ちがう、そうじゃない
テノスの日没後の冷え込みは半端じゃない、ってリカルドさんが仰っていたけれど本当にその通りだ。おろしたての上着はとても暖かいのに、身体の芯がキンキンに冷えてしまっている。道具屋でグミを買おうと思っていたけれどそれは明日の日中にしよう。大人しく宿に帰ろうとギルドを出たら、ルカくんとコンウェイさんを見つけた。こんなに寒い中で一体何を話しているのかが気になって近づいてみるとこんな会話が耳に入った。
「この物語も終わりが近い……目的を達成したらボクは自分の国に帰るけど、君は?何かしたい事はあるのかい?」
「僕の……したい事……」
ぴたりと足が止まった。考えたこともなかった。確かに、それぞれの目的があって旅をしているわけで、目的を達成したら旅は終わるものだ。
「うーん……とりあえず、母さんのチーズスープが食べたいかな……」
ルカくんがふわっと笑って優しく答えたところで、二人はわたしに気付いたようだ。
「あれ?リゼ?道具屋に行ったんじゃなかったの?」
「……あ、え、えっと、ギルドでレシピを見てからにしようかと……でも、リカルドさんが仰ってた通り、かなり寒いので今日のところは宿に戻ろうかと……」
「それが賢明だね。ボク達も戻ろうか。」
コンウェイさんの後を追ってルカくんと一緒に暖かい宿へ戻った。前回来た時は部屋が足りなくてカマクラで寝ることになって大変だったけれど、今回は部屋が空いていて本当に良かった。暖かい部屋で温かい食事を食べ、入浴を済ませて身体の芯まで温まって、これまた温かい布団に入ればすぐに夢の世界へ……
……なんてことはなく、全然眠れる気がしない。イリアさんに、アンジュさん、エルちゃん、そしてキュキュさんも規則正しい寝息をたてているというのに、わたしは全く眠くない。仕方がない。枕元に置いていた本を持って、わたしはカマクラへ向かうことにした。カマクラの中は意外と暖かいという教訓を前回得たから、眠くなるまで読書でもしよう……
……と思ったのに、読書にも集中できない。眠れない、集中できない、それらの理由は明らかだ。そう、先程のコンウェイさんのお言葉が頭の中から消えてくれないのだ。
この物語も終わりが近い。彼ははっきりそう言った。前々から彼には未来が見えているような節がある。彼が言うならきっとそうなのだろう。物語が終わる……つまり、この旅が終わるということは、皆さんとのお別れが近づいているということを指す。そう、スパーダとも……
「スパーダ……」
「あ?何だよ。」
「…………スススス、スパーダッ!?い、いつからそこに!?」
「うわっ!うるせェなァ!たった今だよ!」
彼は、相変わらずここは寒ぃなァと言いながら大きな毛布を広げて肩にかけると、ん!、と、ぶっきらぼうに毛布の端を差し出してきた。一緒の毛布に入ろうぜ、ということだろう。
「あ、ありがとう……」
「おう……で、こんな時間に何してんだよ。」
「眠れなくて、本でも読もうかなと思って……」
「本!?お前が!?」
「な、何ですかその顔は!?」
人の気も知らないで……!ヒャヒャヒャと笑う姿は他人をバカにしているようにしか見えない。正直憎たらしいのが本音で、無意識に腰のレイピアに手をやってしまう。
「悪かったって!そんな怒んなよ!」
「怒ってません!」
「レイピア掴んでんじゃねェか!」
「こ、これはつい……!」
「リゼに前世があったらレイピアかもしんねェな……」
「何バカなこと言ってるんですか……」
「バカだと!?お前には言われたかねェぜ!」
「何ですって!?……はぁ。」
こんな風に言い合いできるのもあと僅かなのかと思うと、なんだか寂しい気持ちになって溜息が漏れてしまった。流石のスパーダもわたしの様子に気がついたようで、バツが悪そうに首に手を当てて、ぼそぼそと話し始めた。
「わ、悪かったよ……」
「何が?」
「バカなことばっか言って余計に落ち込ませちまって……」
「余計に、って?」
「あー……いや、なんつーか……」
彼はきょろきょろと目を泳がせて、ぷいっと横を向いた。これは彼が照れている時の癖だ。今の会話のどこに照れる要素があったのかは全く想像もつかないけれど。
「つまりだな……便所に行った帰りによ、お前が思い詰めたような顔で宿から出て行くとこ、見ちまって……その、気になって……」
とどのつまり、彼なりに心配して来てくれたらしい。先程のふざけたような態度は全て不器用な彼なりの気遣いだったというわけだ。
「ごめんなさい、気遣ってくれたんですね。」
「今日こんなに寒ぃのはリゼがしおらしくしてっからか?」
