お友達の結婚式から2週間が経った。実はもう猿夫くんと会えてなくて半月近くになる。メッセージを送ったら必ず返事は来るのだけれど、お仕事が忙しいみたいで中々時間が取れないみたい。こんなに忙しいならば体調を崩したり、どこか痛めたりしていないだろうかとただただ心配になって、ふぅ、とため息をついたところで、同じ学科の男の子からとんとんと肩を叩かれた。
「統司さん、今日はずっと溜息ついてるね。何か悩み事?」
「ううん……ま……テイルマン、お仕事で怪我とかしてないかなあって。」
「なるほどね!うんうん、統司さんってば、テイルマンの大ファンだもんね。」
「う、うん……そう、なの……」
そう。ヒーロー界隈では公認だけれども実は、一般人にはあまり知られていないわたし達の関係。猿夫くんはいつでも公にしてもいいし、むしろ周知すべきなんじゃないかといつも言ってくれているけれど、チャージズマやショートを見ているととてもそんな気にはなれなくて。チャージズマはちょっと女性と喋ってるだけでも写真を撮られて困るってげんなりしていたし、ショートなんかクリエティやバトルフィストとチームアップしただけなのに、ご関係は!?なんてインタビューを受けていてぶすっとしていた。だからわたしはメディアに追われないよう彼との関係にとても気を配りながら、のんびりひっそり寄り添っているというわけだ。
「はぁ……」
「また溜息……気晴らしに帰りに飯でも行く?」
「ううん……今日は金曜日だから行けないや……」
「何かあるの?」
「テ……て、手作りご飯の日だから!」
「自炊?偉いねー、俺も見習わなきゃだよ。」
危ない危ない。テイルマンがお泊まりに来るかもしれないから、なんて口走ってしまうところだった。なんとか誤魔化したわたしはそそくさと帰る用意をして、彼に手を振って絵画室を後にした。
帰りしなにバイト先のパンを買おうと思ってお店に寄ったら、波間くんがカウンターに立っていた。一生懸命接客をして、慣れない手付きでお会計のやりとりをしている姿が微笑ましい。わたしはクロワッサンとバターロール、ミルクパンをトレーに載せてお会計に並んだ。しばらくして前のお客さんが掃けて、次はわたしの番。
「いらっしゃ……あっ、統司。」
「えへへ、お疲れ様です。お会計、お願いします。」
「は、はい…………432円になります。」
「はい…………ありがとう!じゃあ、またね。」
「あっ、統司!ちょっと待って!」
「うん?」
お会計を済ませてお店を出ようとしたら、彼に呼び止められた。どうやらあと10分で終わるから一緒に帰らないかとのことで。スマホを確認したけれど、猿夫くんからのメッセージはない。きっと今日も会えないのだろう。そう確信したわたしは一緒に帰るくらいならいいかと思って彼の誘いに首を縦に振って、時間が過ぎるのを待った。
男に家を教えちゃダメだと猿夫くんから言われているわたしは、お家の近くまで送ってもらって途中で別れることにした。家まで送るよ、と最初は言ってくれていたのだけれど、よくよく考えたら男に家なんて教えたくないよな、なんて彼の方から遠慮してくれた。ちなみに帰る間はずーっとパンの話で盛り上がっていた。途中途中で何度か視線を感じて振り返ったけれど、特に怪しい人はいなかった、はず。
今日は土曜日。もうすぐテストがあるから少しだけ勉強に精を出す。早起きしてずっと勉強をしていたけれど、お昼過ぎにお腹がとても空いてしまって、わたしは昨日買ったパンをもそもそと頬張った。甘くて柔らかくて、さくっともちもち、ふんわりしっとり、どのパンもとっても美味しい。ちらっと時計を見たら、お店のパンが焼き上がる時間が近づいていた。
集中できない理由なんて一つしかない。猿夫くんに長らく会えていないからだ。わたしはパンを買って猿夫くんのお家に行ってみようと思い、出かける準備をしてお外に出た。
