大好きな親友



「波間くん!」

「統司!悪いな日曜に突然……大丈夫だったか?」

「うん、あ、そこのカフェに入らない?」

「ん、いいぜ。」


先程、スマホが震えたのは波間くんからの電話だった。どうやらわたしと猿夫くんがデートをしていた日に、彼は上鳴くんと会っていたらしい。もちろんその理由はわたしに関係するもので。カフェに入り、飲み物を注文して、早速本題に入った。


「結論から言うよ。チャージズマ……上鳴はお前のこと、女として好きだよ。」


この時点でティーカップを落としてしまいそうなほどびっくりした。波間くんとはしっかり目を合わせているからこれが嘘ではないのは明白だ。


「……どうして?」


かたかたと手が震えてしまう。声も震えて、目が熱い。涙が、出てしまいそうだ。


「俺の個性……説明したよな?」

「うん。波形が頭の中に見えるんでしょ?その、声のトーンとか脳波とか、脈拍とか……あっ!そ、そっか……」

「ん、そういうこと。声から動揺っぷりもわかるし、手に触れていれば嘘発見器みたいなこともできるんだよね。」

「……上鳴くん……そんな……」


恥ずかしい話、わたしは全然気がつかなかった。というのも、彼が周りに気を配れる優しい人だからなのかもしれない。わたしと猿夫くんに気を遣って、自分の気持ちを隠し通してきたのだろう。高校生の時から、彼自身がわたしとの関係を親友だと豪語していてくれて、わたしはそれに甘えきっていたのだ。わたしはなんてひどいことをしてきたのだろう。涙がぽろりとこぼれ落ちた時、波間くんは慌てて言葉を続けた。


「上鳴、言ってたよ。統司がテイルマンに見せる笑顔が一番可愛くて、テイルマンのことが好きな統司を好きになっちゃった、って。」


波間くんの言葉は真実だ。それはわかる。彼は嘘をつくような人じゃない。だけど、わたしの見たものも紛うことない真実なのだ。


「……でも、この前も言ったけど……上鳴くん、色、抜けてたよ……」

「そりゃ、好きな女の子が他の男と結婚するなんて複雑だろ。実際、俺だってそうだよ。」

「そう……なの……?」

「まー、割り切ってるからさ、俺も、上鳴も。だから統司は安心してテイルマンと一緒にいればいいよ。なんかあったら俺も上鳴も話聞くし、遠慮せず今まで通りでいいよ。ってかそれが一番いい!」

「……うん、わかった……ありがとう……」


それからも暫くこの話を続けた。波間くんといい上鳴くんといい、どうしてこんなにもわたしに優しくしてくれるのだろう。ぽつりと呟いたら、そんなの統司だって一緒だよ、いつもみんなに優しいじゃん、なんてまたしても優しい言葉をかけられた。話が落ち着いてから、お店を出てわたしは猿夫くんの待つ家へとまっすぐ帰宅した。





お風呂に入りながら上鳴くんのことをずっと考えていた。こんな状態で猿夫くんと今夜を共にするのは難しいと思ったわたしは、今日は別々に寝たいことを告げた。彼はとても悲しそうな顔をしていたけれど、わたしの気持ちを思いやってくれて首を縦に振ってくれた。


自分の部屋でひとりになって、上鳴くんと直接話そうと決意した。やっぱり、ちゃんとお話したい。だって彼は親友なのだから。明日の学校の準備を始めた。さて、あとは明日のお弁当と朝ご飯の……そういえば、卵を切らしていたような気がする。お部屋を出て、リビングに行って冷蔵庫を開けてみたけれど、やっぱり卵は1つもない。猿夫くんのお部屋から光が漏れていないからもう就寝したのだろうと思ったわたしは、念のため書き置きをテーブルに置いてから静かに家を出てコンビニへと足を運んだ。





「卵は買って……あっ、食パンも買っとこう……」

「わっ!」

「きゃっ、すみま……か、上鳴くん!」


パンのコーナーに手を伸ばしたら、男の人と手が触れ合ってしまった。パッと上を見上げたら、ぱちぱちと瞬きする上鳴くんがいた。


「真ちゃん?えっ、ひとり?あれ?尾白は?」

「猿夫くん、もう寝ちゃってると思ったからひとりで来たの。でも、書き置きしてきたから大丈夫!上鳴くんは?」

「俺?ちょっと小腹が空いてさー、夜食買いに来たの。あ、ちょっと話さない?家までは送るしさ。」

「う、うん、いいよ。あ、お会計、済ませてくる!」


わたし達はお会計を済ませて、コンビニから歩いて5分くらいの小さな公園に移動して、砂場の前のベンチに腰掛けた。上鳴くんが一度深く深呼吸をして、寒っ!と声を出したもんだから二人で顔を見合わせて笑った。そのまま上鳴くんはいつものからりとした笑顔で口を開いた。


