痛い……何も、見えない……暗い……怖い……ここは、どこ……?身体中が、痛い。……何の匂いだろう……鼻がつんとする……血の匂い、だろうか。目を、開けたくない。きっと、目を開けても暗闇が広がるだけ。それに、こんな目を誰にも見せたくない。
耳を澄ませると誰かの話し声が聞こえた。ここはどこなのだろうか。なぜわたしはここにいるのだろうか。確か、車の音がして、誰かに身体を引っ張られて、変な匂いのする布で鼻と口を覆われて……気を失ったんだ。それから……身体の痛み、これは走っていてぶつかった時とは違う。骨が軋むような、鋭い痛み……そうだ、わたし、暴れようとしたから、たくさんぶたれたんだ……と自分の記憶を辿っていると、声はだんだん鮮明に聞こえるようになってきた。身体の力を抜いて、目を閉じてその声に集中した。
「あの女、まだ意識がねェのか?」
「ああ……いくら殴っても蹴っても全然喋らねェ、こりゃハズレだわ。」
「いっそ殺しちまうか?」
「もう3日か……これ以上やっても無駄そうだしな。折角の上玉だが……」
「なぁ、殺す前に俺らでヤっちまわねェ?こんだけボロボロだったら撮れねーし。」
「いいねェ、1階の保健室跡でよくね?この前殺した女もあそこでヤったしな。」
こ、殺した!?全身がぞわっとして思わず身震いしてしまいそうだったのをぐっと堪えた。ここにいたら……心も身体も壊される。逃げなきゃ。この人たちがわたしを囲んで見ているかもしれない。眉一つ動かすのも許されない。状況を、とにかく状況を探らなきゃ。保健室……つまりここは学校だ。つまり周りは住宅街。建物から出て、大声を出せば救けを呼べるかもしれない。そしたらきっと……きっと?
誰かが、来てくれる?
いや、そんなはずはない。
だって、彼にとってわたしは、もう要らない存在なのだから。
ありもしない希望に縋るのはよそう。自分の身は自分で守らなきゃ。耳と鼻と手と足と、使えるものは全部使おう。じっと静かに堪えていると相手の人数がなんとなくわかった。三人、いる。男の人が、三人。足音を聴こう。こつこつ、だんだん、とんとん……どの足音が近いのか、遠いのか。しっかり耳を澄ませて聴き分けた。うん、全員、遠くに行ってる。今ならきっと大丈夫。
地面を這いながら手探りで部屋を抜け出した。まだ、まだ見つかってない。目を開けてみたけれどやっぱり何も見えない。全身が痛くて立てない。壁に手をついた時、ここがロッカーの前であることがわかった。掃除道具等が入っている類のロッカーであることを期待してペタペタと触ったら確かに開け口があった。視界は真っ暗だけど光を感知することはできるはずだ。ぱっと目を開けてロッカーに静かに入ると、視界はさらに真っ暗に。やった!中に入れた!あとはここで息を潜めるだけだ、と思った瞬間。
「おい!!女が逃げた!!」
「アイツ!!見えてやがったのか!!」
「見つけ次第殺すぞ!!」
ひっ!と叫びそうになって、自分の口を両手でしっかりと抑えた。見つかったら、殺される……死んじゃったら、もう、彼に会えなくなる。いつも、心配かけてばかり。迷惑をかけてばかり。だから、だから、要らなくなっちゃったんだ。彼はいつだって優しかった。直向きにわたしを見てくれていた。信じることも、信じられていることも、当たり前だと思ってしまっていた。全部、間違いだった。もう、許してくれないかもしれない。話もしてもらえないかもしれない。でも、もう一度、もう一度だけ、許されるなら。あなたに、会いたい。たすけて、ほしい…………
たすけて……たすけて、尻尾のヒーロー……
そう、願った時だった。
「見ィ〜つけたァ〜!」
「…………ッ!?……!?」
声が、出ない。目も、見えない。でも、逃げなきゃ、と思いっきり前に飛び出したら、どすんという音と男の人の呻き声がした。きっとわたしが体当たりをした形になって転倒でもしたのだろう。今しかない。わたしは走った。身体がちぎれそうなくらい痛い。机にも壁にもぶつかってとても痛い。早く、早く早く。ここから、でなきゃ……!?
