運命のひと



この前は勇気を出して、彼に初めてを捧げようと思ってせっかく良い雰囲気になったのに、天井にくもがいたことでわたしが大パニックになってしまい、結局初めてのエッチはできなかった。次の日に、ごめんねと謝ったら、また今度楽しみにしてるねと言われて朝っぱらからふたりして林檎みたいに真っ赤になってしまった。林檎みたいな顔が可愛いといつも言われるけれど、それは彼も同じで。やっぱりわたし達はいつも何度でもお互いに恋しちゃうんだなあ……なんて思っているといつの間にやら授業は終わってしまっていた。


というわけで、今日はいつもの親友二人とパンケーキを食べに来た。午前中で授業が終わる日は大体バイトに行くか絵画室で絵を描くのだけれど、今日は二人もたまたま予定が空いているとのことで。ちなみに背が高い方の女の子は春に美容専門学校を卒業して、夢を叶えてメイクアップアーティストとしての道を歩み始めたところで、眼鏡をかけた方の女の子はわたしと同じ優盟大学の経済学部に通っている。キャンパスが別だから中々会えないのが残念だ。


三人でパンケーキを食べながら、お仕事の話を聞いたり大学のことを話したり、そして久々に二人の彼氏のことを聞いたりして、楽しい時間を過ごしていると二人はそういえば!と身を乗り出してきた。そうだ、最後に二人に会ったのは確か猿夫くんのことを忘れてしまっている時だ。わたしは記憶を取り戻して、今もきちんと仲良しだと伝えたらまるで自分のことのように喜んでくれた。えへへ、と熱くなった頬に両手を当てていると、二人はある疑問を投げかけてきた。


「あのさ、あんた記憶ない時は彼氏君のことどう思ってたの?」

「あっ、それ私も気になってた!」

「えっと……えへへ……あのね、記憶がない時でも、またすきになっちゃったの……」

「す、すごいねあんた達……お互い運命の人って感じだわ……」

「まるで御伽噺みたい……」

「わ、わたしはお姫様にはなれないよ!でも、猿夫くんは王子様みたいだよね……はぁ……かっこいいよねえ……」


いつものわたしに戻ってよかった、と二人は嬉しそうに笑っていた。この前は二人の前で泣いちゃってごめんね、と両手をあわせて謝ったのだけれど、右手の指輪のデザインが以前と異なることを指摘されて。実は……と二人にこの婚約指輪に関するあらましを説明した。


「えぇ〜!?あ、あの彼氏君がついに真に……!!良かったじゃん!」

「うん、本当におめでとう!でも、真ちゃんのパパとかお兄さんとか、その、大丈夫なの?」

「えへへ、ありがとう!うん、もうお父さんも猿夫くんのこと知ってるし、お兄ちゃんもわたし達が高校生の時から知ってるから大丈夫だと思うよ。」

「そうなんだ!じゃあ安心だね!でもいつ結婚するの?やっぱり働き始めてから?」

「うん、猿夫くんに養ってもらうのはなんだか申し訳ないし、働き出してからがいいなあ。」

「でも、大きな結婚式はしないんでしょ?あーあ、真のメイクしたかったなー。」

「えっと、お写真撮ったりはするからその時はお願いしてもいい……?」

「やった!もちろんだよ!あ、あんたもアクセサリーかなんか作ってプレゼントしなよ!」

「もちろんそのつもりだよ。うふふ、楽しみにしててね!」

「わあ!二人ともありがとう!楽しみにしてる!」


きゃっきゃとはしゃぐ女子会はとても楽しくて、あっという間に時間は過ぎてしまい、暗くなる前に解散して、わたしはひとりでお家に帰る道を歩いていた。考えてしまうのはやっぱり愛しい彼のこと、そして、そんな彼との将来のことばかりで。そういえば来月はデザイン系の企業説明会に参加するんだった。絵を描くのが好きだからデザインももちろん大好きで、デザインのお仕事にもとても興味がある。また、これまでの学生時代、多くの先生方にお世話になってきたために、教職に憧れたこともあったっけ……なんてあれこれ考えているとスマホが震え出して。


