見えていないのは



一日中、ずっと待っていたが真は帰ってこなかった。当たり前だ。帰って来るはずがない。何度か近所を探したりもしたけれど、入れ違いになってしまったら取り返しがつかなくて中々家を空けることができなかった。まだ上鳴からの連絡はない。バツが悪くてこちらから連絡を入れることもできず、俺はただただ時間が過ぎるのを待つことしかできなかったのだが、予想外の人物から着信が入った。波間くんだ。


「はい、尾白ですけど……」

「テイルマン!そっちに統司いる!?」

「えっ?い、いや、いないけど……」

「統司、目が見えないのに外に出ちまった!悪い、俺の責任だ!」

「えっ!?真がそっちにいたの!?」


詳しく事情を聞いたところ、どうやら痣だらけの真を彼が保護してくれたらしいのだが、少し買い物に出ている間に真がひとりで外へ行ってしまったというのだ。波間くんの家の周りをくまなく探したけれど見つからないらしい。もうこんなに暗いのに。何かあったらどうしよう、と再び項垂れた時、またスマホが音を立てた。今度は轟だ。


「もしもし?轟?」

「突然悪い。統司と連絡がつかねェんだが、何か知らねェか?」

「俺も探してるんだ……」

「……いなくなったのか?」

「う……実は……」


俺は轟に事情を話した。嫉妬と不安のあまり、彼女に酷い言葉を投げつけてしまったこと、彼女が光を失って失踪してしまったことを。


「悪い。俺にも原因がある。」

「えっ?」

「その事務員の話、統司の耳に入れたのは俺だ。お前がそんな相談事してるなんて知らなかった。悪い。」

「い、いや、俺もデリカシーがなかったっていうか……で、でも、真、本当にどこに行ったんだろう……どこかで事故にでも遭ってたらって思うと……」

「落ち着け。事故ってたらお前に連絡が来る。」

「そう……なのかな、そうだと良いんだけど……」


しばらく轟と話し込んだ。出張の都合で明日の朝に帰ってくるとのことで、真の捜索に協力すると申し出てくれた。これだけ探しても見つからないのなら警察にも相談したほうがいいのかもしれない。全部、全部俺のせいだ。俺のせいで、彼女は心に深い傷を負って、何も見えない暗闇の世界に閉じ込められてしまって、俺の手を離して……いや、俺が自ら手を離してしまったのだ。何も不安に思う必要などなかったのに。彼女のどこに疑う余地があったのだろう。いつもの笑顔を、林檎の様な赤い顔を、そして、あの涙を見れば考えなくても誰だってわかるだろう。俺は、なんてバカなんだ。最愛の人を、守らなければならない人を、よりにもよって俺自身が、こんな……


結局今日は見つからなかった。





今日も。





また、今日も。





あれから3日が経った。未だに彼女は見つからない。俺はこの3日間、仕事を休んで真を探し続けていた。上鳴が頼んでくれたらしく、爆豪も一緒に探してくれているのだが、情報は一つも得られない。まさか、もう手遅れなんじゃ……そう思った時だった。スマホが震えた。画面を見ると上鳴からの着信で。俺は2秒もしないうちに電話をとった。


「尾白?えっと……この前は、ごめん、色々、その、カッとなって……」

「いや、いいんだ!俺が……全部、俺が悪いから……で、その……」

「結論から言うな?真ちゃんはまだ見つけてない。でも、指輪は見つけた。」

「指輪……?」

「多分。真ちゃんの右手の薬指についてたやつだと思う。」

「……捨てられたのか。」

「いや、捨てたならこんな路上に落ちてないと思う。今、周辺の家の防犯カメラを調べさせてもらってんだ。けどかなり数が多くて俺だけじゃ……」

「……わかった、すぐ行く。」


場所を聞いて電話を切った後、万が一、真が入れ違いで帰って来た時のために、急いで手紙をしたためた。もう一度、話がしたい。キミを失いたくない。もう二度と傷つけない。違う。こんな薄っぺらい言葉じゃ何も伝えられない。俺が、俺が一番伝えたいこと。そんなの、一つしかないじゃないか。