「っ……!?あっ……ぐっ……!」
階段から落ちるところだった。足を踏み外した瞬間、思い切り手を伸ばして手摺りを掴むことができたから落ちずには済んだ。けど、今の音でまた別の男の人に見つかってしまった。後ろから大声が聞こえる、と同時に下から誰かに腕を引っ張られた。もう、だめだ。いやだ、いやだ、いやだいやだいやだ!!
「あっ、暴れないで!俺!俺だよ真ちゃん!」
「か…………チ……!あ……!」
「……!?な、何その怪我!?つーか声出ないの!?えっ!?りょ、両目、白っ……!?」
腕を引っ張ってきたのは上鳴くん……スタンガンヒーロー・チャージズマだった。声が掠れて上手く出せない。でも、まだ安心できない。敵はすぐそこにいるのだ。目を開けているのに何も見えない。上鳴くんはわたしの腰に腕を回してガッチリ掴んで離してはくれない。このままでは足手纏いでしかない。
「真ちゃん!耳塞いでじっとしてて!」
「っ……!?」
「ぎゃああああああ!!」
バチバチッと鋭くハジけた音と同時に男の人の悲鳴が聞こえた。上鳴くんの電撃が直撃したのだろう。ぐいっと身体を持ち上げられて、彼はそのまま階段を降り始めた。
「今は4階!ここは廃校!階段が崩れてるから遠回りしなきゃ……もうちょい我慢して!」
すごく痛いのを我慢して首を縦に2回振った。それを見てくれたのだろう、彼はわたしにありがとうと言った。お礼を言うのはわたしなのに、声が掠れてお礼も言えないのが情けない。目も見えないし声も出ないけど、耳だけはよく聞こえる。誰かが、追いかけてきている。
「……お……!!ッ…………!」
「えっ?何?もう大丈夫だよ!敵の二人は倒したし!」
違う!敵は二人じゃない!
「……う……て……!」
「ッ!!うわっ!!真ちゃん!!」
上鳴くんの腕がぱっと離れて、わたしは地面に落ちてしまった、と同時に脚を蹴られた。とてもなんてもんじゃない、いっそもいでくれと思うくらいに痛い。でも、叫ぶ元気もない。
「この女ァ……殺してやる!!」
痛い。
「っ……!むぐっ……!」
「チッ……この女ッ!!」
ぐっと髪を掴まれて、わたしの身体は持ち上げられた。痛い。いたい。イタイ。
「ふぐっ……!ひっ、うぅ……ッ!」
でも、泣かない。だって、もう、泣いたって、涙を拭いてくれる人は来てくれないから。
「やめろォ!!マジで!!やめてくれェ!!」
上鳴くんが必死に叫んでる。わたしの身体はずるずると引き摺られている。背中が壁際に当たった時、ひゅうっと風を感じた。窓の近くにいるのだろうか。
「お前が少しでも妙な真似をしたら……この女をここから落とすぞ!!」
「ッ……!?や、やめろ!!」
二人の怒号が飛び交っている。わたしの、せいだ。上鳴くんは、チャージズマはとっても強いのに。わたしのせいで動けずにいる。このまま時間を稼がれたら、倒したはずの仲間が意識を取り戻してしまう。
…………いっそのこと、ここから飛び降りてしまおうか。もう、迷惑をかけるのはたくさんだ。痛くて暗くて怖い世界から、逃げ出してしまいたい。わたしは残った力を振り絞って、ぐっと後ろに重心を傾けた。
「真ちゃん!!!」
ふわりとした浮遊感、そんな可愛いもんじゃない。怖い。怖くて仕方ない。胸の真ん中に穴が開いたみたいだ。暗い。怖い。どこまで、落ちていくのだろう。
痛いよ
暗いよ
怖いよ
やっぱり、しにたく、ないよ……
会いたいよ……
たすけて……
尻尾の……ヒーロー……
「っ……!!真っ……!!やっと、やっと見つけた……!!」
痛くて暗くて怖い世界
ここは、天国なのだろうか。
もう会えないはずのあなたの声がした。
「真……!?何なんだよ……何なんだよコレは……!!」
あったかくて、いい、匂い……
わたし、この温度と、匂い、知ってるよ
だって、わたしの、だい すき な