「もうアイツから聞いた?」

「あ……うん……その、ごめんね……」

「え?なんで謝んの?」

「わ、わたし、ずっと気づかなくて……高校生の頃から、いつも猿夫くんとのことで上鳴くんに……」

「いやいや!そんなの全然謝ることじゃないって!でも俺、上手く隠せてたんだ!良かったー!いや、まぁ、尾白とかA組のヤツらには高校生ん時からバレてたけど……」

「そ、そうなの!?」


全然気がつかなかった。そんなに昔からだったなんて……どうしよう、言葉が見つからない。彼のことは友達として大好きだ。でも、彼はわたしを女の子として見ているわけで。俯いたまま何も言えずにいると、上鳴くんはわたしの目の前にすっと拳を出してきた。


「真ちゃん、手、出して。」

「えっ?……あっ。」


彼の手から、わたしの手へ四角いチョコが落ちてきた。わたしの大好きなチョコだ。


「チョコ、好きでしょ?それもね、高校生の時に尾白から聞いたんだ。」

「うん……」

「好きだよ。真ちゃんのこと。でも、同じくらい尾白のことも好き。ふたりが一緒にいんのが好き。だからさ、そんな困った顔しないでよ。」

「う……ん……ひっ、わ、わた、しっ……んぐっ……」

「ごめん、泣きそうだったからさ。美味しい?」


涙がこぼれそうになった時、上鳴くんはさっとわたしの掌から取ったチョコの包紙を開けて、中身をわたしの口にぐいっと押し込んだ。甘くて、少し塩っ気があって、ちょっとだけ、まるで涙味だ……昔、バレンタインに猿夫くんとケンカしちゃった日も、こんな味のチョコを食べたっけ。


「美味しい……ありがとう、上鳴くん……」

「うん、やっぱ真ちゃんは笑顔が似合うよ!これからもさ、沢山尾白との話聞かしてよ!んで、なんでも相談して!」

「いいの?」

「親友だろ?」


やっぱり、この人はとびきり優しい人だ。心の底から友達のことを真剣に想うことのできる、みんなの明日を明るく照らすヒーロー……スタンガンヒーロー・チャージズマ。


「わたしも……わたしもね、上鳴くん、大好きだよ……これからも、ずっと、仲良しのお友達で、いたい……うっ、ぐすっ……」

「ん、ありがとね!これからもよろしく!じゃ、チョコ食べて涙止まったら尾白んとこ帰ろっか!」

「うん……うん、帰る!」


上鳴くんと握手をして、それから二人で温かい飲み物を飲みながらチョコを食べた。それからまたお仕事のことや学校のことを話したり、わたし達の結婚のことを相談したりして、二人で一緒に猿夫くんのいるわたし達のお家へ歩いた。


だけど、帰宅してからの猿夫くんの様子はおかしかった。書き置きに気づかずわたしを探し回ってくれていたみたい。しかも、上鳴くんの腕を掴んで、わたしに触るなだって……こんな怖い顔の猿夫くんを見たことは一度もなくて。上鳴くんはいつも通りの態度でそのまま明るく去って行ったけれど、猿夫くんはご機嫌ななめといったところか、振り向かずにシャワーを浴びに行ってしまった。


結局、お風呂上がりの猿夫くんと話そうとしても、さっきの怖い顔を思い出して上手く話すことができなかった。心なしか、彼は少し怒っているような様子で。翌日の朝も少し近寄りがたくて、いつもならお弁当を渡した後はいってらっしゃいのチューをするのだけれど、今日はわたしが一歩下がってしまっていて。それから少しだけお話をして、彼が家を出る時に昨日のことをもう一度謝ろうとしたけれど、言えないまま彼は家を出て行ってしまった。





大好きな親友




「猿夫くん、怒ってるのかな……夜中に勝手に出ちゃったからかな……そ、それとも、やっぱり上鳴くんのこと、よく思ってないのかな……」


やっぱり猿夫くんともちゃんとお話がしたい。そう思ったわたしは少しでも彼と寄り添えるよう、夕飯はカレーライスを作ることにした。








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