美味しいパンをたくさん買って、彼の家に到着した。チャイムを鳴らすと猿夫くんのおかあさんが嬉しそうに出迎えてくれたのだけれど、肝心の彼が見当たらない。
「あの、おかあさん、猿夫くんは……?」
「あぁ、あの子、最近様子がおかしくてねぇ……ろくにご飯も食べず、ずーっと仕事熱心で……」
「え、えぇ!?だ、大丈夫なんですか!?ま、猿夫くん……どうしたんだろう……」
「今は部屋にいるみたいだし、真ちゃんが来たって言えば喜ぶと思うわ!さ、入って入って!」
「は、はい、えっと、お、お邪魔します……」
おかあさんにお許しを得て、彼の部屋のドアを控えめに叩いたけれど返事はない。ごめんね、と小さく呟いて静かにドアを開けると、ベッドに横たわる彼の姿があった。数日ぶりの彼の姿に酷く安心感を覚える。やっぱりわたし、このひとのことがだいすきだなあ……
彼に近づいて様子を窺うと思わず声が出そうなほどびっくりした。細い目が開かないんじゃないかってくらい目が腫れていて、頬にはいくつもの涙の跡。彼はギュッと丸まって、何かを心底大事そうに抱きかかえて眠っていた。何を持っているのか気になったわたしは彼に悪いと思いつつも好奇心が勝ってしまい、すっと彼の手から一冊のアルバムのような物を引き抜いた。
「これ……わたし……?」
そこには高校生の時のわたしの写真がいくつも入っていた。男女両方の制服を着ているわたし、花嫁衣装のわたし、絵画エプロンを着て絵を描くわたし、他にも、体操着、調理姿、私服姿、パジャマ姿……様々なわたしが写っていた。きっと彼の他に、轟くんや透ちゃんが撮影したんだろう。どれも身に覚えのある、つい昨日のことのように思い出せる場面ばかりだ。どうしてこれを抱きしめて泣いていたのだろうか。
「真……」
「なーに?」
「どこにも……行か……ない、で……」
「……!!そっか……猿夫くんも、寂しかったんだね……」
わたしの名を呼ぶ彼は確かに眠っているはずなのに涙を流していた。そっと彼の目尻に触れるだけのキスをしたら、彼はぱちっと目を開けた。
「あ、起こしちゃってごめんなさい。」
「…………夢?」
「ううん、夢じゃないよ。おはよう。」
「…………!!真っ!」
「きゃっ!!」
彼はがばっと起き上がると、腕でわたしを思い切り抱き寄せた上に、尻尾まで巻き付けていて、全身でわたしにしがみつくように抱きついてきた。よしよし、と彼の頭を撫でてあげたら、彼はさらにぎゅーっと抱きついてきた。
「えへへ、苦しいよお。」
「真……真……俺の真……」
「……どうしたの?大丈夫、ずっとそばにいるよ。」
「……本当?」
「本当だよ?いつも言ってるよ。わたし、猿夫くんのこと、だいすきだよ!えへへ、恥ずかしいな……」
わたしも彼の背に腕を回してぎゅっと抱きついたら、彼の尻尾は見たことがないくらいぶんぶんと嬉しそうに揺れていた。クスクス笑いながら彼の頬にちゅっとキスをしたら、潰れちゃいそうなぐらいぎゅーっと抱きしめられた。じいっと彼のお顔を見てみると、なんだかすごく切なそうな、悲しそうな……心臓がギュッと握られたような不安感を覚えてしまう。
「どうしたの?悲しそうなお顔……」
「真……俺…………」
「うん……?」
わたしは目を大きく開けて、彼のギリギリ開いている細い目をじっと見つめた。
「俺、真が好きだ……」
「……うん、知ってるよ。」
「ごめん……こんな情けない姿、見せたくなかったのに……ごめん……」
彼はぽろぽろと涙を流し始めた。一体何が彼をこんなにも苦しめているのだろう。
「猿夫くん……?えっと……」
「俺の気持ち……聞いてくれる……?」
「う、うん!もちろんだよ!なんでも言って!」
だいすき
「その前に、ほら、おいで……ぎゅーって、ね?」
「うん……真、大好きだよ……」
「わたしも、だいすきだよ。えへへ、あったかいなあ。」
「このまま話してもいい?」
「うん、いいよ。」
猿夫くんはわたしをぎゅーっと抱きしめながら、自分の想いをまっすぐぶつけてきてくれた。わたしも、彼に、伝えなきゃ……