今日の依頼はザーフィアスの貴族街にて夕方から始まるパーティーの警備任務ということで、不服そうなユーリを引っ張りつつ今日も1日頑張ろう!とカロルが意気込んでいたのだけれど、クライアントの都合で依頼が中止になってしまった。突然のお暇を言い渡されて、各々に都合を確認したところ、ジュディスが私用でヘリオードに向かうとのことだったので、ついでにダングレストの街へ連れて行ってもらうことにした。





この街の雰囲気が好きだ。特に、橋から眺める景観、特に夕方から夜にかけての時間帯は本当に美しいと思う。しばらくこの景色を楽しんでから街の広場へとゆっくり歩いて行った。相変わらずしっとりとした雰囲気で、時の流れがとてもゆっくりに感じられる。向かう先は天を射る重星の裏口。トントンと戸を叩いたら女将さんが扉を開けてくれた。


「女将さん、こんばんは。」

「リゼじゃないか。こんばんは、今日はやけに早いねぇ。」

「うん、依頼が中止になっちゃったの。だから何か手伝おうかと思って。」

「そうなのかい?実は急に一人風邪を引いちゃって休ませたところでね。そうねぇ、アンタがよければお言葉に甘えちゃおうかねぇ。」

「うん、もちろん。何でも言ってよ。」


私は裏口から店内に入って、急いでカウンターやテーブルを拭いてクロスを掛け、食品やお酒の在庫を確認した。そうこうしている内にあっという間に開店時間を迎え、店内はすぐに大勢の人で賑わった。女将さんと娘さん、それから私の三人で店内を切り盛りしていると、入口から一際大きな声が。この声、間違えるわけがない、レイヴンだ。


「あっちゃ〜、今日は満席!?困ったわ〜、おっさん、もう別のお店に行く体力なんてないわよー!」

「よく言うよ!アンタ、毎日同じ台詞吐いてるじゃないか!ほら、いつもの席空けといたからさっさと座りな!」

「へへ、わかってるじゃないの〜!あ、いつものヤツね!それと……おっ!今日のイチオシは鮭のちゃんちゃん焼き!?これ頂戴!」

「はいはい!ちょいと待っとくれよ!」


レイヴンは味噌を使った魚料理が大好き、そんなことは誰よりも一番私が知っている。女将さんと娘さんが厨房に戻る前に、私は下準備が済んでいる鮭と野菜を素早く取り出した。少し深めのスキレットにたっぷりのバターを溶かし、鮭とじゃがいもを焼いて、玉ねぎ、キャベツ、にんじん、キノコを入れて、混ぜ合わせた調味料を回し掛けて蒸し焼きにする。味噌とバターの香りが堪らない……厨房の外から早くもほろ酔い状態になったレイヴンとその周りのお客さんの大きな声が聞こえた。


「おお〜!これこれ!味噌とバターの良い香り!こーんな美味しそうな料理作れる子なんて……もしかしてリゼちゃんかしら!?なーんつって!わはは!今日は帝都でお仕事だっつーの!」

「お、レイヴン!良い飲みっぷりだねェ!ほら、俺の酒も飲みなよ!」

「お!悪いねニイちゃん!……ぷはーっ!はぁ〜、おっさん、野郎じゃなくてリゼちゃんのお酒が飲〜み〜た〜い〜!」


レイヴンはリゼちゃんリゼちゃん〜と周りのお客さんに悪絡みをしているようだ。また始まった、なんて声も聞こえるから、その光景は私がいない日は日常茶飯事なんだということが想像できて思わず顔が綻んでしまう。やっぱり彼は可愛らしい。さて、鮭のちゃんちゃん焼きが程よく焼けたところで、鍋敷きにスキレットを載せてトレーの上に置き、女将さんに差し出したのだけれど。


「リゼ、アンタが持って行きな。」

「え?で、でも……」

「全席に酒もつまみも出したからここからは私と娘の二人で大丈夫さ。アイツに会いたくて手伝いに来てくれたんだろ?」

「……バレてたんだ。」

「あっはっは!いつもありがとうね、ほら、行ってきな!コレは私の奢りだよ。」


女将さんはトレーに季節の果実のミックスジュースを置いてくれた。以前私がこの店で一番美味しいと言った飲み物だ。女将さんと娘さんにお礼を述べて、私はトレーを持って彼の元へ足を運んだ。


