この頃、毎日、レイヴンとジュディスがポーカーやチンチロリンといったゲームをしている。やたらと本気目なレイヴンと余裕たっぷりのジュディスを見ていれば勝敗は言わずもがな……少なくともここ数日、彼に勝利の女神が微笑んだことはない。そんな訳でつい、私でも勝てそう……なんて呟いてしまったもんだから、彼の眼はギラリと光って私を捉えた。


「リゼちゃん!おっさんと勝負よ!」

「えっ?」

「聞いたわよ!随分と見くびってもらっちゃって……おっさんが勝ったら今晩一杯奢ってもらうからね!」

「な、何でそうなるの!?」

「あっれー?私でも勝てそう、って言ってたじゃない?それとも口先だけ?」

「ぐっ……わ、わかった!やる!」


ノードポリカで『絶対に負けられない闘いがそこにある』というフレーズを聞く度に、はいはいと笑っていた私。ユーリやジュディスのギラギラした眼を見ては、リタと二人でやれやれと肩を竦めていたっけ。それなのに、安っぽい挑発にのせられてしまい、私にとっての絶対に負けられない闘いが始まってしまった。そして、数日後…………





「リゼ、これで負けたら何連敗目?」

「ん?確か8連敗だったか……」

「カロル!ユーリ!うるさいよ!」


キッと睨みつけると二人は慌てて視線を泳がせた。こちとら真剣勝負の最中なんだ、茶化されてたまるか。さて、この場面はこのカードを切って……あっ!?


「あっ……ほい!やったー!おっさんの勝ち!」

「い、今のナシ!手が滑った!」

「ダメダメ!そりゃ反則よ〜!」


なんてことだ!二人に気を取られたせいで予定とは違うカードを出してしまった。これで8日連続、レイヴンにお酒を奢り続ける羽目に……いや、8日も連続で負けるなんてやっぱりおかしい。まさか、レイヴンったら……!


「私が余所見してる間にイカサマしたんじゃないの!?」

「やーね!俺様がそんな胡散臭いおっさんに見えるの!?」

「「「……見える。」」」

「ひどい!イカサマなんてしないわよ!ねぇジュディスちゃん!?」

「ふふ、残念ながら不正はなかったわよ。」


カロルもユーリも私も口を揃えてイカサマを疑ったけど、審判のジュディスによると不正は無かったようだ。悔しいけれど、負けは負けだ。仕方ない、と財布を握りしめて、上機嫌なレイヴンと一緒に天を射る重星へ足を運んだ。





「んふふ〜、リゼちゃんに奢ってもらうお酒は格別だわぁ……いや〜、毎日毎日悪いねぇ!」

「悪いだなんて微塵も思ってもないくせに……」

「そうむくれなさんなって……ちょっと!今日のアレ持ってきて!俺様の奢り!」


頬を赤く染めてけらけらと笑うレイヴンに憎まれ口を叩くと必ず彼の奢りでスイーツを頼んでくれるのはもうお決まりの流れだからか、10秒も経たないうちにそれはやってきた。今日のおすすめはフルーツパフェか……


「……めちゃくちゃ美味しい。」

「そうでしょ〜?俺様の奢りだからね!わははっ!」


ここのスイーツは本当にどれもこれも絶品だ。勝負に負けるのは悔しいしとても癪だけれど、なんだかんだでこの時間が大好きだったりする。言うなれば至福のひととき、か。ちらりと彼を見ると、明日は何の勝負をしようかね、なんて余裕綽々でにたりと笑っていた。畜生、なんかムカつく……


さて、翌日。今日の勝負は賽子を使った勝負だ。トランプと違って落としても大丈夫だと思うと少しだけ安心できる。まずは私の番だ。いざ勝負!とお椀に向かって賽子を振り投げた。出目は…………うん、悪くない。


「ありゃ!これは厳しいわねぇ。」

「今日こそ勝ってみせるんだから!」

「こいつは……俺様も本気を出さなきゃね……」


そう言ってレイヴンは羽織の内ポケットから黒い手袋を取り出した。レイヴンのちょっとゴツゴツした、だけど繊細でとても綺麗な指先が黒い手袋に覆われて、その指の間には綺麗に色とりどりの賽子が収まった。長い指先と黒い手袋……なんか、こう、ちょっと、エロい……って私何考えてるの……!?なんて、ぼんやりしていたもんだからか、審判をしてくれているジュディスとカロルから心配の声が降ってきた。


「リゼ、あなたなんだか顔が赤いけど……大丈夫?」

「……あっ!う、うん、大丈夫!き、気にしないでっ!」

「しっかりしなきゃ!勝たなきゃずーっとお酒奢らされちゃうよ!」


彼がそう言ったことで気がついてしまった。そうか、ここで私が勝ってしまったら、あの至福のひとときも終わってしまうのか……それにこの勝負の時間も……


負けるのは確かに嫌だけれど、この時間が終わってしまうのは……


もっと、嫌だ……


「ぎゃあっ!そ、そんなぁ!」


レイヴンの叫び声でハッとした。何があったのかと視線を下げると、彼の投げた賽子がお椀の外に落ちているのがわかった。つまり、この時点で私の勝ちが確定してしまったというわけだ。


