同棲、始めました



猿夫くんが出張に行っている間の1週間、わたしは何度も波間くんと上鳴くんのことで話し合った。どうしても、あの時にわたしの世界から色が抜けてしまった原因が気になってしまうからだ。お友達を疑うなんて、そんなひどい考えをする自分に腹が立ってきてどうしようもなくなって、ずーっと心の中にモヤモヤを抱えたまま、さらに1週間が過ぎてしまって、わたしは猿夫くんと同棲生活を始めることになった。





「よし、こんなもんかな……真、少し休もうか。何か飲む?」

「あ、わたし、さっきお昼ご飯買いに行った時にジュース買ってきたよ。はい、どうぞ。」

「ありがとう、助かるよ。」


ふたりで一緒に片付けをして、休憩にとジュースを飲んでいると、猿夫くんがチラチラとわたしの顔色を窺っていて。どうしたの?と聞くと、すごく悲しそうな顔をしながらそっとわたしの手を握ってきた。


「最近、波間くんと仲良いの?」

「えっ?うん、でも変な感じとか全然しないよ、わたしと猿夫くんのこと、ラブラブでいいねっていつも言ってるし。」

「……そっか。」

「……?猿夫くん?」

「……真、やっぱり生活費俺が出すからバイト辞めない?」

「……え、えぇ!?な、なんで!?約束が違うよ!」


一瞬何を言われたのかわからなかった。でも、猿夫くんのこんなに不安そうな顔は見たことがなくて発言の意図がとても気になってしまう。じいっと顔を覗き込もうとしたら彼はぎゅっと目を閉じてしまっていた。


「そっか、そうだよね……ごめん、なんでもない。バイト、続けていいよ。」

「……猿夫くん、どうして?」

「気にしないで。俺が勝手に不安になっただけ。」

「……目、開けてほしいな。」

「……うん。」


猿夫くんは目を開けてくれたけれど、尻尾をわたしの身体にしゅるりと巻きつけて自分の方へと引き寄せた。それから片腕でぎゅうっと強く抱きしめられてしまって、目を見ることができなくて。


「……波間くんに取られるかも、なんて。」

「……ヤキモチ妬いてただけ?」

「うん、ヤキモチ妬いてた。ごめんね、器の小さい男で……」

「ううん、そんなことないよ。でも、波間くんは本当に良い友達だよ。いつも相談に乗ってくれて……」

「相談?何の?」

「あ……」


しまった。今のは完全な失言だった。この相談とは、上鳴くんのことだ。先日の上鳴くんの心の様子が気になることを、ここ数日波間くんに相談していて、直接三人で話をしようということは決まっていたのだけれど、猿夫くんに知られたくはなくて。


「えっと、バイトのこと。ほら、わたし、もうすぐ就活だからあんまり出られなくなるからって……」


これもあながち嘘ではない。少しだけその話もしたのだから。


「……そっか。」


猿夫くんはとても強い力でわたしをぎゅうっと抱きしめた。少しだけ痛くて、痛いよと言ったのだけれど、それでも力が弱まることはなかった。





それからまた荷解きをして、すっかりお外が暗くなってしまった頃にやっと全ての荷物を片付け終えた。家具も設置したし、夕飯はすぐ近くのスーパーでお惣菜を買ってきて適当に済ませて、今はふたりで大きなソファにぴったりとくっついて座っている。こんなに広いのに身を寄せ合って座るのはなんだかもったいないなぁと思って少しだけ身体を離したのだけれど、すぐに尻尾に捕まってしまった。


「きゃっ!」

「……離れちゃうの?」

「だって、せっかく広いんだもん……勿体無くない?」

「俺は真の近くがいい。」

「……なんだか今日は甘えん坊さんだね。」


そう言ったら逞しい両腕でぎゅうっと抱きしめられてしまった。それから、俺のこと好き?なんて当たり前のことを聞いてきた。やっぱり今日は少し様子がおかしいような気がする。


「すきじゃなかったら一緒に住んだりしないよ……だいすきだよ?」

「……うん。俺も、大好き……」

「えへへ、嬉しいな。」


腰に回された腕を少しだけ緩めてもらって、くるりと向きを変えて彼の首に腕を回してきゅっと抱きついたら、より強い力でぎゅうっと抱きしめられた。それから、今まで一度たりともされたことのない質問をされたのだけれど。


