あれから数ヶ月。真は大学を卒業して、来週から社会人だ。彼女は持ち前の芸術の才能を活かしてイラストやデザインを主とした仕事に就くことになっている。就活にだいぶ苦労していたのは内定を多く取りすぎたためらしく、最終的には大学の先生の知り合いが社長であるこの企業に決めたのだとか。
そして、変わったことはもう一つ。俺と真の関係だ。実は大学の卒業式が終わった直後、役所に婚姻届を提出しに行った。ついに俺達は正式に書面上でも結ばれたのだ。しかし、その直後のことを思い返すと未だに口角が上がってしまう。
***
「尾白さーん、どうぞー。」
「……猿夫くん?呼ばれてるよ?」
「キミも尾白でしょ?」
「……そ、そっか!」
「尾白さーん!尾白真さーん!」
「はっ、は、はい!!」
「可愛いなぁ……」
***
あの時の真は林檎みたいに真っ赤になってて本当に可愛かったな……なんてだらしなく顔を緩ませながら歩いていると、今日も無事に愛する妻の待つ家に帰宅することができた。
「ただい……」
「おかえりなさい!今日は早かったね!」
ただいまを言い終わるより前に、真が抱きついてきた。綺麗な髪をふわりと揺らして、漆黒の宝石のような美しい目をキラキラと輝かせながら見上げられて耐えられるはずもなく、返事をするより先にただいまのキスをしてしまった。唇を離すと彼女の頬がぽっと赤く染まってとても可愛らしい。一旦自室へ入って荷物を整理して、着替えてからリビングへ行くと今宵も数々の多彩な料理がテーブルを占拠していた。
「こ、これ全部作ってくれたの?」
「うん!おかあさんがね、猿夫くんの好きなおかずたくさん教えてくれたんだよ!」
「……いつ?」
「今朝だよ?猿夫くんのおかあさんと私のお母さんと三人でウエディングドレス見に行ったの。」
「……ドレス!?いいなぁ……俺も見たかった……」
「えへへ、式までのお楽しみだよ!」
そう、日取りは当分先なのだが、真の要望で家族だけの小さな式を挙げることになっている。以前、プロヒーローの結婚式は大変そうだから、と話していたけれど本当に良いのだろうか。彼女が丹精込めて作ってくれた夕食を食べ終えてから、ふたりでソファにかけている時に彼女の小さな手をそっと握って話しかけた。
「真は……本当に、いいの?友達を沢山呼びたいとか思わない?俺は真の好きにしてもらいたいんだけど……」
「うん、目立つのは苦手だし……それに、恥ずかしくて……」
「恥ずかしい?何が?」
「猿夫くんのお嫁さんがわたしなんかで……」
「またそんなこと……そんなの俺だって同じだよ……でも、なんだかまだ実感わかないね。俺達、その……ふ、夫婦、なんだよね。」
「う、うん……わ、わたしは、あなたの、つ、つ、つ、妻、です……えへへ……」
林檎みたいに真っ赤な顔を両手で覆い隠してえへへと笑う彼女は誰より何より世界一可愛い。こんな可愛い子が本当に俺の妻なのか、夢じゃなかろうかと尻尾をつねってみたけれどちゃんと痛くて、やはり現実なんだと思わざるを得ない。
「真、俺、今まで以上に真のこと大切にする。約束するよ。」
「えっ?」
「すれ違うのはもうたくさんだからね。泣かせるのも、傷つけるのも嫌なんだ。キミには笑っていてほしいから。」
「……わたし、幸せ者だね。」
「えっ?」
「だって、こんなに素敵な旦那様がいるんだもの……わたし、すっごく幸せ……えへへ、猿夫くんだいすき……きゃっ!」
あまりの可愛さに思いっきり抱きしめてしまった。こんなに素敵なお嫁さんをもらった俺こそ世界一の幸せ者に違いないだろう。真も俺の背に手を回してぎゅっと力を込めてくれて、俺の胸にすりすりと擦り寄ってきた。こんなの我慢できるはずもなく。
