やっと見つけた



廃校の中は老朽化が本当に酷い。階段を登ろうとしたら足場が崩れてしまったりするほどだ。1階をくまなく探したが真はいない。ここが最後だ。保健室、と書かれたプレートが落ちている。扉を開けると、ベッドに誰かが横たわっている。真ではないのは体格でわかる。念のため、と思い近寄ろうとしたが足が止まってしまった。人間だったソレに虫が湧いているのが遠くからでも見えたからだ。ぞわっと鳥肌が立って、尻尾の毛も逆立ってしまった。


上鳴は東棟の方へ進んでいて、俺は西棟の方へ向かおうとしたが、遅れて来てくれた轟が西棟へ、空中を移動できる爆豪が外から真を探してくれるとのことで。俺は中央の棟へ入って階段を上り下りして一つ一つの部屋を見て回ったが真はどこにもいなかった。今の彼女は暗闇の世界に閉じ込められているのだ。怖がりなあの子にとって暗闇は生きた心地がしないはず。その上、こんな、人攫いにあって……早く、早く見つけてあげたい。そして、もう一度話がしたい、とあれこれ考えていると、上の階から激しい物音がした。誰かが交戦している音だ。音のする方へ向かおうとしたが、ところどころ建物が崩れていてなかなか進めない。外から登った方が早いと思った俺は窓から身を乗り出してみた。


「やめろォ!!マジで!!やめてくれェ!!」


上鳴の声だ。


「お前が少しでも妙な真似をしたら……この女をここから落とすぞ!!」


……女を落とす!?まさか……まさか……!


目を凝らすと長い栗色の髪の毛が見えた。ふわふわとした癖のある毛先。あの綺麗な髪、間違いない。真だ。探し求めていた、誰より何より大切な人がすぐそこにいる。上鳴と男の怒号が飛び交っているのがもはや雑音にしか聞こえない。それほどまでに、彼女の存在に目を奪われてしまった。早く、早く触れたい。傷つけてしまったことを謝りたい。許してくれなくてもいい。ただ、もう一度、もう一度だけでいい。あの可愛い、林檎の様な赤い顔の笑顔が見たいんだ。そう、思った瞬間だった。





ふわり、なんて可愛いもんじゃない。ひゅんっと彼女が真っ逆さまに落ちて来た。俺は窓枠を思いっきり蹴って腕を伸ばした。やっと、やっと見つけた。真の小さくて華奢な身体を強く、強く抱きしめた。2階から跳んだからか、結構な高さだったが何とか怪我もなく着地することができた。軽く上を見上げたら窓から鬼の様な形相でこちらを睨む男が居たが、電撃に撃ち抜かれているのが見えた。腕の中にいる彼女はぐったりとして変わり果てた姿だった。目元は腫れていて、白い肌には幾つもの内出血や痣、擦り傷や出血も見られた。服を捲っても同じような傷痕が沢山ある。


「真……!?何なんだよ……何なんだよコレは……!!」


俺のせいだ。俺が真を追い詰めたからだ。こんなにボロボロになって、どれだけ痛かっただろう、どれだけ怖い思いをしただろう。ずっと守るって約束したのに。心も身体もこんなに傷つけて……悔悟の涙が頬を伝った。そんな時、突然、頬にひたっと何かが触れた。真の小さな手だ。しかし、それはすぐにぱたりと落ちてしまった。身体が痛むのだろう。とても小さく口を動かしているけれど、可愛い声は掠れていて、全然言葉がうまく聞き取れない。いつもの可愛らしい笑顔もなく、普段は黒真珠の様に美しい漆黒の目は、白真珠のように真っ白だ。





「ま……お……ん……」





「ご…………さ……」





掠れた、消え入りそうな声。





「わた……し……」





もういい、もういいから……





「真……俺は、キミがいなきゃ……」

「ど……こ……?」

「……真?」

「ま……く……どこ……?」


真の手はすうっと虚空を切るばかり。どこにいるの?と小さな手を何度も何度もひらひらと動かして俺を探している。細くて綺麗な指に触れて、そのまま彼女の小さくて可愛い掌を優しく包み込んだ。すると安心してくれたのだろうか、穏やかな微笑みを見せてくれた。しかし、その目は依然白いまま、徐々に細くなって、再び閉じられてしまった。自分に対する怒りや情けなさが溢れ出て、涙が止まらない。


「ごめん、ごめんよ……本当に、ごめん……こんな、こんな……俺のせいで……ごめん……」


ぎゅうっと強く彼女の小さな身体を抱きしめた。それに応えるように、とても弱々しく俺の服をきゅっと掴んでくれていた。


不意にとんっと肩を触られて、ゆっくり振り返ると汗をかいた轟が本当に僅かではあるが微笑んでくれていた。そして、すっとある方向を指差した。あっちにあるのは俺達の母校、雄英高校だ。轟の意図を汲み取った俺は、真を抱きしめて走った。ただ、ひたすら走った。行き先は、雄英高校の保健室。





