ふたりは何度でも恋をする



比較的真に時間がある夏休みの真ん中あたりから一緒に住む話をしようと思っている。家はもう決めてある。けれど、生活費は全て俺が負担すると言ったにもかかわらず彼女はバイトして稼いだお金から自分の分を出したい、と主張して。そのため、彼女の真っ直ぐな気持ちを大事にしたくて少しだけ負担してもらうことにした。さて、今日は折角泊まるわけだしその話もゆっくりしようと思っていたが、この部屋に来るとどうしても思い出してしまう。先日の可愛い真を……


ひとりで良からぬ妄想をしていると、風呂から上がった真がちょこちょこと歩み寄ってきて、ソファに座る俺の隣に腰掛けてぎゅっと腕にしがみついてきた。上気した頬、幼さの残る可愛い顔、つるんとした肌、柔らかそうな唇……正直、一緒に住んだら間違いなく毎晩襲いかねない可愛さだ。いや、今もそうしたいのはやまやまだが。


「真、どうしたの?眠い?」

「んーん、猿夫くんに甘えたくなったの……」

「ん、いくらでもどうぞ。おいで。」

「えへへ、ありがとう。」


すぐさま俺の膝上に跨って、にっこり笑いながら俺の首にふわっと腕を回してきた。小さくて柔らかい身体を優しく抱きしめると、力一杯しがみつくように抱きつかれた。甘くて優しい香りが鼻腔を擽り、全身を駆け巡って俺の身体を熱くさせる。この子が俺の妻になる日が待ちきれない。


「ね、猿夫くん……」

「ん?何?」

「だいすき……」

「ありがとう。俺も大好きだよ。」

「……あのね、聞いて欲しいことがあるの。」

「うん、何でも言って。」

「あ、あのね……えっと、あ、あぅ……」

「……!?えっ!?な、なんで泣くの!?」


まだ何も言ってないのに真はじわじわと目に涙を浮かべ始めてしまった。さっきまであんなに可愛い笑顔を浮かべていたのに。何か悲しいことでもあったのだろうか。とんとんと背中を優しく撫でて、抱きしめる力を少し強くしたら俺の胸に顔を押しつけてさらにぎゅうっとしがみ付いてきた。そしてうるうると瞳を揺らしながら俺を見上げてきた。


「……き、嫌わない?」

「嫌うわけないよ。俺は真しか好きになれないって、知ってるでしょ?」

「うん……あのね、わたし……猿夫くんと……」

「うん……?」

「え、え、エッチ、し、したい、の。」

「……!?う、うん、ま、前も、い、言ってたね。」

「うん……あのね、お風呂でよく考えたんだけど……」


真曰く、俺が結婚という話を持ちかけて以来、俺達ふたりのことや将来のことで頭がいっぱいで、特に俺のことが好きすぎて、早く心も身体も、持て余すところなく自身の全てを俺に捧げたいと思ってくれているらしい。どこが嫌われると思ったのだろうか。俺にとってはこの上ない幸せだ。こんなにも信頼されていて、こんなにも愛されていて、俺はなんて幸福な、贅沢な男なんだろうか。


真の優しい愛の気持ちに応えたい。こんなことを言うとドン引きされてしまうかもしれないが、俺は学生の頃から幾度となく彼女を抱く妄想をしてきた。というか我慢ができずにステップアップと称してこれまで数えきれないほどの夜を共にして、本番はしない、という約束で少しずつ彼女との身体の関係を深いものにしていったのだが。その度、快感に善がり狂って乱れる彼女を何度も何度も目の当たりにしてきた。この幼い外見からあの妖艶な彼女を誰が想像できようか。これは俺だけの特権に違いない。昔から、俺にとって女は彼女だけで、彼女にとって男は俺だけなのだ。


しばらく無言で抱きしめあっていると、真が再び俺の胸に顔を押し付けた。栗色の綺麗な髪を指でさらさらと梳いてやると、少し目を細めて口角を上げていた。嬉しいと感じてくれているのがまた可愛らしい。もう、今すぐにでも彼女を抱きたい……


「……俺も、真を抱きたい。高校生の時から、ずっとそう思ってた。」

「うん……知ってるよ……」

「真……高校1年生の夏の約束、覚えてる?」

「……えっと、猿夫くんが、心も身体ももう少し大人になって、責任取れるくらい立派な男になったら、わたしの、その、は、初めてをください、って約束?」

「うん、それ。俺、立派な男になれたかな?」


そんな質問をしたら、真は俺の胸からガバッと顔を離して、両拳をぐっと握りながら口早に語り出した。


「ずっと前から立派だよ!誰よりもかっこよくて優しくて、強くて真面目で努力家で、それから……!」

「わ、わかった!は、恥ずかしいからその辺で!」

「……えへへ、謙虚なところもだぁいすき!」

「んむっ!」


俺の顔を両手で挟んで、柔らかな唇を俺のそれに押し付けてきた。ちゅっと可愛らしい音を立てて唇を離すと、今度は両手を自分の頬に当てながらえへへと笑っている。


「……可愛いところ、大好き。」


今度は俺から、そっとキスをした。唇を離してもう一回。それからやっぱりもう一回、もう一回、と何度も何度も繰り返してしまう。いつもこうだ。一度触れてしまうと一瞬でさえ離れるのが名残惜しくなってしまう。


触れるだけのキスを何度か繰り返すと、真は柔らかい身体を俺に密着させて、俺の頬に自分の頬をぴったりとくっつけてきた。彼女の頬はとても熱い。きっと、俺もなのだろうが。


「えへへ、全部だいすき……」

「俺も……」

「ね、猿夫くん……」

「ん?」

「あのね、一緒に住んで、お互いゆっくりできるときに……んっ!?んぅー!」


それは男の俺から言わなきゃいけない、そう思った俺はもう一度キスをして彼女の口を塞ぎ、可愛い声で紡がれるはずの言葉を飲み込んだ。


「一緒に住んで、ゆっくり時間のある時に、俺達の初めて……しよっか。」

「……!う、う、うん、あ、あの、や、優しく、して、ね……?」

「も、もちろん、俺も初めてだけど、その、頑張るから……」

「い、一緒に、頑張ろう、ね……?」

「う、うん、一緒に頑張ろう……」


ぱちっと目があったとき、お互い林檎みたいな真っ赤な顔をしているのがわかって声を出して笑い合ってしまった。


たとえ俺が記憶を失くしてしまったとしても、この林檎のような真っ赤な顔で、両手を頬に当ててえへへと笑う林檎の妖精に、彼女だけに、何度でも何度でも恋に落ちてしまうのだろう。彼女がそうであってくれたように、俺もきっとそうなのだ。俺達ふたりは何度でも恋をするのだろう……





ふたりは何度でも恋をする




「ね、猿夫くん。」

「ん?」

「わたし、猿夫くんを何度もすきになってるんだけど、猿夫くんもわたしのこと、何度もすきになってくれるのかなあ……」

「こんなに可愛くて優しい女の子が近くにいて好きにならないわけないでしょ……況してや真に好きになってもらえて振り向かない男なんか一人もいないよ。」

「そ、そんなことないよ!」

「あるの。キミはとっても可愛くて魅力的なんだから。結婚しても油断しないでよ?」

「う、うぅ、そんなこと思ってるの猿夫くんだけだよ……」








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