現場に駆けつけると轟と爆豪もそこにいた。上鳴の手にあった指輪は確かに俺が贈ったものだ。この指輪が落ちていた周辺の家のカメラの映像に、車の中へ引き摺り込まれる少女の姿が残っていたらしい。きっと真に違いない。真っ暗な世界の中で、彼女はどれだけの恐怖に襲われているのだろうか。今頃泣き叫んでいるかもしれない。たすけて、と呼んでいるかもしれない、いや、もう俺のことを呼んでくれることはないだろう。俺なんかに来て欲しくなんてないはずだ。


「……あの車の行き先はあっちだった。」

「この先に廃校があるのは知ってんだろ?今朝、カメラに映ってたのとそっくりな車が出入りしてたの、散歩中のばーちゃんが見たって。俺は行くけど、尾白は?」

「俺は……行っても……また、傷つけるだけだ……」

「……あっそ。ならそこで突っ立ってりゃいーんじゃね?真ちゃんは俺が救けに行くわ。」


上鳴は俺に呆れたのだろう、吐き捨てるように、じゃあなと呟いて走って行ってしまった。しーんとして空気が重い。すると突然、今まで黙ってたはずの爆豪に胸ぐらを掴まれた。確か学生の頃もこんなことがあったっけ……


「おい!!尻尾!!てめェ、溜息ばっか吐いてンじゃねェ!!ジメジメした空気出されっと俺の爆破の勢いが湿気るだろーが!!」

「ご、ごめ……」

「前も言ったろーが!!一度首突っ込んだなら責任持って最後まで守り殺せや!!テメェは何なんだ!!」

「俺は……」

「……尾白。」


轟がゆっくり口を開いた。


「統司は今、何も見えないんだろ?すげェ怖いと思う。けど、お前は折角見えてんだから……守りてェもん、ちゃんと見ろ。そんで、しっかり守ってやれ。お前は、統司の何だ?」

「俺は……俺は……」


彼女を傷つけて光を奪ってしまった俺がそれを名乗る資格はないのかもしれない。だけど……それでも……それでも俺は……救けに、行きたい。彼女の笑顔が守れるなら、光を取り戻せるのなら、何だってする。約束したじゃないか。いつだって、どこだって、駆けつけるって。だって、だって俺は…………


「俺は、真の、ヒーロー、だから……」

「ケッ!!ンならとっとと行けや!!」

「わっ!!……あ、ありがとう二人とも!!」

「俺達も準備してから行く。多分、間違いねェ。」


爆豪に蹴飛ばされて、勢いをつけて真っ直ぐ走り出した。波間くんの話によると、真は片目のみならず両目が見えていないはずだ。真から光を奪ってしまい暗闇に閉じ込めたのは俺だ。いつからか、俺は焦っていた。真はどんどん綺麗になっていって、彼女を恋い慕う男も沢山増えて、いつか俺の手元を離れていってしまうんじゃないかって。彼女を繋ぎ止めることに必死になっていて、いつしか彼女自身を見失ってしまっていた。大切なのは彼女がそばにいることじゃなくて、彼女が笑顔でいてくれることなのに。見えていないのは、俺の方だったのだ。





例の廃校に辿り着いた時、入り口の塀に上鳴が寄り掛かっていて、俺を見るなりニコッと笑って駆け寄って来た。


「遅ェよ!もーちょっとで一人で入るところだったんですけど!?」

「……待っててくれたのか?」

「……真ちゃんが待ってんのは俺じゃないからさ。」

「……いや、わからないよ……」

「……わかるよ……ずっと見てたんだから……」

「えっ?」

「いーや、何でもねーよ……ほら、行くぞ!なんかさっきから怪しい匂いプンプンしてんだからな!」


上鳴と共に廃校の周りを探っていると一箇所だけ中に入れそうな場所があった。音を立てないよう静かに中に入り、俺たちは二手に別れて真の捜索に当たった。ひどい目にあっていなければいいんだけど……





見えていないのは




「っ……!むぐっ……!」

「チッ……この女ッ!!」

「ふぐっ……!ひっ、うっ、うぅ……んっ!……ッ!」



泣かないもん……

もう、来てくれないんだから……

自分の身は、自分で、守らなきゃ……









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