卒業生だからだろうか、あっさり中へ入ることができた。真を連れてリカバリーガールの前に姿を出した途端こっ酷く叱られた。女の子をこんなにボロボロにしてお前は何をしてたんだ!と。ぐうの音も出ない。意識の無い真の身体をそっとベッドに降ろすと、リカバリーガールが俺を押し出してカーテンを閉めた。数分後、治療が終わったと言われ、そっとカーテンを開けると雪のように白く、血色も良いつやつやの玉の肌に戻った真が、両目を閉じてベッドの上にちょこんと座っていた。リカバリーガールは会議があるからもう少しここにいていいよと言って静かに保健室を去った。今、俺と真は二人きり。


「……ま、しらお、くん?」


丸くて大きい綺麗な目をぱちぱちと瞬かせながら掌をひらひらと動かしている。やっぱり、リカバリーガールにも治せないんだ。


「見えて、ない……?」

「だっ、だ、だい、大丈……」

「嘘。目、真っ白。涙も、溜まってるよ。」

「うっ、ひっ……う、うぅ……」

「ごめんね……傷つけて……泣かせて……ごめん……もう、我慢しないで……話、しよう……何でも話して……」


ベッドの上に座る彼女に近付いて、手で綺麗な髪を梳いた。小さな身体を尻尾で俺の方へ引き寄せて、少し身を屈めて優しく抱きしめてやると、ぎゅうっと力一杯抱きついてきた。


「う、うっ……うわあああああん!!怖いよお!何も、ひっ……何も、見えないよお!!う、うぅ、どこに、どこにいるの!?怖い!!怖いよお!!何も、わからないの!!真っ暗なの、どこにも、猿夫くんが、いないの!!ひとりぼっちなの!!怖いよお!!う、うぅ、うわあああああん!!」


真の白真珠のように真っ白な目から、涙が堰を切ったように流れ出した。こんなに大声で喚きながら心の中の不安を曝け出す彼女は今までに一度たりとも見たことがない。一体どれほど我慢していたのだろう、どれほど張り詰めていたのだろう、そして、どれほど俺のことを想ってくれていたのだろう。ぼろぼろとこぼれ落ちる涙は床を濡らしていき、まるで水溜りでもできてしまうのではないかという勢いだ。


「ここにいる……俺はここにいるよ……」

「う、うぅ……ご、めん、なさい。お、怒っ……」

「大丈夫、怒ってないよ……キミが謝ることなんて何もない……悪いのは全部俺だから……」

「う、うぅ、あうぅ……」

「目が見えないなら俺がキミの目になるよ。ずっとずっとそばにいる。もう、ひとりぼっちになんかさせない……」


ふたりで泣きじゃくりながらお互いの身体を強く強く抱きしめあった。男の俺がしっかりしなきゃと涙を袖でぐいっと拭いて、真っ白な目をした彼女の目尻にキスをした。しょっぱい涙の味がする。目が見えていないからだろう、何をされるのかわからなくて怯えた表情をしている真に、仲直りのキスを沢山しよう、と告げると、ほっとした表情を見せてくれた。そして小さな掌でぺたぺたと俺の顔を触ってきた。


「ここ……?」

「うん?」

「仲直りの……チュー……」


唇を突き出して啄む様にちゅっと可愛い音をたてて俺の唇の横にキスをしてきた。涙を拭きながら、ちょっとずれちゃった、と林檎っ面ではにかむ彼女があまりにも可愛くて、堪らず噛み付くようにキスをしてしまった。


しばらくして、俺は仲間達に連絡を入れてから真を姫抱きにして帰り道を歩いた。真は車の音が聞こえるたびに身を縮めてガタガタと震えていた。この3日間、どれだけの恐怖の中にいたのだろう、想像もつかない。一体どうしたらあれだけの怪我を負うんだ、と思ったが、彼女の話によるとほとんどの怪我は目が見えなくてあちこちにぶつかっただけで、実際暴力を振るわれたのは数えるほどしかないのだとか。何れにせよ、許すわけはないけれど。ちなみに、例の三人組は爆豪がボコボコにして警察に突き出したらしい。


家に着いてすぐ真を風呂に入れた。服を着せてドライヤーで髪を乾かした後は寝室に連れて行って、安心して眠れるようそっと優しく抱きしめた。真っ白な目で未だ暗闇の世界にいるはずなのに、しっかり俺の目を見てくれて手探りで俺の身体に腕を回してくれた。おやすみのキスをすると、瞬時に規則正しい寝息を立ててしまっていた。ゆっくり、おやすみ……





いつしか俺も眠ってしまっていたようだ。目を開けると隣に彼女の姿がない。全身の血の気が引いて慌ててリビングへ走ったら、彼女はお菓子の入ったバスケットを抱えてチョコを探していた。どうやら安心してお腹が空いたらしい。隣にかけて、チョコの包み紙を開けて真の口へ運んであげたら嬉しそうに笑いながら食べてくれた。


温かい風呂にも入り、大好きなチョコも食べ、ふわふわの毛布に包まってソファに身を沈めたことでやっと心の底から安心したのだろう。少し笑顔を見せてくれるようになった。この4日間の話は一切してこない。よほど傷ついて、怖い思いをしたのだろう。でも、だけど、話さなきゃ。


「真……話があるんだ。」





やっと見つけた




「どんなお話?」

「……とっても大切な話。俺の気持ち、聞いてくれる?」

「……うん、聞く。わたしの気持ちも、聞いてくれる?」

「もちろん、何でも話してよ。」











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