やっぱり猿夫くんはなんだか変だ。美味しいケーキを食べていても、学校やお仕事のお話をしてもどこか上の空という感じで。もしかして、楽しくない、のかな……少しずつ目が熱くなってきた。このままでは泣いてしまう。折角仲良く楽しくデートをしているのに、また、心配させて気を遣わせてしまう。
「猿夫くん。」
「……ん?何?」
「お店、出ない?」
「……えっ!?な、なんで?」
「うーん……少し疲れちゃって……おうちでふたりでゆっくりしたいの。ダメ?」
「……ダメなわけないよ、いいよ、行こうか。」
猿夫くんは少しだけ考える素振りを見せたけれど、すぐにニコッと笑って席を立った。わたしも席を立って、彼の後をついて行った。お会計を済ませてお外に出たら、今にも雨が降りそうだった。早く帰ろう、と声をかけて彼と手を繋いで暫く歩いていたのだけれど。
「……!?うわっ!何これ!」
「た、滝みたい!あ、そこ、屋根みたいになってる!あそこに行こう!」
「了解、しっかり捕まってて!」
猿夫くんは大きな尻尾をわたしの身体にしゅるりと巻き付けて、そのままわたしを尻尾で抱えて大急ぎで走ってくれた。周りにはコンビニのような傘を買えるお店もなくて、ひとまずここで雨宿りをしようということに。全身がびしょびしょで、くしゅんとくしゃみをしてしまったら、彼は買ったばかりのシャツを開けてわたしに着せてくれた。新しい服が濡れちゃうよと、返そうとしたのだけれど、寒いから一緒にあったまろうねとぎゅうっと抱きしめられてしまった。
「……雨、止まないね。」
「そうだね……困ったな……」
猿夫くんがスマホで天気を調べてくれたのだけれど、明日の昼くらいまでこの雨は続くみたいで。どうしよう……と周りを見渡したら、背後にとても可愛い建物があることに気がついた。じーっと目を凝らすと、休憩、という文字が見える。このままお外にいるよりはここに入ったほうがいいのでは?そう思ったわたしは彼に自分の見たものをそのまま伝えたのだけれど。
「……真、これが何の建物か知ってる?」
「えっ?うーん……階層も高いし……ホテル?に見える。あ、だから宿泊って書いてあるのかな。」
「……ラブホテル、って言ったらわかる?」
「……ら、ら、ら、らぶほてる!?」
ラブホテルとは、いわゆる、その、エッチをする人達がお泊りをするホテルのことで。
「どうする?入る?」
「あ、う、あぅ……」
「……温かい風呂もあるだろうし、今日は泊まる?お金はあるし。明日、俺も真も休みだしいいんじゃないかな。」
猿夫くんはお顔を真っ赤にしてじぃっとわたしの顔を覗き込んできた。わたしが寒さでかたかたと震えていたのを、怖がっていると思い込んだのか背中をとんとんと叩いてくれた。
「大丈夫、真の嫌がることは絶対しないよ。だからそんなに怖がらないで……」
「あ……えっと、さ、寒くて……」
「……風呂、入りに行く?」
「……うん。」
わたしは彼に手を引かれて、人生で初めてラブホテルへ足を踏み入れた。胸がどきどきと高鳴る。心臓が、破裂してしまいそうだ。
「わあ……すごい!可愛い!」
初めて入ったラブホテル。緊張してずっと下を向いていて、フロントの人とは全部猿夫くんにやりとりをしてもらって、彼に手を引かれてお部屋に入ったのだけれど、中はピンクを基調とした、とっても広くて綺麗で可愛いお部屋でちょっぴりわくわくしてしまった。
「広いな……あっ、俺、お湯溜めてくるよ。風呂場は……ここかな?」
「ベッドも大きいなあ……あっ、入浴剤がある!これ使おう!」
猿夫くんにお湯を溜めてもらってる間、わたしはずぶ濡れの服を乾燥機にかけて、側にあった可愛いふわふわのバスローブを羽織って、タオルやドライヤーそれから入浴剤の準備をしてからお風呂場に向かった。
