色の飽和した世界



ゆらゆら揺れている。誰かがわたしを抱いている。お日様みたいにあったかくて、とっても優しい良い匂い。わたしの、だいすきな……だいすきな、尻尾のヒーローの……





ちゅーっという可愛い声。懐かしい。リカバリーガールの声……身体の痛みがどんどん引いていって、とっても気持ちが良くなっていく。ああ……わたし、救けてもらったんだ……あったかくて、優しい匂い……


高校の保健室にはよくお世話になっていたっけ。もう、怖いことはないはずなのにわたしの世界は真っ暗で。猿夫くんがそばにいるのに、何も見えない。彼のお顔も見えない。暗い。怖い。何も、わからない。我慢しなくていいと言われて、わたしは今までに一度も彼の前で出したことのない大声で喚き散らしてしまった。仲直りをしたのだけれどパニックになっていたからか実はあんまり覚えていない。


はっきりしっかり意識を取り戻せたのはお家に帰ってチョコを食べ始めてからだった。この3日間、緊張と恐怖で空腹を感じなかった上に、ほとんど記憶が残っていない。怖いことは全部忘れてしまいたいもの……


わたしはまた、尻尾のヒーローに救けてもらったのだ。幼い頃も、高校生の頃も、ちょっぴり大人になった今も、いつもいつも彼に救けてもらってばかり。迷惑をかけてばかり。でも、それでも彼はずっとずっとそばにいると言ってくれた。本音はわたしも、ずっとずっと彼のそばにいたい。でも、彼の本音が、わからない。目は、まだ見えなくて。


「真……話があるんだ。」

「どんなお話?」

「……とっても大切な話。俺の気持ち、聞いてくれる?」

「……うん、聞く。わたしの気持ちも、聞いてくれる?」

「もちろん、何でも話してよ。」


いざ話すとなるとなかなか声が出なくって。困っていると、優しくぎゅうっと抱きしめられた。先に話そうか?と言われて、わたしはこくんと頷いた。


「……俺、不安だった。高校を卒業して、真はどんどん綺麗になっていって、俺の知らない男友達も増えて……いつか、俺のそばを離れちゃうんじゃないかって。」

「そんなことないよ!」

「ううん……だからね、俺だけのものにしたくて、待つって決めたのに結局プロポーズしちゃって……早くエッチもしたいって思った。」

「うん……」

「でもね、俺、何も見えてなかった。真はいつでも俺を見てくれていたのに、俺は焦ってて……真の気持ちが見えてなかったんだ。」

「うん……」

「あんなひどいこと言って本当にごめん。俺、真を誰かに渡すなんて、考えられない。傷つけてばっかりだけど、それでも真のそばにいたい……そばにいてほしい。俺なんかじゃ釣り合わないってわかってるけど、それでも俺は真が好きなんだ。」


猿夫くんの片手がそっとわたしの頬に添えられた。聞いてくれてありがとう、真の気持ち、教えて、と囁かれた。彼の手は少し震えている。正面にいるのはわかっていたから、いつもの感覚を信じて少しだけ顔を上に向けて、目を……色の付いた世界を捉えた目を、大きく開けた。


「真……目が……」

「猿夫くんのお顔、よく見えるよ……わたしのだいすきな、猿夫くん……」

「俺も大好き……真、大好きだよ……」


ぎゅうっと力強く抱きしめられた。


「わたし……怖かったの……猿夫くんが、傷ついてるのが……わたし、困らせることしかできなくて……」

「真は悪くないよ……」

「ううん……でも、でもね、猿夫くんは、いつでも、どこにいても、わたしを救けに来てくれるの……約束、してくれたもの……」

「当たり前だよ!キミに何かあったら……!」

「だから、だからね、わたしも、約束したいの……ずっと、あなたのそばにいるって。わたし、あなたがすき。いつでも、どこにいても、何も見えない真っ暗なところにいても、尾白猿夫くんが、だいすき。他の人じゃ、嫌なの。」

