「はぁ……」

「珍しいな、お前が溜息なんて。」

「ユーリ……はぁ〜……」

「人の顔見て溜息吐くとか失礼なヤツだな。」

「だって……」


私の溜息の原因はコイツが作ったも同然。事の顛末はこの男にあると言っても過言ではないのだ。先月の頭、下町にとても可愛いスイーツショップができた。このお店の起源はナム孤島で、前に訪れた時に一度だけ食べたことがあるけれど、それはそれは大層美味で皆びっくりしていたっけ。しかしザーフィアスの店舗は外見がなんともファンシーで客層は見事に女性もしくはカップルばかり。ユーリは自分が男だからとお店に入りたがらないくせに、あのスイーツの味が忘れられずにほとんど毎日のように私をおつかいに走らせている。そして今朝もそのおつかいに行ったわけだけれど、お会計を済ませた時に事件は起きてしまった。


「あ、あのっ、ほぼ毎日来てくれてますよね……僕、貴女を好きになってしまいました!」


なんとショコラティエの男性から告白されてしまったのだ。それだけならまだいい。後ろからガシャンと重い音がして、振り返ると私の想い人が、レイヴンがぽかんと口を開けて立っていたのだ。足元には彼の愛刀が寂しそうに落ちていた。気が動転した私は商品の袋を握って慌てて走って帰って来たというわけだ。


「そりゃまぁ難儀なことで。」

「ユーリのせいだよ!はぁ……よりにもよってレイヴンに見られるなんて……」

「俺のせいって何だよ……まぁ、好きなヤツに自分が告白されるの見られるっつーのは良い気分じゃねーよなぁ……」


私が買って来てあげたモンブランやショートケーキなんかを次々に口に運びながらニヤニヤして呟く彼になんだか腹が立ってきた。


「何笑ってんのよ!バカ!」

「ん?笑う門には福来るっつーだろ?」

「そんな笑顔に福なんか訪れないよ!」


なんてぷりぷりと怒り散らしていると、こんこんっと部屋の扉をノックする音が聞こえた。彼が顎をくいっと動かして、私に出ろと。イライラしてはいたものの、来訪者に罪は無い、と心を落ち着かせてドアを押してみたら、またしても私の心は騒々しく慌て出した。レイヴンが立っていたからだ。


「レッ、レイヴン!?」

「あれっ!?リゼちゃん!?何でここに……」

「えっと、ユーリのおつかい……レイヴンは?」

「えっ?あっ、あー、お、お、おっさんはね、えっと、青年にちょっとお願いが……」


なるほど、ユーリへの手土産を買いに先程のお店に一人で足を運んでいたのか。あの店に男一人でやってくるなんて度胸があるなぁ、なんて呑気なことを考えていると、ぐいっと背を押されてレイヴンにぶつかってしまった。


「悪いなおっさん、俺、今忙しいから頼み事ならコイツに言ってくれ。」

「えっ!?ちょ、青年、話が違……」

「んじゃ、頑張れよー。」


バタンと扉が閉まってがちゃりと音がした。ドアノブを押しても引いてもびくともしない。あの野郎、鍵をかけやがった。イライラが募って、ユーリの馬鹿野郎!と叫んだら、後ろにいたレイヴンがぷっと吹き出してけたけたと笑い始めた。このからりとした笑顔。私の大好きな彼の笑顔だ。笑う門には福来る、の笑顔とはこういうのを言うのだろう。


「リゼちゃん、今日も元気ねー!」

「えっ、だってユーリが……!」

「あの兄ちゃんもリゼちゃんの元気なところが……あっ……」


先程の告白のことをほじくり返されて少しバツが悪くなってしまった私は露骨にそれを表してしまった。レイヴンは、あーとかうーとか唸ったかと思えば、突然ぽんっと私の背を叩いてきた。


「……ちょっと場所移そうかね。噴水の方まで歩かない?」

「うん……」


レイヴンの一歩後ろを着いて行って、噴水のすぐ近くのベンチに並んで腰掛けた。彼は手に持っていた袋に手を入れると、焼き菓子の箱を取り出した。蓋を外せばふんわりとバターの香りが広がって、思わず美味しそう!食べたい!と口にしてしまった。すると、彼はフィナンシェを一つ手に取ると私に差し出した。


「あれっ、いいの?」

「青年のおやつタイムはもう終わってたしいいでしょ!」


こんな美味しいお菓子にありつけないなんてざまぁみろなんて思いながらフィナンシェをもらって口へ運んだ。うん、やっぱりめちゃくちゃ美味しい。あれも食べたいこれも食べたい、とわがままを言えばレイヴンは次々にお菓子を差し出してくれた。気がつけば箱の中は空っぽになっていた。


