小さな心配



もうすぐ同棲が始まるというのに真の様子がなんだかおかしい。やけにそわそわしているというか、俺の顔色を窺っているというか。こんなに長く一緒にいるのに何か不安なことでもあるのだろうかと心配になり、どうしたの?と声をかけたけれど、なんでもない!と首をぷるぷる振るだけで。


「……俺に言えないこと?」

「う、ううん!本当に、何でもないの!大丈夫!」

「そう?うーん……真が言いたくないなら聞かないよ。だから、もし言いたくなったらいつでも聞かせてね。」

「う、うん!ありがとう!」


ぱっと花が咲いたような笑顔を見せてくれた彼女があまりにも可愛らしくて、正面からぎゅっと抱き竦めてしまった。いつものように、俺の首にぎゅっと腕を回してきて、胸にすりすりと擦り寄ってくるのもまたなんとも可愛らしい。このままお持ち帰りしたい気持ちでいっぱいだったが、生憎明日は俺が出張だからとおやすみのキスをして、彼女の家を後にした。





そしてあれから1週間、やっと出張が終わった……とクタクタになりながら事務所に戻ったら、おかえりなさぁい、と甘ったるい声が。それと同時に腕に見知らぬ女性の腕がするりと絡み付いてきた。


「う、うわっ!!ど、どちら様ですか!?」

「私、3日前からこちらの事務所で働かせていただくことになりましたぁ。よろしくおねがいしまぁす。」

「は、はぁ、どうも……」


うっ……甘ったるい匂いがキツすぎる……何でこんな人を雇ったんだか……やけにクネクネしてるし……と、少し気分が悪くなりながらも今日のうちに報告書を一通りまとめて所長に提出した。一刻も早く真に会いたい。彼女の甘くて優しい香りに酔いしれたい。あの可愛い林檎っ面の笑顔が見たい。しかし、立ち上がると同時に視界が暗くなって、俺はガクンと膝をついた。


「あっ!大丈夫ですかぁ?」

「あ、ああ、どうも……すみません。」


先程の女性事務員が肩を貸してくれてなんとか立ち上がることができた。この女性、身長がほとんど俺と変わらないんじゃないだろうか。


「あのぉ、私、車なんでぇ、お送りしますよ〜?テイルマン、御実家なんでしょぉ?」

「あ、いや、俺、彼女の家に行くんで……」

「えぇ〜!彼女さん、待ってますよぉ!なおさらお送りしますってぇ!」


彼女はキャピキャピ騒ぎ始めて、彼女さんはどんな人ですかとか、どこで知り合ったんですかとか、とにかく質問ばかりで。ゆっくり歩きながら聞かれたことに対してひとつずつ丁寧に答えを返したら、うっとりしながら素敵な恋愛ですねぇと呟いていた。


「私も憧れのヒーローがいるんですけどぉ……到底手が届きそうになくってぇ……」

「へー……ちなみにどんなヒーローなんです?」

「クリエティですよぉ、テイルマンと同期の!」

「……!?クリエティ!?し、失礼ですけど、女性がお好きなんですか?」

「あっ、恋愛感情とかじゃないですよぉ!ただ尊敬してますよぉ、私と同じ長身ですし、堂々としててかっこいいじゃないですかぁ。」

「まぁ確かに、彼女は堂々としててかっこいいですね。」


その他、俺の同期のヒーローの話をしながら彼女の車に乗って真の家へ向かった。どうやら男性ヒーローで彼女のお眼鏡にかかった男性は予想通り、俺たちの同期の中でもイケメンと名高い轟焦凍だった。さて、しばらくして無事に真の家に着き、車を降りようとしたところで衝撃的な場面を目の当たりにしてしまった。しかも、窓が開いていたからその会話も丸聞こえで。


「わたし、やっぱり上鳴くんのこと、真剣に考えたい……」

「うん、そうしたほうがいいと思うよ。」

「ごめんね、たくさんお話聞いてもらっちゃって……」

「いいって、それより、今日彼氏帰ってくるんだろ?ほら、迎える準備してやれよ。」

「うん……じゃあ、またね、波間くん。」

「おう、また明日な!」


彼等は俺に気付かない様子で普通に別れていたが、なぜあの二人が上鳴について話しているのだろうか。まさか、先週の真の様子がおかしかったのはそのことが関係しているのだろうか。考えれば考えるほど、胸の中に心配という名の霧がかかってくる。だが、隣にいる女性の甘ったるい声でハッと現実に引き戻された。