「俺で、いいの……?」

「あなたがいいの……統司真は、尾白猿夫くんが、すき、です。」


猿夫くんは一瞬ぐっと切なそうな顔をしたけれど、とっても嬉しそうに笑ってくれた。悲しい?って聞いたら、嬉しくて泣きそうだった、だって。


「……嬉しいけどね、ひとつだけ、間違ってるよ。」

「えっ?」

「手、出してごらん。」

「……?」

「違う、こっちじゃない。そっち。」

「こっち?」


右手ではなく左手に用事があるみたいで。そういえば、右手の指輪、失くしちゃった……と思っていると、その指輪は彼の手にあった。良かった、拾ってくれてたんだ。そう思った時、彼がわたしの左手の薬指にその指輪を通した。


「……あれっ?ここ……」

「……統司真さん。」

「は、はい。」

「……こんな俺でも良ければ、ずっと一緒にいてほしい……だから、その……今日から、尾白真さんになってもらえませんか?」


一瞬、思考が停止した。


「…………きょっ、今日!?えっ!?わ、わたし、まだ学生だよ!?」

「じゃあいつならいい?」

「せ、せめて、あの、卒業、してから……あっ、あの、わ、わたしも猿夫くんのお嫁さんになりたいよ!全然嫌とかそんなこと……」

「結婚の返事は前ももらってるから大丈夫だよ。よし、それじゃ、結婚指輪買わなきゃね。明日選びに行こうよ。」

「う、うん!」


びっくりした。本当に突然だったから。しかも、こんなに自然に言われると思っていなかった。前にも一度言われていたからかな、今回はお互い涙を流すことはなく、真っ赤な顔でニコニコと微笑みあって、手を繋いでゆっくりと唇を重ねた。


今日はお家でふたりでのんびり過ごして、次の日はふたりで手を繋いで街へお出かけに行った。爆豪くんと轟くんに会いに行ってお礼を伝えて、上鳴くんにも会いに行った。猿夫くんは土下座して謝っていたのだけれど、上鳴くんは笑いながら許してくれて、俺もごめんな!とキラキラ明るい笑顔を浮かべてくれた。大学の卒業と同時に彼と結婚する旨を伝えると、ぱっちり目を合わせながらおめでとうの言葉をくれた。世界は色で飽和していた。


指輪はふたりでたくさん話して、緊箍児モチーフの指輪にした。猿夫くんのヒーロースーツにもちょこちょこ入っているこのポイントが大好きで、だいすきだからお願い!と頼み込んだらデレッとしながら承諾してくれた。


一緒に歩いていると彼はぴたっと足を止めた。どうしたのかな、と彼のかっこいいお顔を見上げたら、ほっぺが林檎のようにぽっと赤くなっていた。彼の目線の先には……


「……らっ、ら、らぶほてる……!」

「……な、仲直りのエッチ、する?」

「……!!」


ぱっと彼の方を向くと、あっ、と焦ったようなお顔。


「ごっ、ごめん!冗談!冗談だからそんな顔しないで!」


うそ


本気で言ったの、わかってるよ


「えへへ、仕方ないなあ……」

「…………えっ?」

「仲直りの、エッチ、しよっか……」

「……!!い、いいの?」

「うん……今日は、痛くてもやめないでいいから……わたし、頑張るから……」


わたしは呆然と立ち竦んでいる猿夫くんの手を引いてぐいぐいと引っ張ってラブホテルへと足を踏み入れた。今日こそ、今日こそ……彼の腕に抱かれて、お、お、女に、なるの……!





色の飽和した世界




この日、漸くわたしの心も身体も彼のものになった。


はじめてのエッチはすごく痛かった。


痛かったけど、猿夫くんがずっと愛を囁いてくれて、とても優しくしてくれたから心がとても満たされた。


猿夫くんはわたしの光だ。


あたたかくて優しい色のある世界が、尾白猿夫くんが、尻尾のヒーローが、だいすきだよ。








back
top