想いが重なる
その日まで



先日の同窓会以来、俺は真に会うことができなかった。たまたま仕事が立て込んでいたのもあるけれど、彼女の前で涙を流すなんてみっともない姿を晒したくなかったのが一番の理由だ。やっぱり彼女の前では少しでもかっこいい自分を見せたくて虚勢を張ってしまうのだ。だが、彼女のことで胸がいっぱいで食事もろくに喉を通らない始末。親からも心配されているけれど、まさか彼女とセックスがしたいとか、婚約指輪を渡したいとか、そんな相談ができるはずもなく、既に2週間近くが過ぎていた。


今日は休日だが、真は試験を控えている。会いたくて堪らないけれど、彼女の邪魔をしたくない俺は、部屋で静かにアルバムを眺めていた。高校時代の可憐な彼女の姿が散りばめられたアルバムを眺めていると自然と鼓動が加速する。まるで昨日のことのように思い出される場面ばかりだ。この時はこうで、あの時はああで…………なんて想いを馳せているとふと目に入った一枚の写真。林檎の如く顔を真っ赤にして、頬に両手を当てながら、丸くて大きい綺麗な目を細めてえへへと微笑む彼女。俺の一番好きな林檎っ面の笑顔。宝石のように美しい丸くて大きな目と極上の可愛さを誇るこの笑顔が彼女の武器だ。好きにならない男がいるなら是非顔を見てみたいとさえ思うほど。


涙が、溢れてきた。真が、恋しい。会いたい。可愛い声を聞きたい。小さな身体を抱きしめたい。柔らかな髪に触れたい。つやつやの頬を指でなぞりたい。ぷっくりした唇に齧り付きたい。真……真……俺の、真…………気付かないうちに俺は涙を流しながら眠りについてしまっていた。





ふと目の辺りに違和感を感じたと同時にふわっと漂う甘くて優しいこの香り。間違えるわけがない、統司 真、愛しい俺の彼女のそれだ。


「あ、起こしちゃってごめんなさい。」

「…………夢?」

「ううん、夢じゃないよ。おはよう。」

「…………!!真っ!」

「きゃっ!!」


俺は勢いよく起き上がって、真の小さな身体を掻き抱いた。腕だけじゃ足りなくて尻尾も巻き付けた。彼女はよしよしと言いながら俺の後頭部を優しく撫でてくれた。あまりにも可愛くて、抱きしめる腕と尻尾に力が入る。


「えへへ、苦しいよお。」

「真……真……俺の真……」

「……どうしたの?大丈夫、ずっとそばにいるよ。」

「……本当?」

「本当だよ?いつも言ってるよ。わたし、猿夫くんのこと、だいすきだよ!えへへ、恥ずかしいな……」


真は俺の背に腕を回してぎゅっと抱きついてくれた。嬉しさのあまり、尻尾が揺れるのを抑えられない。彼女はクスクス笑いながら俺の頬に口付けて、ちゅっと可愛いリップ音を立てた。先日の、結婚が嫌だ、という話は何だったのかと言わんばかりに可愛らしい言動ばかり。あまりにも愛しくて今日一番の力で彼女を抱きしめた。彼女が、欲しい。俺だけのものにしたい……そんな欲望で支配されそうになる。こんな醜い感情を持っているなんて、彼女に知られたくない……だけどこの美しく輝く宝石のような漆黒の目は決して俺を逃してはくれないのだ。


「どうしたの?悲しそうなお顔……」

「真……俺…………」

「うん……?」


彼女は目を大きく開けて、俺の目をじっと見つめてきた。嘘はつけない。嘘をついて彼女を傷つけるくらいなら、いっそ本音を、俺の想いを伝えよう。


「俺、真が好きだ……」

「……うん、知ってるよ。」

「ごめん……こんな情けない姿、見せたくなかったのに……ごめん……」


涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。恥ずかしい。情けない。二十歳にもなって、好きな子の前で泣くなんて。


「猿夫くん……?えっと……」

「俺の気持ち……聞いてくれる……?」

「う、うん!もちろんだよ!なんでも言って!」


おいで、と腕を伸ばしてくれた彼女の小さな身体に縋り付くように抱きついた。大きな胸に顔を埋めると彼女は優しく俺の頭を撫でてくれた。甘くて優しい香りが鼻腔を擽る。まるで中毒だ。この香りを吸い込むことをやめられないのだから。


少し気分が落ち着いた俺は、彼女を拘束する腕や尻尾を少しだけ緩めて、互いの目がよく見えるように向き合った。これならきっと彼女も個性を使えるはずだ。


「俺、真が好きだ。初めて会った時から、ずっと。」

「うん、わたしもだいすきだよ。」

「……ずっと、そばにいてくれる?」


葉隠さんの言う通り、甲斐性無しで意気地なしの俺は、結婚してくれる?なんて露骨に聞くことができなくて、婉曲的に伝えることしかできない。それでも彼女は嬉しそうに、もちろんだよ!と微笑んでくれた。やはり先日の俺の心配は全て杞憂だったのだ。どうしようもない俺を、彼女はこんなにも愛してくれているのだから。


「愛してるよ……」

「わたしも、あいしてるよ……」


俺は彼女をベッドにそっと押し倒して、そのまま彼女の唇に喰らい付いた。何度も角度を変えながら舌を絡めてキスをして、ちゅ、と音を立てて唇を離すと透明な糸が俺達を繋いでいた。蕩けた表情で口を半開きにして、はっはっと小刻みに呼吸をする彼女はとても可愛らしい。


「おかあさん、いるよ……?」

「ちょっとだけだから。」

「もう……あんまりえっちなことはダメだよ。」

「ん、わかってる。」


真は感度が良すぎるから、あまり刺激を与えすぎると声が我慢できなくなるどころか、やりすぎると気絶さえしてしまう。そんなところも可愛くて仕方がない。彼女の柔らかい肌に触れる度に耳を抜ける小さな甘い吐息は脳天を突き抜け今すぐ彼女を抱けという信号を出してくる。けれど、そんなことをしたら彼女はきっと怯えて泣いてしまうに違いない。深層心理では理解しているのだ。彼女が男を知るのはきっとまだ早いことを。いつか、いつか彼女が俺を求めてくれるまで、想いが重なるその日までは、俺のこの不純な欲望は決して表に出してはいけない。そう決意した俺は、彼女の衣服を整えて、思いきり抱きしめて触れるだけのキスをした。


「えへへ……猿夫くん、だいすき……」

「うん、俺も……」

「……あのね、猿夫くん。」

「うん?何?」

「わたしも、お話したいことがあるの。聞いてくれる?」

「もちろん、何でも言って。」

「ありがとう!あのね…………」





想いが重なるその日まで




顔を赤らめてもじもじしたり、泣きそうな顔でおろおろしたり、だけどやっぱり最後は天使のような笑顔で俺に擦り寄ってくるキミはまるで純真無垢な子どもの様だ、なんて言ったら怒られてしまうだろうから、言葉をぐっと飲み込んで、ただただ強く彼女の小さな身体を抱きしめた。











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