あれからまた数ヶ月、季節はもうすっかり秋だ。そしてわたしと猿夫くんはもうすぐ同棲をすることなっていた。ふたりの初めてを、という約束をしたあの日からはこれまで以上にもっとラブラブになった気がする。夏休み、デートをしていた時にたまたま出会ったグレープジュースこと峰田くんから、灼熱地獄カップルめ!と揶揄われてしまった。けれど、右手の指輪に気付いた彼は、次は灼熱地獄夫婦になるのかよ、なんて。
さて、少し肌寒いある日のこと、わたしは街を探索していた、というのも、ふたりで住む家に置くための家具や日用品をどこで買おうか目星をつけておきたいから。猿夫くんはどんなデザインが好きかなあと考えながらうろちょろしていると、急に背後から名前を呼ばれて、とんとんっと軽く肩を叩かれた。くるりと振り返るとへらりと笑う上鳴くんがいた。
「よっ、真ちゃん!こんな時間にどしたん?学校は?」
「かみ……チャージズマ!あのね、今日は午前中で授業が終わったから、家具を見にきたの!」
「家具?引越しでもすんの?」
「えへへ、まだ具体的に決めてないんだけど、猿夫くんと一緒に住むんだあ……」
「えっ!?そうなん!?そっか、良かったじゃん!」
「うん!すごく楽しみ……えへへ……」
熱くなった頬に両手を当てていると、上鳴くんが首を傾げていて。どうしたの?と聞こうとすると先に口を開かれた。
「……ってことはプロポーズされたん?」
「うん……まだいつになるかわからないけど、結婚、しようって……」
「んー、相変わらず煮え切らねーっつーかなんつーか……でもまぁとにかく良かったね!うん!おめでとう!」
親友から祝福の言葉を受けたこの瞬間、個性を発現して以来一番の衝撃だったかもしれない。
世界は突然
色を
失った
「…………」
「真ちゃん?」
「……えっ?」
「ん?どーしたの?」
上鳴くんは、わたしと猿夫くんが結婚することを良く思っていない、ってこと……?
「あ、あの……」
「ん?」
「え、っと……チャージズマも、喜んでくれるの……?」
「……えっ?そりゃそーだよ!友達が、しかも高校生の時からあんだけ仲良しのふたりが結婚すんだから喜ぶに決まってんじゃん!本当におめでとう!」
世界の色は、鮮やかだ……
わたしの見間違い、あるいは誤判断だったのだろうか。上鳴くんは本当に嬉しそうにへらりと笑っている。そもそもあの上鳴くんが嘘なんてつくわけないし、人の幸せを喜ばないような人じゃないのはわたしもよく知っている。疑う必要なんてあるわけない、きっと。きっと、そう……
「……えへへ、ありがとう!それじゃ、チャージズマ、お仕事頑張ってね!」
「おう!ありがとう!」
手を振って上鳴くんとお別れして、わたしはホームセンターへ入店した。猿夫くんと同棲を始めるのだから、冷蔵庫、テーブル、ソファなんかももっと大きいものに買い替えなきゃいけないし、ほかにも必要なものはたくさんあるはずだ。しかし、わたしがふと足を止めたのはベッドのコーナーだ。
高校生の時も現在も、お泊まりの際は必ず一つのベッドで身を寄せ合って眠っている。そしてそこでは、エッチの練習と称して幾度となく彼と肌を重ねてきた、といってもまだ最後まで、つまり、その、セックス、は、してないのだけれど。今後のことを考えるとベッドはふたつあった方がいいのだろうか、それとも少し大きめのベッドをひとつにすればいいのだろうか。こういうことは彼にも相談しなきゃならない気がする。きっとひとつでいいって言うと思うけれど。
しばらく家具を見ながらぐるぐる回って、いくつか不足している日用品を買ってお店を出た。今日は夕方からバイトだし、時間もちょうどいい頃合いだ。しばらく歩いてパン屋さんに到着して、お店のドアを開けたら波間くんがお店番をしていて。
「統司!お疲れ!」
「波間くん!お疲れ様!」
波間くんは今となっては本当に仲が良いお友達だ。お互い15年もの間、初恋の人だけを想う気持ちを知るからか、価値観も通ずるところがあるわけで、よくお互いの悩み相談をしたりしているのだ。
「……なんか浮かない顔してんな。」
「えっ?そ、そうかな?」
「何かあったのか?」
「えっと……うん、ちょっと、だけ……?」
実は先程の上鳴くんの件が全然頭から離れてくれなくって。親友とも言える彼が嘘をついていると思ってしまうなんて、わたしはなんて悪い子なんだろう。そのせいか、やっぱり疑念は晴れてはくれなくて。そう思うと視界がゆらゆら揺れてきてしまった。
「ちょっ、統司!?大丈夫か!?」
「うっ……うぅ……」
「あー!!ちょっと待て!!ほら!コレ!」
彼がすっと差し出してくれたのは可愛い包紙が目印のチョコレートだった。わたしが泣きそうになったら上鳴くんもいつもチョコレートを食べさせてくれるっけ……
「う、うぅ、うわあああああん!!」
「お、おい!!こんなところテイルマンに見られたら俺殴られるってマジで!!」
「ご、ごめん、ね、う、うぅ、ぐすっ、あの、あのね……」
波間くんは丁度休憩に入るみたいだったから、彼と一緒に奥の休憩室に入って先ほどの静かな疑念について洗いざらい説明した。
「うーん、なるほどな……でも、見間違いかもしんねーならそんな気にしなくてよくねーか?」
「うん……もしかしたら何か違うこと考えてただけかもしれないよね……」
「……そんなに気になるなら、俺と上鳴くんに話させてよ。」
「えっ?」
波間くんの発言にわたしは心底驚いた。というかそもそも彼等に面識があることすら知らなかったわけで。なぜ知り合いなのかの経緯を聞いて、今の発言の真意を問うと彼は突然わたしの手首をきゅっと軽く握ってきた。
「きゃっ!な、何?」
「統司、俺のこと嫌いか?」
「えっ!?う、ううん、全然嫌いじゃないよ!お友達としてなら、普通に好きだよ!」
「おー、よかった……これ、俺の個性で、波形を読み取る個性なんだよ。」
「……波形?」
「そ、よく心電図の機械でぐにゃぐにゃの波形見るだろ?あんな感じで俺が聞いた音とか触った脈拍とか、俺の頭ん中で波形としてイメージできるわけ。」
「……お医者さんみたい。」
医学部に行けばよかったのに、と言ったら、生物より化学に興味があるとかで。ひとまず彼の個性は嘘発見器のような力があるということがわかった。わたしも同じようなものだけれど、彼の方がはるかに精度が高いと思う。
「……いいや、お友達を疑うようなこと、したくないもの。」
「そうか?んー、まぁ話ならいつでも聞くからさ。でも、本当おめでとう、同棲かー、いいなー。」
「えへへ……でも、テイルマンはヒーローだからあんまり言わないようにね。迷惑かけたくないし……」
「ん、了解!じゃ、そろそろ行こうぜ。」
「わ!もうこんな時間!わたし、着替えてくる!」
話し込んでいたことで思ったより時間をくってしまっていたようだ。わたしは慌てて更衣室に駆け込んで、いそいそと着替えを済ませて、今日もバイトに勤しむのだった。
静かな疑念
上鳴くんのこと、大好きなのにな……
疑いたくなんてないのに……
猿夫くんには言わない方がいい、よね……