「もう入れるから、ゆっくりしておいで。」
「わあ!大きいお風呂……!」
浴槽に入浴剤を入れてシャワーをかけたらぶくぶくと泡立ってきた。これは泡風呂の素だったようで。早くお風呂に入りたいわたしは急いで脱衣所に戻ったのだけれど、ここでハッと気がついた。わたしがお風呂に入っている間、猿夫くんは身体を冷やしたままであることに。きっと風邪をひいてしまう。ヒーローの体調を崩すわけにはいかない。わたしはぎゅっと拳を握って、濡れた服を脱ごうとしている彼に、勇気を出して声をかけた。
「あ、あ、あの……」
「うん?」
「い、いい、い、一緒に、は、はい、ろ……?」
「……えっ!?真、熱でもあるの!?」
「ち、違うよ!わたしがお風呂にひとりで入ってる間、猿夫くん寒いかなって……だ、だから、一緒に……」
「一緒に入っていいなら喜んで入るけど……」
「……さ、先に入ってるね!」
やっぱり恥ずかしくなってしまって、わたしは脱衣所のカーテンをしゃっと閉めて、急いでバスローブを脱いで浴室へと入った。温かいシャワーを身体にかけてからもこもこの泡風呂に入ったら、身体の芯からぽかぽかと温かくなってとても気持ちが良いし、手でざぶざぶとお湯を回すと泡がもこもこと増えるのがとても楽しい。浴槽を泡で埋め尽くした頃に浴室のドアが開く音がして、どきん!と心臓が高鳴った。シャワーの音が聞こえてきて、少ししたら彼も浴槽の中へ入ってきた。
「あぁ〜……あったまる……」
「あったかいねえ……えへへ、気持ちいい……」
泡でお互いお顔しか見えていないのがこれ幸い、とわたしは猿夫くんの隣にぴたっとくっついて、指を絡めてきゅっと手を繋いだ。彼もぎゅっと握り返してくれたのだけれど、びゅんびゅんと尻尾が動いて泡が散ってしまった。
「きゃあ!」
「わっ!ご、ごめん!嬉しくてつい……あ……」
「い、いやっ!恥ずかしい!」
わたしの近くの泡ばかり飛んでしまったせいか、お湯の中のわたしの身体を彼に見られてしまった。咄嗟に彼から離れようとしたのだけれど、背後からぎゅうっと抱きしめられた。彼の心臓の鼓動も、とても、速い。
「逃さないよ……」
「はうぅ……!」
「真、寒くない……?」
「う、うん……えへへ……すっごくあったかいよ……」
「俺も……あったかい……」
こっちを向いて、と小さく囁かれて、わたしは彼の方をくるりと向いた。そっと頬に手を当てられて自然と目を閉じ、ゆっくり長く唇を重ねた。なんだか永遠の時間のように感じてしまう。とても、幸せなひと時。本当に永遠に続けばいいのに。
唇を離したら優しく抱き上げられて、彼に跨るように座らされてとても力強く抱きしめられた。胸と胸がぴったりとくっついて少し恥ずかしいけれど、わたしも彼の首に腕を回して、ぎゅっと強く抱きついた。
「あの、さ……」
「うん?何……?」
「……身体、洗いっこしない?」
「えっ!?は、恥ずかしいよ……」
「じゃ、じゃあ真はいいから、俺のこと洗ってくれない……?」
彼の心臓もわたしの心臓も破裂してしまいそうなくらいどきどきと動いている。この鼓動が、お互いに好き好きと伝え合っているように感じられてしまう。わたしは彼とぱちっと目を合わせて、小さくいいよと呟いた。照れたように笑った彼はわたしをお姫様抱っこして浴槽からざぶっと出たのだった。
幸せなひと時
「……あ。」
「……きゃあああ!え、えっち!ばか!」
「ご、ごめん!そんなつもりは……!」
「は、早くおろして!身体は洗ってあげるから早く!」
「う、うん、ごめん!あっ……や、やっぱ自分で洗うよ……」
「えっ?……ひっ!す、すごい、お、お、おっきい……!」
「ごめん、真の身体が見えて興奮してしまって……」