胸騒ぎ



先日の、上鳴の件についてずっと気になっていた俺は思い切って本人を呼び出した。今週末から愛しい彼女との同棲が始まるのに、胸騒ぎというか、こんなモヤモヤとした気持ちでいるのは気持ちが悪いからだ。


「で、話って何?」

「……真と何かあった?」

「……えっ?真ちゃん、なんかあったの?」


上鳴は全く身に覚えがないといったような感じで。では波間くんと何かあったのだろうか。そう尋ねても全くの無反応。結局何の解決もしないまま、真と同棲を始めることになってしまった。


彼女から突然、彼と何かあったのか、と聞かれた時、どきんと心臓が跳ねたような気がした。だが、特に何もなかったのが事実だ。しかしコソコソと彼のことを探ろうとしていたのも事実。少しだけ後ろめたい気持ちがあった俺は忘れ物もあったためにその日は実家に足を運んだ。すぐに帰ろうと思っていたのだが、両親から真を傷つけるようなことがあったら許さないからな、とくどくどと小言を聞かされて帰るに帰れなくなってしまったのだ。


結局新居に帰れたのは朝方で。静かにドアを開けてリビングに入ると、ソファですやすやと眠る真がいた。ずっと待っていてくれたのだろう、頬には涙が流れたのが見てとれる痕跡が残っていた。また、傷つけてしまったのだろうか。いい加減、愛想を尽かされてしまうかもしれない、なんてハラハラしていると、真はゆっくり目を開けて、ぼーっとした可愛い顔で、小さくおはようと呟いた。


その後、前日の失態を謝罪して、仲直りのキスをしていると、再び彼のことを尋ねられた。嫌いなのか、と。そんなことあるわけないじゃないか。俺は彼のことを親友だとすら思っているのだから。そう告げると彼女は嬉しそうににっこりと笑っていつもの様に俺の首に腕を回してぎゅうっと抱きついてきた。もちろん俺もしっかりと彼女を抱きしめ返した。





さて、今日は真も大学が休みで久しぶりに外でデートをしようということに。買い物の最中、良さげなイタリアンの店を見つけて入ってみたのだが、どれもこれも美味しくて本当に頬が落ちそうだ。


「美味しいねえ……幸せだあ……」


頬に片手を当ててうっとりとした表情を浮かべる真。確かに料理は美味しいけれど、キミの嬉しそうな笑顔を見ている方が何倍も幸せな気持ちになれるよ、なんてキザなこと言えるわけもなく、そうだね、と相変わらず何の面白味もない返事しかできなくて。だが、彼女はいつもいつも嬉しそうに笑ってくれる。どうしてもこうも純粋で、とても可愛らしいのだろうか。


こんなに可愛い女の子がこんな俺のことをこんなにも好いてくれるなんて、まるで夢物語のようだ。だが、言わずもがな、俺だって誰にも負けないくらい彼女を愛している。そう、例え、上鳴にだって、絶対に譲るわけにはいかないのだ。





「猿夫くん……?疲れちゃった?」

「……えっ!?あ、ご、ごめん、なんだっけ。」

「えっとね、これとこれ、どっちがいい?」


ちゃんと話を聞いてなかったにもかかわらず真はちっとも怒らない。いつもいつもニコニコしてくれているけれど、真はこんな俺のどこを好きになってくれたのだろうか。甚だ疑問だけれど、敢えて聞くまい。きっと林檎っ面で俺のことをあれやこれやと褒めちぎるに決まっている。そんなの俺が恥ずかしくて耐えられなくなってしまう。


「んー……俺はこっちかな。」

「だと思った!えへへ、じゃあこれにしよっか!」

「ん、俺持つよ。」

「わあ、ありがとう!」


今でこそ、こうして外でも手を繋いで一緒に歩くことができているが、高校を卒業してからの真はあまり俺と一緒に外に出たがらなかった。というのも、テイルマンは人気ヒーローなんだからスキャンダルになるようなことはしちゃダメなんだよ!、だとか。俺としては中学の終わりからずっと付き合っていて、ヒーロー界隈ではほぼ公認の仲なんだからそんなに気にすることはないと思うのだが。それでも人一倍他人への思いやりが強い真はとても慎重になっていた。


まぁ、実のところ、ちょうど先月の頭だったか、たまたま事務所に来ていた雑誌のインタビューで恋人の有無を尋ねられて、彼女がいます、と答えてしまい、雑誌に取り上げられてしまったのだ。テイルマンの彼女もやはり尻尾が生えているのか、なんて噂を立てられていたけれど、真と歩いている姿を写真に撮られてしまったときは彼女のあまりの可愛らしさに俺ではなく彼女が中心に記事が組まれ、挙げ句の果てにはタレント事務所にスカウトされてしまう事態が起こってしまった、なんてこともあった。


「あっ、テイルマンだ!大きな尻尾、かっこいいなあ……」

「あれが噂の林檎ちゃんか……実物も物凄い美人だな……」

「のほほんとしてて良いわねえ……」


なんて周りの子どもや大人達がヒソヒソ言っているのが聞こえていた。ヒーローはアイドルというわけでもなく、幸い俺は普通の中の普通といった男なので世間の風当たりも冷たくはなく、林檎ちゃんとお幸せに、なんて言葉をよくかけてもらったりする。ちなみに林檎ちゃんとは彼女の通称だ。俺がインタビューの際に、林檎みたいな真っ赤な顔の笑顔が最高に可愛い、なんて言ってしまったことでそんな名前が広まってしまったのだ。


そんなことは露知らず、真はいつも周りを気にして俺に迷惑をかけないよう、ふたりの関係をなるべく外に漏らさないようにしているらしい。一応婚約もしているのだから、大っぴらにしてもいいのにな、と思う俺がいる。というのも、彼女に近付く男が現れないよう牽制の意味も込めているのだが。


「猿夫くん、なんだか空が暗くない?」

「えっ?あんなに晴れてたのに……」

「うーん、どこかお店に入る?それとも帰る?」

「帰るにはまだ早いよ。そうだな……あっ、あの店なんてどう?おすすめの商品がガトーショコラだって。真、好きでしょ?」

「うん!大好き!やったあ、早く行こう!」


真に手を引かれて、ちょっとファンシーな感じの洋菓子店に入店した。ファンシーな外観とは裏腹に、イートインスペースはとてもシックな雰囲気で落ち着くことができそうだ。ぐるりと店内を見渡したら女性ばかりのこの店に俺以外にも男がいて。あれもカップルだろうかと少し目を凝らしてみると、それが波間くんだとわかった。真はケーキを選ぶのに夢中になっていて気がついていないようだ。ちょっとここにいてね、と一言告げて、少しだけ移動して向かいの席に座る人物に目をやったら、俺の親友であるスタンガンヒーロー・チャージズマ、こと、上鳴電気がこれまでに見たこともないような真面目で強張った表情を見せていたのだった。なんだか、嫌な胸騒ぎがする……





胸騒ぎ




「猿夫くん、チーズケーキがいい?それともバナナケーキがいい?」

「……あっ、と、そうだな……たまには俺もガトーショコラにしようかな。」

「わあ!嬉しい!同じだね!」

「うん、同じだね。よし、席は……そこなんてどう?」

「うん!わかった!」


俺からは波間くんたちが見えて、真には彼等が見えないよう、そして彼等からも俺達が見えないような絶妙な席を見つけたもんで、俺達は静かに着席した。









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