「……やっぱりバカにしてます?」
「してねェよ!だー!もう!ホンット悪ィ!バカなのは俺かもしんねェ!」
彼がこんなに謝ってきたり自分で自分をバカ呼ばわりしたりするのは本当に珍しいことだ。テノスの寒さでお互い頭が冷えているのかもしれない。今なら、今なら少しだけ、素直に、なれるだろうか。
……わたしは自分の思いを少しだけ口にした。
「もうすぐ……この旅は終わってしまうんでしょう?」
「あ?そうなのか?」
「だって……あとはあの塔に向かうだけでしょう?」
「あー……まァ、確かに、あの塔に行きゃ終わりって感じはするな。」
彼は大きな欠伸をかいた。随分と呑気なものだ。流石は人生二周目と言ったところか。まぁ、一周目は剣だったらしいけれど。
「そしたら、もう、皆さんと……スパーダとも、お別れに、なっちゃうの……?」
「はぁ?」
スパーダはキョトンとした表情で首を傾げている。
「お前、やっぱバカだな。」
「……な、何ですって!?」
「お、落ち着けよ!まずその武器から手を離せ!」
「ご、ごめんなさい、つい……」
つい、で命を狙われるなんてたまったもんじゃないと言わんばかりに顔を顰めるスパーダ。悲しいとか、寂しいとか、申し訳ないとか、いろんな感情が混ざってうまく言葉が出てこない。
しばらく黙って俯いていたら、少し空いていた筈の距離がいつのまにか埋まっていて、彼と私の肩は布越しに触れていた。不思議に思って顔を上げたら、頭に手を置かれて、そのままくしゃくしゃと軽く撫でられた。
「なっ、何を……」
「落ち着けよ、な?」
「……はい。」
「……お別れっつーか、普通に皆自分ん
そういう問題ではないのだ。わたしはこの旅が、コンウェイさんの言葉を借りるなら、この物語が好きなのだ。終わってほしくなんかない。でも、そんなことは願ってはならない。わたし達は、世界を守るために、平和のために、闘っているのだから。
「違います、これはそういう問題じゃ、ない、です。」
「そうかァ?よくわかんねェわ。」
「そう…………」
「ん…………」
……き、気まずい。沈黙が、重い。こんな話を振ったのはわたしなのだから、その責任はわたしにある。そう思うとますます潰れてしまいそうだ。
「…………なァ、リゼ。」
「何ですか?」
「……あ、あの、よ、お前がさ、その……」
「はい?」
「いや、えーと……」
こんなに歯切れの悪いスパーダは初めて見る。普段あんなにズケズケとモノを言うあのスパーダがこんなに言いあぐねるなんて、一体、何を言おうとしているのだろうか。再び沈黙の時がやってきて、わたしは彼が口を開くまでただひたすらじっと待つことにした。
「……オレ、と、さ……」
「…………?」
スパーダはすぅっと深呼吸をした。
「全部片付いたら、オレと、二人旅でもするか?」
「…………!?ふ、ふふふ、ふ、二人旅っ!?」
「うわっ!うるせェなァ!耳元で大声出すんじゃねェよ!」
「…………!?」
言葉を返そうにも、驚きのあまり全く声にならない。ぱくぱくと口だけが動いている。さながらアシハラで見た魚のように。スパーダもぷっと笑って、魚みてェ、と呟いた。
「び、びっくりしたの!」
「お、マジだ。敬語抜けてら。」
「かっ、揶揄わないでください!」
「ふあ……ダメだ、オレ、寝る。」
「えっ!?ちょ、ちょっと!」
スパーダは大きな欠伸をかいてすくっと立ち上がると、毛布はちゃんと返しとけよ、と残してそそくさと逃げるようにカマクラを出て行った。駆け抜けること雷光の如し、とはまさにこのことかと言うほど素早い動きだったけれど、一瞬見えた彼の耳が燃えているかのように真っ赤だったのをわたしは見逃さなかった。こんな寒いところで長らくわたしに付き合ってしまったせいだろう。明日、ちゃんとありがとうとごめんを伝えよう。とりあえず気持ちが落ち着くまでここでゆっくりしよう……
「あー……やっぱガラにもねェこと言うもんじゃねェわ……耳、熱っつ……」
翌朝、わたしは彼と顔を合わせて開口一番、こう告げた。
「スパーダ、昨日はありがとうございました。でも、ごめんなさい。」
ちがう、そうじゃない
「……!?ご、ごめんだァ!?」
「は、はい……あんなに耳が赤かったので、寒い中悪いなぁって……」
「……そっちかよ!いや、違ェ!そうじゃねェ!」
「えっ?」
「耳は恥ず……じゃねェ!いや、今のごめんはダメだろ!オレはてっきり断られたのかと……」
「あっ、ち、違います、そうじゃなくて……」
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