わからないことだらけ



あれから10日近くが経ったけれど、特に体調も悪くないしいつも通りの日常を送っている。変わったことといえば波間くんが私に対する態度がやや過保護というか、やたらとヒーローに関する話題を振ってくることくらいだろうか。ちなみに、あのおかしな銀髪の人の話題は一度もしていない。


明日でテストも終わりだし、のんびり春休みを楽しもうとわたしは嬉々としてスケジュール帳に予定を書き込んでいたのだけれど、ふと目についた明日の日付。お猿さんのシールが貼ってある。これは何だろうと思って前のページも見てみたけれど、ちょこちょこ同じシールが貼ってある。12月も、11月も。その前も。他にも雷に葡萄、スイーツ、それから雪と炎にカメラ、ゴリラにチンパンジー……大体のシールのマークはわかる。上鳴くん、峰田くん、砂藤くん、轟くん、透ちゃん、昔からの親友……けれど、このお猿さんのシールはわからない。自分のことなのにわからないことがとても怖くてわたしは身体が少し震えるのを感じた。


翌日の1限で無事にテストが終わって、わたしは絵でも描こうかと絵画室へ行こうとした。するとスマホにメッセージが来て、開いてみたけれど全然知らない人からのメッセージだったから既読無視をしてしまった。


しばらく絵画室で絵を描いていたけれど、何度も何度もスマホが震えて集中できなかった。段々面倒に感じてきて、わたしはスマホを開いたまま放置して、絵を描くことに集中した。2時間ほど経過して、チラッとスマホを見ると、メッセージの数は数え切れないほどになっていた。どこにいるの、大丈夫か、心配だ、返事をしてくれ、今から家に行く……怖い、なんだろう、ストーカーか何かなのだろうか。会話を遡ろうとしても何故かこの人との会話履歴は残っていない。今日は家に帰るのは危ない気がする。怖くなったわたしは今日はバイト先に泊まろうと思って、慌てて画材を片付けてすぐにバイト先のパン屋さんへ走って行った。


お店に入ると波間くんが熱心にパンのことを勉強している姿が目に入った。彼はわたしの姿を見ると、目をまん丸にして驚いていた。


「統司……顔色がひどいぞ!大丈夫か!?」

「あ、う、うん……あ、あの、店長さんは……?」

「店長なら奥さんと一緒に倉庫で在庫確認してるよ。呼んでこようか?」

「い、いや、急ぎじゃないから大丈夫だよ。」


波間くんの声を聞いた他の従業員さん達も集まって来て、わたしの顔色がひどいとみんな心配してくれて、ちょうどバイトが終わった波間くんと一緒に休憩室で休むことにした。


「俺、この曜日は授業ないんだぜ。薬学部が忙しくなるのは2年生の後期からが本番らしいから楽しみだ!」

「そうなんだね。波間くん、勉強好きなの?」

「うーん、そういうわけじゃねーけど、自分の勉強がいつか人の役に立つって思ったら、ヒーローとは別の活動で人を救けられるっつー充実感みたいなもん感じるんだよな。」

「あっ、それちょっとわかるかも。わたしも、自分の絵で人を幸せな気持ちにできたら満足感とか充実感を感じるよ。」


こんな風に当たり障りのない会話をしていると少し気分が落ち着いた。すると、波間くんはわたしの様子がおかしいことについて触れてきた。


「なぁ、何かあったのか?そんな怯えて……まさかアイツがまた……!?」

「う、ううん!違うよ!あのね、これ、見てほしいの。」


わたしはスマホのチャットアプリを起動して彼の前に差し出した。そして一通り画面を確認すると、ちょっと用事を思い出したから済ませてくる、しばらくかかるから適当に過ごしといてくれ、と言って走って出て行ってしまった。何かお仕事を忘れていたのだろうか。


彼が帰ってくるまでわたしは手持ち無沙汰だったものだからお店を手伝っていた。すると、店の入り口からわたしの名を呼ぶ声がした。


「真ちゃん、いるー?」

「……あっ!か……チャージズマ!」

「俺は気にしねーから普通に上鳴って呼んでいいぜ?」

「今日はお仕事の日でしょ?だからダメだよ。」


高校からの仲良しの上鳴電気くんがパンを買いに来てくれた。トレーにどっさりパンを載せて、お会計お願いね、と言われてせっせとお会計と袋詰めをしていると彼からある話題をふられたのだけれど。


「そういえば真ちゃん、結婚の予定とかはないん?」

「……えっ?」

「えっ?あ、その様子じゃアイツまだ……」

「うん、まだ彼氏なんていないよ……」

「うんうん、まだプロポ……は?」

「え?」

「かっ、彼氏いねーってどーゆーこと!?まさか別れたの!?えっ!?う、嘘だろ!?」

「ひっ!!ち、近いよチャージズマってば!!」

「あっ、ご、ごめん!!」


上鳴くんはカウンターを乗り越えるんじゃないかってくらい前のめりになって大声を出した。大声と距離の近さにびっくりしたわたしは思わず後退りしてしまった。にしても、別れた、ってどういうことだろう。わたしに彼氏なんていないのに……


「えっ、と、真ちゃん、俺のこと、知ってる?」

「うん、上鳴電気くん。スタンガンヒーロー・チャージズマでしょ?」


先日、同じ質問を波間くんからもされたなぁなんて思いながら彼の質問に答えた。他にも色々質問された。もぎたてヒーローは?グレープジュース。漆黒ヒーローは?ツクヨミ。ステルスヒーローは?インビジブルガール。どれも雄英高校時代のA組のヒーロー達だ。そして、へらりと笑っていたはずの上鳴くんは急に真面目な顔になって最後の質問をしてきた。


「……武闘ヒーローは?」

「武闘ヒーローは……あれ?そんな人いたっけ?」

「……!!尾白だよ!わ、わかんない……?」

「尾白……さん?それとも尾白くん?ごめんね、わたし、ヒーロー科の全員を知ってるわけじゃないから……」

「……真ちゃんさ、初恋っていつ?」

「えっ!?ど、どうしたの急に!!そんなの……いつだろう、わかんないなぁ……」


上鳴くんの質問はおかしなことばかりだ。彼の質問に答えようとするととても頭が痛くなるし、まるで霧がかかっているかのようにモヤモヤしたものが胸や頭の中に広がる感じがする。袋詰めが済んだパンを紙袋に詰めて、ラスクや焼き菓子のおまけを入れながら、無言になってしまった彼の顔を見上げると何故か泣きそうな、傷ついたような、悲しそうな顔をしていた。どうしてこんな顔をするんだろう……なんだか最近わからないことだらけで妙に頭や胸が痛む気がする。疲れているのかもしれないなぁと思って上鳴くんが帰ったら少し奥で休もうと思った。





わからないことだらけ




「……真ちゃん、俺、用事思い出しちゃった!ちょっと行ってくる!あ、おまけしてくれてありがとね!」

「う、うん、行ってらっしゃい!気をつけてね!」


上鳴くんはいつものようにへらりと笑いながら、パンの袋を片手に勢いよくお店を出て行った。今日はみんな用事を思い出す日なのかなぁと思いながら、わたしは奥の休憩室へと戻ることにした。波間くんはまだ戻って来ないのかな……








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