「あら、おめでとう。リゼの勝ちよ。」

「わぁ!良かったねリゼ!」

「あ、う、うん……」


私があんまり嬉しそうじゃないもんだからか、ジュディスもカロルも首を傾げてしまっている。そっか、勝っちゃったのか……なんてモヤモヤしていたら、レイヴンが突然立ち上がった。


「い、今のナシ!手が滑ったんだって!」

「……ダ、ダメだからね!それは反則って昨日自分が言ってたでしょ!?」

「……しょーがない、潔く負けを認めて……行きますかね!」

「えっ、どこに?」

「ん?勿論、天を射る重星よ!今日の看板デザートはクリームたっぷり苺クレープ!食べたいでしょ?」

「えっ?で、でも、私が勝ったから……」

「そ、リゼちゃんの勝ちだから、今日はぜーんぶおっさんの奢り!ほら、早く行かなきゃ席無くなっちゃうわよ?」


そう言って、レイヴンは黒い手袋を外して私に手を伸ばしてきた。


「お、お酒は奢らないよ?」

「当然!リゼちゃんが勝ったからね。」

「クレープは……?」

「おっさんの奢り!」

「……うん、行く。」


レイヴンの手を掴むと、彼は歯を見せてにやりと笑って天を射る重星へ向かって歩き始めた。クレープと聞いたからかユーリがニヤニヤしながら着いてきているけれどレイヴンは気がついていないようだ。





「……美味しいっ!」

「そりゃ良かった!ん〜、こっちも美味いっ!」


今日もレイヴンはとびきり美味しい料理を肴にしこたまお酒を飲んで酔っ払っている。自腹だろうが結局お酒さえ飲めればいいのだろう、かなりご機嫌な様子だ。負けてもこれだけ上機嫌ならばもっと早い段階で勝ちを譲ってくれたって良かったのに……いや、手加減されるのもそれはそれで癪というものだけれど。しかし、彼があんなミスをするなんて……


「ねぇ、なんで賽子落としちゃったの?手袋もしてたし、滑るとは思えないんだけど……」

「だってあんなに見られてちゃ緊張しちゃうじゃないの!」

「あ、ご、ごめんね。えっと、それじゃ、なんで毎日私が負けてたのにスイーツ奢ってくれてたの?」

「えっ?あ、え、っと……そ、それは、その……」


見つめていたことがバレてしまっていたのが恥ずかしかった私は咄嗟に別の疑問を口にした。すると、レイヴンは赤い頬を掻きながら視線をキョロキョロと泳がせてごにょごにょと口籠もってしまった。一体どうしたのだろうか。彼の答えを待っていると、突然、背後からユーリの声が。


「最初は売り言葉に買い言葉だったが……合法でリゼと二人っきりで晩酌デートできることに気がついたから……だろ?」

「えっ?」

「ぶふっ!ユ、ユーリ!?なんで!?い、いつからここに!?」


驚くレイヴンとは裏腹にユーリは冷静にクレープの最後の一口を頬張った。いつからも何も最初からずっと一緒にいたのに。


「最初からいたよ?」

「おっさんにゃ愛しのリゼしか目に入ってなかったんだろ。」

「なっ、なななっ……!うっ……ぐぐぐぅ……」


ちらりとレイヴンを見ると、火が出そうなくらい顔を真っ赤にさせながら視線をキョロキョロ泳がしつつ吃って、人差し指で卓をなぞっていた。言い訳を考えてあーとかうーとか唸った挙句、そうよ!悪い!?と開き直って頬を膨らませた。35歳のおっさんのむくれっ面なんて、と思われるかもしれないが、この人に限っては可愛らしいことこの上ない……


「最初は売り言葉に買い言葉だったの!でも、負けん気が強いリゼちゃんのことだから勝つまでやるって言うと思ってて……だから、その……」

「それを利用して、リゼと晩酌デートしようと思ったんだろ?」

「普通に誘えばいいのに……」

「は、恥ずかしいじゃない!それに断られたらどーすんのって……だから、その、ギャンブルに負けた罰ゲームってことで……」


そんなの、私にとっては罰ゲームでもなんでもない。だって私にとってこれは……





至福のひととき




「断らないよ、至福のひとときだもん。」

「……えっ?」

「そうそう、至福のひとときっつーことで……ゴチソウサマデシタ。」

「ちょ、ちょっと!青年にゃ奢ってあげないわよ!」

「レイヴン、明日はショートケーキだって!奢ってくれる?」

「も、勿論よ!」

「やれやれ……」



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