「お待たせしました。」

「おおー!待ってまし……!?えええ!?リゼちゃん!?な、なんで!?どうして!?今日は少年達と帝都じゃ……!?」

「依頼がなくなっちゃったの。ね、ご一緒してもいい?」

「えっ!?あ、ああ、もちろんよ!隣、どうぞ!」


レイヴンはすすっと動いて隣を空けてくれて、私はお礼を述べて腰掛けた。二人で一緒に沢山の料理をつついたけれど、どれもほっぺが落ちそうなくらい美味しい。チラッとレイヴンを見ると、彼は鮭のちゃんちゃん焼きをパクパク食べてお酒をゴクゴク飲んでいる。


「いやー、どれもこれも美味いっ!けど、このちゃんちゃん焼きが最高だわ!女将さん、腕上げたわね〜!」

「何言ってんだい!それはリゼが作ったんだよ!さっき自分で言ってただろ!」

「ぶっ!?ごほっ!そ、そーなの!?」

「ふふっ、慌てん坊なレイヴン、可愛いね。」


レイヴンのお酒が回って赤くなっていた顔が更に真っ赤になって、彼は両手で顔を覆い隠してしまった。おっさんの威厳が〜!なんて言っているけど、一緒に冒険した日々を思い返してもやっぱり威厳なんて感じられない。あくまでも、私達、凛々の明星ブレイブヴェスペリアの皆の前では、って話だけれども。


こんな風にヘラヘラしている彼は本当に可愛らしい。だけど、私は知っている。
天を射る矢アルトスクの幹部としての凛々しい彼を、シュヴァーン隊の隊長としての厳しくも優しい彼を。どれもこれも全部全部彼という人間の一部なんだと思うと愛しくて愛しくて堪らない。私はそっとレイヴンの肩に頭を乗せた。


「リゼちゃんっ!?ど、どーしたの!?」

「んー?レイヴンのこと、可愛いなーって。」

「かっ……!?可愛いのはリゼちゃんの方よ〜!こんなおっさ……」

「ん、ごめんごめん、レイヴンはカッコイイもんね。私が惚れちゃうくらいに。」

「や、やーねー!もー、しょーがないんだから!女将さん!クレープ持ってきて頂戴!苺はたっぷりね!」

「わ!やった!レイヴン大好き!」


女将さんは出来立てのクレープをすぐに持って来てくれた。少し溶けた冷たいアイスが温かいクレープ生地と絡んで絶妙な美味しさを生んでいる。おまけに苺もクリームもタップリでまさに至福の味だ。ぱくぱくと夢中になって食べていると、レイヴンがじーっと私を見つめているのに気がついた。その顔は、私が知っているどのレイヴンとも違う顔で、心臓がずくんと大きく動いたような気がする。


「……どうしたの?」

「……リゼ、可愛いのはお前だよ。」

「ッ……!?」


なんだこの声は。この眼は。隊長の顔の時以外で名前を呼び捨てにされたことはないし、こんな眼を見たことも、こんな声を聞いたこともない。胸の高鳴りが治らない、これはそう、男の顔、と形容するのが相応しい……


「なーんつって!!わはは!!ビックリした〜?」

「レッ、レイヴン!?もう!揶揄わないで!」

「ごめんごめーん!ハムスターみたいにクレープ頬張ってるリゼちゃんが可愛くてつい〜!許してちょーだいっ!」

「全くもう!」


レイヴンはへらりと笑って両手をぱんっと合わせてペコリと頭を下げて来た。全く、複数の顔を持つ男には同じ数の心臓がなけりゃもたないんじゃなかろうか。





可愛いのは




「リゼ、お前は本当に可愛いな……」


調子に乗っているのか、またしても彼は男の顔で私を見つめてきた。少し仕返ししてやろうと思って私は頭の中にジュディスを思い浮かべて、彼女の様なセクシーさを出す為にレイヴンの頬につーっと指を滑らせた。


「そう?嬉しい……それで?可愛い、以外には何もないのかしら……?」

「……え゛っ!?」

「私、もう待ちきれない……」

「ご、ごごご、ごめんなさいッ!!おっさんが悪かったですっ!!」

「…………やっぱレイヴンの方が可愛いよ。」





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