「もしもし?真、今、家にいる?」

「猿夫くん!ううん、今はお外にいるんだけど、もうすぐお家に着くよ!何か用事?」

「うん、あのさ、ちょうど砂藤と帰りが一緒になったんだけど、手作りのお菓子もらってさ。真、砂藤のお菓子好きでしょ?持って行こうかなって思って。」

「えっ!?師匠の!?食べたい!うわあ、楽しみ!急いで帰るね!」

「うん、じゃあ俺もこれから向かうね。」

「うん!気をつけて来てね!お菓子が潰れないように!」

「えっ!?俺の心配じゃないの!?」

「えへへ、猿夫くんも気をつけてね!」

「くくっ、ありがとう、じゃ、また後でね。」


電話を切った後、わたしは走ってお家に帰った。彼に会うと胸が高鳴るばかりでいつもいつもどきどきが止まらない。それは初めて恋に落ちた時と同じで、わたしは毎日彼に恋をしてしまっていると言っても過言ではないのだ。昔からそうだけれど、好きの気持ちは日に日に大きくなるばかりで、それはもうおさえきれないほどに。心も身体も全部全部、何もかもを彼に奪われてしまいたい、最近はそんなことばかり考えてしまっていて……ハッと気付けばもうお家の前。わたしは急いで鍵を取り出して、上下の鍵を開けながらぽつりと呟いた。


「わたし、えっちかなあ……」

「えっちな真も可愛いよ?」

「でも、恥ずかしいよ……」

「それが可愛いんじゃないか。俺は好きだよ?」

「もう、ばか…………?……!!きゃああああ!!い、い、いつからいたの!?」

「うわっ!!い、いや、鍵を差し込むあたりから!!」


気付かぬ間に猿夫くんが後ろにいて、わたしはギュッと抱きしめられてしまった。しかも恥ずかしい呟きも聞かれていた上に続けて会話までしてしまって。恥ずかしくて死んでしまいそうだ。わたしは慌ててお家に入って彼の腕を引っ張った。つられて彼もお家に入り、バタンとドアが閉まると同時に彼はわたしの頬にちゅうっとキスをしてきた。


「ほんっと可愛いよね。大好き。」

「ばか……」

「俺のこと嫌い?」

「ううん、だいすきだよ。あっ、お仕事お疲れ様!」

「ん、ありがとう。あ、これ冷蔵庫に入れといてね。」

「……わぁ!ガトーショコラだ!!」


師匠のガトーショコラを冷蔵庫に入れて、猿夫くんに夕飯を食べたかどうかを聞くと、家に帰ろうと思っているからまだみたいで。そっか、今日は帰っちゃうのか……リュックじゃなくて肩掛け鞄の日だもんなあ……


「どうしたの?」

「えっ?あっ、え、っと……帰っちゃうのかあ、なんて……」

「……早く一緒に住みたいね。そしたら、真のいる家に帰れるからさ。」

「えへへ、美味しいご飯作って待ってる!」


お互いへにゃりと笑って、なんだかとてもキスがしたいと思ってしまった。どうやら彼も同じみたいで、そっとわたしの頬に片手を添えて来た。上を向いてぐっと背伸びをしたら、ちゅうっと触れるだけのキスをしてくれた。唇を離してもう一度くっつけて。もう一度、もう一度……やっぱりもう一度……いつもこうだ。一度唇を重ねてしまったらもう離れるのが恋しくなって、何度も何度も重ねてしまう。ぎゅっと彼に抱きついて彼の胸に擦り寄ったら上から甘い溜息が聞こえた。


「……やっぱり今日泊まっていい?」

「えっ?でも、お泊りセットは?」

「あれっ、俺の服一着も無いんだっけ?」

「ううん、あるけど長袖だから暑いかなって……」

「ああ、それなら大丈夫、職場の冷房寒すぎてさ。俺、職場では上着着てるくらいだから。」

「そっかあ……えへへ、お泊まりしてくれるの嬉しいな……」


猿夫くんはまずお風呂に入りたいみたいだったから、その間、わたしは夕飯を作ることにした。お腹が空いてるだろうからすぐに食べられるよう、肉野菜炒めとお味噌汁、それから昨日作ったひじきの煮物を温め直して食卓に並べていると、お風呂から出て来た彼に背後からふわりと抱きしめられた。


「お風呂もご飯もありがとう。」

「えへへ、こちらこそありがとう!お疲れ様、たくさん食べてね!」

「ん、いただきます。真はもうご飯食べて来たの?」

「うん、いつもの二人とパンケーキ食べた後に軽く夕飯も済ませて来たよ。」


それならよかった、と言いながら彼は食事に手をつけた。美味しい美味しいと言いながらぱくぱく食べてくれていて、わたしはにこにこしながら愛しい彼を見つめている。こんなに素敵な人がわたしの旦那様になってくれるなんて……といってもわたしは何度も何度も猿夫くんに恋をして、猿夫くんしか好きになれないのだから、それは必然なわけで。やっぱり運命のひとだ、なんてメルヘンなことを考えているととても恥ずかしくなって来て、わたしはお風呂に入ってくるね、と言って逃げるようにリビングを出たのだった。





運命のひと




「はぁ……早く猿夫くんに抱かれ……ってやだもう!恥ずかしい!はぁ……」


恥ずかしさでとても火照ってしまった身体の熱を冷ますように、わたしはぬるいシャワーを浴びたのだった。








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