにならないわけ、ないじゃないか……





きっと、何度忘れても、何度でも、すきになるに決まってる……





よかった、死んじゃわなくて、よかった。生きててくれて、よかった。大切なあなたを、失わなくて、よかった……





……あれ?……!!い、痛い!!





彼のことを心から大切だと思ったその瞬間、脳に直接電撃を浴びせられたかのような鋭い痛みに襲われた。


「あ、ああっ……!!い、痛い!!痛いよお!!」

「真ちゃん!?」

「おい林檎!!」

「あうう……!!頭が……!!痛いよお!!」





ひどい痛みとともに彼とわたしの、ふたりの、知らない思い出が頭の中を駆け巡った。ふたりで食べたもの、ふたりで行った場所、ふたりで過ごした夜、ふたりで見た景色……そうだ、こんな大切な思い出を、どうして忘れることができようか、いや、できまい。それは全部、わたしの大切な……





「真!?どうしたの!?」





痛みがいちばん激しくなった時、ぐいっと正面から抱き寄せられた。でも、だいすきな体温と匂いに包まれた途端、ひどい痛みはすぐになくなって。


ゆっくり顔を上げると、わたしの、いちばん大切で……いちばんだいすきな……愛する彼……尾白猿夫くんが、ひどく心配そうな顔で、とても優しい愛に溢れた目でわたしを見つめていた。


「猿夫くんっ!!」


ごちっ


「んむ!!痛っ!」

「痛っ!ご、ごめんなさい!」


わたしに名前を呼ばれて一瞬目を見開いた彼の唇に勢い良く自分の唇を重ねた。すると、歯と歯がぶつかってしまってごちっと音がした。


「……くくっ、おいで。」

「……うん!!」


彼の首に腕を回してぎゅっと抱きついたら、背中をとんとんと撫でてくれた。ハッと我に返って病室内を見回したけれど、上鳴くんと爆豪くんはいなくて、わたしと猿夫くんはふたりきり。


「あ、あのね、今ね、全部思い出して、あっ、でも、わたし、記憶がなくても、また猿夫くんのこと、すきになってね、それで……」

「落ち着いて。全部ちゃんと聞くから。時間はたくさんあるから、ね。」

「う、う、うん、えっと、あのね……」

「真。」

「うん?」

「愛してるよ……ずっと……ずっと、言いたかった。」


猿夫くんはふにゃりと柔らかく笑ってくれた。記憶を失くしていたことを咎めることもなく、今まで通り変わらない優しい愛をたくさん注いでくれていたのに、まだまだ注ぎ足りないというのか。なんて、なんて優しいひとなんだろう。なんてかっこいいんだろう……愛しくて愛しくて、すきですきでたまらない…………


「あのね、猿夫くん、わたし、わたしね……」

「うん?」

「何度でも、あなたをすきになるよ。記憶なんて、関係なくて……わたし……尾白猿夫くんが、だいすきだよ……」

「うん、俺も同じ。何度でもキミを好きになるよ。統司真さんが、大好きだよ……」


もう一度、涙味のキスをした。初めてキスをした時もわたしの記憶が戻った時で、しかもしょっぱかったよね、なんて。ふたりしてクスクス笑いながら、何度も何度もキスをした。


しばらくキスをしていると急に彼が腰の辺りを押さえだした。傷に障っちゃったのかなと思って、ごめんねと謝ったら、全然痛くないから大丈夫だよ、なんて。本当は痛いくせに。傷が綺麗に治ったらまたたくさんデートをしようね、と言って頭を優しく撫でてくれた。





今日はずっとそばにいたかったけれど、病院のご迷惑になっちゃうから帰ることにした。おやすみのチューをして病室から出ると、家まで送るよと笑顔の上鳴くんに対して、早よしろ林檎!と目を吊り上げてぷんすか怒る爆豪くんが待ってくれていた。


帰り道ではたくさん上鳴くんが話しかけてくれた。爆豪くんはぶすっとしていたけれど、上鳴くんと二人で事情を説明したら、棒読みだったけれど、よかったな、と言ってくれて、ぽんっと頭を撫でてくれた。


「ところで、尾白とはちゃんと話せた?」

「うん!もう、大丈夫だよ!」

「……そっか!うん、真ちゃんは笑ってる顔がいっちばん可愛いよ!」

「や、やだもう!でも、ありがとう……上鳴くんも爆豪くんもいてくれてよかった……えへへ……」


あっという間にお家に着いて、二人を見送って部屋に入った。今日はとても疲れたけれど、わたしのいちばん大切な、いちばん大好きな猿夫くんのことを思い出せて本当に良かった。もう、二度と彼のことを忘れたくない。彼を傷つけたくない。どうすれば、いったいどうすれば、彼は幸せになってくれるのだろう。私に何ができるのだろう……





何度でもすきになる




わたしはいつも猿夫くんに守られてばかりだ。いつも優しい愛をめいいっぱい注いでくれて、一度たりともわたしを蔑ろにしたことなんてなくて、強くて、優しくて、かっこよくて……いつも、わたしばかりが幸せな気持ちにしてもらっている……


どうすれば、あなたは幸せになれる?


あなたの幸せはなに?








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