「……真、今夜は……だめ?」
「えっ?何が……あ……え、っと、だ、だめじゃ、ない、よ……だいすきな、だ、だ、旦那様に……だめ、なんて言うわけないじゃない……」
「そ、そっか……あ、ありがとう……」
「……お風呂、先に入って来ていいよ?」
「えっ?い、一緒に……」
「それはだめ!恥ずかしいから!」
「は、はい……」
「えへへ、ゆっくりしてきていいよ、わたし、お皿洗ったりお洋服畳んだりしたいから。」
そう言って彼女はすぐに風呂の準備をしてくれた。自分でするよと言っても、いつもお外でたくさん働いてくれているのだからお家では働いちゃだめ!と強く言われてしまうのだ。湯船に浸かって、ふうっと一息つくと今日の疲れはいとも簡単に吹き飛んでしまったような気がする。それもそうだ、この後に備えて元気を蓄えなければならないのだから。
「ふう……真、今日も可愛いんだろうな……」
普段は幼さが残る甘く可憐な可愛さを持つ真は、ベッドの上では一変して妖艶な色気のある可愛さを発揮してくる。前回を思い返してごくりと生唾を飲み込んでしまった。彼女の学友との卒業旅行や俺の仕事の都合もあって、今夜は2週間ぶりだ。そわそわと尻尾も動いてしまっている。俺は十分に全身を洗い、再び湯船に使って一息ついて自分を落ち着かせて風呂から出た。
真が来るのを待っている間、心臓の鼓動が煩くて煩くて仕方なかった。ドアの開く音がして、パッと顔を上げた瞬間、俺の尻尾はぴんっと真っ直ぐ張ってしまった。いや、張ったのはそれだけじゃないのだが。というのも、真がバスタオル1枚しか身に纏わずそこに立っていたからだ。
「な、な、な…………!?」
「あ、あ、あんまりじろじろ見ないで……」
「い、い、いや……」
「だ、だって、す、するんでしょ……?」
「そ、そそ、そうだけど……それは反則……」
上気した顔、寒さでぎゅっと縮こまりながらぷるぷると震える手足、小さな身体は頼りないバスタオル1枚に覆われているだけでなんとも弱々しい。ちょこちょことこちらに近寄ってくる姿はまるで小動物のよう。可愛すぎてなんだかクラクラしてきて鼻血が出そうだ……
「だっ、大丈夫?見苦しいものをお見せしてごめんなさい、次からちゃんと……」
「そ、そうじゃないよ!その、すごく綺麗で!可愛くて!その、こ、興奮しました!それでクラクラして……」
「あぅ……は、恥ずかしい……も、もう電気消して!」
「えっ!?も、もう!?でも俺もっと真の身体見た……」
「いや!!」
「は、はい……」
仕方ない。彼女が嫌がることなんてまっぴらごめんだ。尻尾でリモコンを取って電気を消して、ぐいっと彼女を引っ張ってベッドに組み敷いた。形勢逆転だ。薄暗い中でじっと見つめあっているとなんだかおかしくなってふたりしてぷっと吹き出して笑った。彼女の笑顔が俺の何よりの幸せだ。さぁ、今日も愛の言葉でふたりの愛の営みを始めよう。
「真、ずっとずっと愛してるよ。これからもずっと笑ってそばにいてね……」
「猿夫くん、ずっとずっとあいしてるよ。これからもずっと優しい愛をください……」
「喜んで……」
ふたりはついに結ばれる
「真、おはよう。身体、つらくない?」
「うん……あのね、すごく、幸せな夢、見たの……」
「どんな夢?」
「猿夫くんにそっくりな可愛い男の子と猿夫くんがわたしを取り合いしてくれる夢……可愛かったなあ……」
「……そ、それって、お、俺達の、こ、子ども……?」
「えへへ、そうだといいなあ……」