「あの小っちゃい子が彼女さんですかぁ!?やだ、ものっ凄く可愛い子じゃないですかぁ!」

「あ、ああ、はい、そうです……」

「早く行ってあげてくださいよぉ!絶対寂しい思いしてますってぇ!」

「あ……はい、あの、ありがとうございました。」

「いいえ!それではごゆっくり〜!」


事務員さんはニコニコしながら車を運転して去って行った。ちゃんと見送って、真の部屋のチャイムを鳴らすと満面の笑みの彼女が出迎えてくれた。部屋に入ってドアを閉めると俺の尻尾にぎゅうっと抱きついてきた。


「おかえりなさい!お仕事お疲れ様!猿夫くんだあ……えへへ……」

「……ありがとう、真、会いたかったよ。」


尻尾ごと引き寄せてぎゅっと抱きしめたら嬉しそうに擦り寄ってくれた。


「わたしも……今日は、お泊まりしてくれるの……?」

「うん、そのつもり。あ、夕飯食べて来ちゃったからさ、シャワー借りてもいい?」

「うん!タオルと着替え、持ってくるね!」

「ありがとう。」


真はニコニコしながら着替えの用意をしてくれて、風呂から上がったらドライヤーを持って待ち構えていた。敷いてある黄色いクッションの上に腰かけたら、優しく丁寧に髪を乾かしてくれた。


「ありがとう、さっぱりしたよ。」

「えへへ、よかったあ……」

「……真、あのさ、来週から一緒に住むじゃない?週末、振替で連休とったからさ、荷物片付いてたらどこか出掛けない?」


そう告げると彼女は丸くて大きい綺麗な目をキラキラと輝かせながらぎゅうっと俺の首に腕を回してきた。


「本当!?嬉しい!あのね、大きめの家具はこのお部屋にあるものをそのまま持って行こうかなって思ってたんだけどベッドとか食器とかはふたりでちゃんと見たくて……あ、あとお洋服も買いたいな、それから……」

「うん、真の行きたいところ、沢山連れてってほしいな。楽しみにしてる。」

「えへへ、来週からは毎日一緒にいられるね……だいすき……」

「うん、俺も大好きだよ……」


彼女は覚えているだろうか。一緒に住んだら……という約束を。そう、俺たちふたりが結ばれるという約束だ。物理的に……なんて言うと少し厭らしく聞こえるが。それ目的で一緒に住むなんてことは決してあり得ないのだが、早く彼女の身も心も全て俺のものにしたいという欲望があるのも事実……なんてことを考えていると、いつの間にか彼女が俺の顔を覗き込んでいた。


「ん?どうかした?」

「……!!う、ううん、なんでもないの!」


彼女は嘘を見抜くような個性を持っているのだが、素直な性格だからだろうか、彼女自身の嘘も俺には手にとるようにわかるわけで。先ほどの件もあって小さな心配に囚われてしまう。


「本当?」

「う、うん……ね、あの、は、早く、ベッド、行こ……?」


真は林檎っ面で俺の手をそっと握ってきた。なんて可愛らしいんだ……あまりの可愛さに小さな心配はすぐに何処かへ吹き飛んでしまう。


「あ、あの……」

「うん?」

「1週間、その、さ、寂しかった、から、あの……」


もしかして、これは……


「……エッチの練習のお誘い?」

「……!!ば、ばか!!もういいっ!わたし、お布団敷いて寝るっ!」

「ご、ごめん!!デリカシーに欠けてました!!お、俺もしたいです!!」

「……ほんと?」

「本当に決まってるでしょ!1週間、凄く寂しかったよ!真のことばっか考えてた!」

「……えへへ、嬉しい……でも、お仕事は集中してね?」

「うっ、そ、それは大丈夫……」


真はクスクス笑いながら俺の手を引いてちょこちょこと寝室へと歩いて行った。寝室に入ってすぐ俺は彼女をベッドに押し倒して、貪るように彼女の唇に喰らい付き、ふたりの愛の営みを始めたのだった。





小さな心配




「猿夫くん、気持ち良かった……?」

「気持ち良すぎ……真は?気持ち良かった?」

「うん……凄く幸せな気持ちになって、たくさん気持ち良いなあって思ったよ……」

「そっか、良かった。俺も凄く幸せな気持ちだよ。こうして抱きしめ合うの、一番好きかも。」

「わたしも、ぎゅーってしてるときがいちばんすき……」








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