「……ご、ご、ごめん!全部食べちゃった!」

「いいのよー、あんなに美味しそうに食べてくれたらおっさんも嬉しいわよ!」


歯を見せてニッと笑うレイヴン。私の大好きなからりとした笑顔。しかし、なんだかいつもと違うような気がしてならない。一緒に旅をしていた頃から、彼の笑顔が大好きで、いつもいつもユーリにそれを話してたっけ。その彼の笑顔が、なんだか、いつもと違う。


「ちょっと、あんまり見つめないでよね!いくらおっさんがかっこいいからって!照れちゃう!」

「あ、うん……」

「えっ?ちょ、どうしたの?いつもみたいに調子にのんな!とか言わないの?」

「……なんか、無理してる?」

「……えっ?」


レイヴンは目を丸くしてぱちぱちと瞬きをした。目の周りの皺の入り方がいつもと違った、と呟いたら、おっさんも歳かねぇ、なんて。けど、それ以上会話が続かない。きっと、いつもと違うと思っていたのは私だけじゃなかったのだろう。何か言おうと考えていたら、レイヴンが先に口を開いた。


「あのお店のさ、チョコ職人、フレンちゃんに似てて、すっごいハンサムだと思わない?」

「えっ?あ、あぁ……うん、ちょっとフレンに似てたかも……?」


嘘。実は顔なんて全然覚えていない。まさかその話をふられると思っていなかった私は適当に相槌を打ってしまった。


「……あのさ、おっさんのしょーもない話、してもいい?」

「うん、レイヴンの話、聞きたいな。」

「……俺、もう35よ、本当におっさんっていう歳よ、そう思わない?」

「突然どうしたの?うーん、まぁ、おっさんだよねぇ。」


レイヴンの方からそう言ったはずなのに、私が同調した途端、何故か彼は少し俯いてしまった。もしかして否定してほしかったのだろうか。私も視線を逸らして俯きがちに、デリカシーがなかったかな、と言うと、そうじゃないのよ!と力一杯否定された。


「……おっさん、リゼちゃんの2倍近く歳食ってるわけよ。」

「まぁ、そうだね。」

「……でも、あのチョコ職人の兄ちゃんは違う。リゼちゃんと同い年くらいよね。」

「……えっ?」


どうしてショコラティエの彼の話が出てくるのだろうかと不思議に思って、パッと顔を上げてレイヴンの方を見たら、彼は優しく微笑んでいた。どきりと心臓が跳ねたような感覚に襲われた。こんな笑顔、初めて……いや、前に一度だけ見たことがある。そう、テムザで。


「レイ……」

「……こんなおっさんにこんなこと言われたら困るだけかもしんないけど……俺もね、リゼちゃんのこと、あの兄ちゃんと同じ意味で……好き、なんだ。」

「……!?えっ、う、う、嘘!?」

「いくら俺でもこんな時に嘘はつかないよ。まァ、俺はおっさんだからさ、リゼちゃんがあの兄ちゃんを選ぶのは至極真っ当よ。けど、さ……」


レイヴンは少しだけ柔らかく微笑みながら照れ臭そうに頬をかいた。いつものおちゃらけた様子は微塵もない。


「……これからも、好きでいて、いいかな……?」


これは、彼の本音だ。レイヴンが、私を、好き……!


「わ、私も!好き!レイヴンのこと、大好き!」

「えっ?あ、う、うん、そりゃ仲間だしね、好かれてるのは……」

「じゃなくて!えっと、あのお店の人と同じ意味で!」

「……えっ!ええええ!?う、嘘でしょ!?」


レイヴンが勢いよく立ち上がったもんだから、膝にあった箱が地面に落ちてガシャンと大きな音がした。さっきもあのお店で聞いた音。ああ、これは彼の動揺の証だったのか。現に今も慌てふためいている。


「えっ、で、でも、俺、おっさんだし、あ、でもリゼちゃんと両想い?おっさんなのに?えっ、あれっ?」

「落ち着きなよ……両想いで合ってるよ。」

「……な、なんかリゼちゃんの方が落ち着いてて大人だわ……」

「何それ!おばさんって言いたいわけ!?」

「ち、違うわよ〜!わかってるくせに!」

「いいもん、おっさんの彼女ならおばさんってことで……」


そう呟いたらまたしても彼はぽかんと口を開けていて。リゼおばさんかぁ、と笑って言ったら、彼は先程と同様、ぷっと吹き出してけたけたと笑った。





笑う門には福来る




「話は終わったか?」

「あっ、ユーリ!さっきはよくも……」

「悪い悪い、お前らの恋愛相談に飽き飽きしてて、つい、な。」

「「えっ?」」

「両方から同じような話聞かされる俺の身にもなれってんだ……あ、両方から違う菓子をもらえんのは悪くなかったけどな。」

「……レイヴンもユーリに?」

「リゼちゃんも青年に?」


顔を見合わせて一瞬間を置いた後、ぷっと吹き出してけたけたと笑いあった。笑う門には福来る、ってね。




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