「……真、俺の次に好きな人っている?その、男で。」

「……え、えぇ!?い、いないよ、わたしがすきなのは猿夫くんだけで……」

「ごめん、言い方が悪かった。男で一番好きな、いや、仲の良い友達って誰?」

「え?うーん……お友達……うーん……」


元A組なら、上鳴くん、轟くん、峰田くん、師匠……もとい砂藤くん、あと、常闇くんや爆豪くんも何度かお話したことがある、それから同じ専攻のお友達に、元D組にC組やE組の男の子……それから、波間くん……


考えて考えて考え抜いて、わたしの一番仲の良い男の子の友達は、最近わたしを悩ませている、明るいお星様のようなチャーミングな笑顔が素敵な上鳴電気くんだと確定した。あくまでも先日のことは伏せて、自然に言わなくては。


「……やっぱり上鳴くんかな?猿夫くんとも仲良しだし、親切だし優しいし。」

「……そっか。」

「……上鳴くんと何かあったの?」


わたしがそう言うと猿夫くんはぱっと顔を上げて、じいっとわたしの顔を覗き込んできた。今さっき、たくさん男の子のことを考えていたけれど、やっぱりわたしをこんなにもどきどきさせてくる男の子は目の前のとっても素敵なこの人だけなんだと改めて自覚してしまう。彼を見つめる目がじんわりと熱くなってくる。けれども目に集まった熱の理由はそれだけではなかった。





「……なんでも、ないよ。」





先日と同様





世界は突然





色を





失った





「…………」

「真?」

「……あっ、あの、何でもないよ。」

「……そっか。」


なんだかシーンとしてしまい少し気まずい気がする。せっかく一緒に住むのにこんな雰囲気なのは嫌だな、なんて思ってしまう。彼も同じことを考えていたのだろうか、突然わたしの身体を離してすっと立ち上がり、少し外に出てくる、と言って振り返ることなくお家を出て行ってしまった。その日の晩、いくら待てども彼が帰ってくることはなかった。





わたしはソファでそのまま寝てしまったのだけれど、朝、目が覚めるととても心配そうにわたしの顔を覗き込む猿夫くんがいた。


「おはよ……」

「おはよう、昨日はごめんね……ずっと待っててくれたんだよね、ありがとう……」

「ううん……わたしの方こそ、ごめんなさい……」

「真は何も悪くないよ……」


猿夫くんは口元をへの字にして、そっとわたしを抱きしめた。とても優しく、だけどしっかりと。猿夫くんの良い匂いに包まれて、とても気持ちが落ち着いて安心する。それから、ものすごくどきどきする。何年一緒にいてもいつもいつも彼にどきどきしっぱなしだ。


「猿夫くん、すき……だいすき……」

「俺も大好きだよ……」


ふたりで目を合わせて、ゆっくり唇を重ねた。猿夫くんはとても優しく笑ってくれて、それからまた何度も何度もキスをした。


「……猿夫くん。」

「ん?何?」

「質問、してもいい?」

「いいよ、どうしたの?」


特に不穏な空気でもないし、モヤモヤしているよりハッキリ聞いた方がいい。わたしは勇気を出してぼそっと小さな疑念を口にした。


「……上鳴くんのこと、嫌い……?」

「……!?えっ、ええ!?そ、そんな風に見えてた!?嫌いなわけないよ、仲も良いし、頼れるヤツだし……」


世界の色は鮮やかだ。やっぱり昨日のは見間違いだったのだろうか。もしかして先日の上鳴くんも同様にただの見間違いで、全部全部わたしの個性が上手く機能していないせいなのかもしれない。ひとまずほっと一息ついたわたしはこれから始まるふたり暮らしに胸を躍らせて、目の前にいるわたしの王子様にぎゅうっと抱きついたのだった。





同棲、始めました




「明日、どこか出かけない?」

「うん!行く!……あっ、今日は午後からゼミがあるから、学校に行く準備しなきゃ!」

「ん、じゃあ俺、部屋の整理しとくから。夕飯も俺が準備しとくから勉強に集中しといで。」

「ありがとう!猿夫くんだいすきっ!」

「ん、俺も大好きだよ。」









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