はじめまして


痛い、痛い。
動けば脚に引っ掛かったギザギザのハサミが食い込んでくるから動くこともできない。人間の手の使い方にうまく慣れてないせいで外すこともできない。


家族に黙って巣穴を出るんじゃなかった。生まれてからずっと巣穴の中でしか遊んだことがなくて、外の世界はずっとずっと私の憧れだった。私達、ヒューマンラビット族は生後10ヶ月くらいたつと人間に変身することができる。人間の世界でいう個性ってやつだと人間化と呼ぶらしい。そして、今日はその生後10ヶ月目で、人間年齢に換算したら15歳くらい。ついに私も人間化ができるぞ、と浮かれて外に出たらこのザマだ。


幸いヒューマンラビット族は人間と同じ言葉を喋るから大きな声で救けを呼べば誰かが来てくれるのかもしれない。だけど家族に見つかれば黙って外に出たことで大目玉を喰らってしまうし、人間の世界には狩人といってウサギの毛皮を剥ぐのを仕事にする人もいると聞く。しかしこのままだと誰にも見つけてもらえずここで飢え死にしてしまう。耳がしゅんと垂れて、赤い瞳にはだんだん涙が溜まってきて、もう大声を上げてしまおうかと思ったその時だった。


「そこに誰かいるのか?」


ガサッと草むらが動いて男の声がした。このあたりのヒューマンラビット族は私達だけ。私が知らない声ならこれは人間の声だ。どうしよう、助けを求めてみてもこれが狩人だったら私はこれから……嫌だ!絶対嫌だ!


自分でギザギザのハサミを外そうとしてもどんどん食い込んでとうとう血が出てきてしまって、思わず痛いと言ってしまった。手で口を塞いだけどもう遅い。ガサガサという音は近づいてきて、草むらからは燃えるような赤色と氷のような白色を半々に分けた髪色の男の子が出てきてしまった。見た感じ、話に聞いた銃やナイフという武器を持っていないため、きっとこの人は狩人ではないはずだ。


「あの、脚、これ……」


モノを考えることはできても、発声器官がまだ成熟してないせいで思っているように上手く言葉を喋ることができないのが歯痒い。けれどもこの不思議な髪色の人は私の言葉を聞く前にすぐに脚のハサミの仕掛けを解いてくれた。なんて優しくて素敵な人なんだろう。


「取れたぞ。……ケガしてるな。」

「平気、すぐ、なおる。」

「血が出てる。動くな。」


男の子は背負ってた鞄からボトルや布を取り出した。これはなんだろうと思って興味津々で眺めていたら、男の子が私の脚をそっと掴んだ。あまりにも冷たくて思わずひゃっと声が出た。


「悪い。あと、少し滲みるぞ。」

「う?……いだいっ!やっ!」

「暴れるな。もう終わる。」


思わず前歯で噛み付いてしまうところだったが、命の恩人に攻撃なんて絶対にしてはいけない。男の子は滲みる水で傷口を洗ってくれて、白い布をくるくると巻いてくれた。立てるか、と聞かれてすくっと立ち上がったら少しだけ痛かったけど普通に歩いたり跳んだりできそうだ。


「ありがとう!」

「気にすんな。けど、その服……お前、雄英の生徒なのか?」

「ゆーえー?」

「……違うのか?まぁいいか。気にすんな。」

「わかった。気にしない。」

「……?俺は轟 焦凍。お前、名前は?」


名前。そういえば先月、お母さんが、もうすぐ人間に変身できるようになるからその時の名前を考えておきなさいと言っていた。人間の名前は上の名前と下の名前があるとか。私のウサギの時の名前はユキだ。家族はみんな、ウサギの時の名前を漢字という文字にして、そのまま下の名前にしていると言っていた。私もそうすれば良いだろうと、すぐに上の名前を考えて、目の前の男の子に告げた。


「わたし、真白 雪。」

「真白 雪か。真白、お前、何歳だ?」

「じゅっ……じゅうご。15さい。」

「同い年なのか?でも、俺、学校でお前のこと見たことねぇぞ。そんな耳、一度見たら忘れねぇと思うんだが……」

「服、借りた。わたしの、違う。」

「ああ、そういうことか。じゃあ知らなくて当たり前か。なんかワケありなんだな。」


私の着ている服は目の前の……轟焦凍の着ている物に瓜二つだ。きっと、彼が通う学校というところではみんなこの服を着ているんだろう。私達ウサギは人間の学校には通っていないけど、先生というものは存在していて、きっちり勉強は教わっているからそれなりに学力は伴っていると思う。ただ、話し方がコレなだけで。


彼は私のことをジロジロ見ている。もしかして本当はウサギであることがバレたんだろうか。だとしたらそれは非常にまずい。ヒューマンラビットはすごく珍しい種族で、その肉や毛皮は人間の世界ではすごく高く売れると聞いたことがある。まさかこの人が私を助けてくれたのは…………


ぷるぷると身体を震えさせていると、彼は何を思ったのか、左手をそっと私の右肩に乗せてきた。すると右肩がじわーっと温かくなってきた。


「あ、った、かい……」

「お前の個性、ウサギだろ?俺、半冷半燃。右で冷やして左で燃やす。震えてたから寒いのかと思って。」


なんて優しい人なんだ、こんな人を一瞬でも疑った自分が恥ずかしい。耳がしゅんと垂れて、きゅーと情けない声が出てしまった。すると、彼は目を細めて優しく笑ってくれた。それから、その笑顔を見た途端に私の耳がピンッと伸びたもんだから、彼は小さく吹き出してそっぽを向いて笑いを堪えていた。


震えが止まると、彼は手を離して、俺は帰るけどお前は?と尋ねてきた。私も巣穴に帰りたいけど彼が見てる前でウサギに戻るわけにはいかない。とはいえ山奥に人間が入って行くのもまずいだろう。返事に困っていると、彼はポケットから出した四角いパネルのようなものをちらりと見て、悪い、時間だ、と言って私の前から走り去って行ってしまった。


その日の晩、勝手に外に出ていたことがバレていた私は案の定家族から大目玉を喰らった。脚に巻かれた布を見たみんなから事情を聞かれて、包み隠さず話したらさらに大目玉を喰らってしまった。もしヒューマンラビット族がここに住んでいることがバレたら私を一族から追放して、私を置いてみんなは巣を引越さなくてはならないと言われて初めて事の重大さに気づいた。涙が溢れてきて、ぐしぐしと顔を擦っていたら、一番歳の大きなウサ婆様がゆっくりと口を開いた。


「その男が黙っててくれるとは限らない。いいかい、ユキ、お前は今すぐその人のところに行って、みっつ恩返しをしてきなさい。恩返しが終われば、この三つ葉のクローバーが光る。それをどうにか彼の食事に混ぜて食べさせるんだ。そうすれば彼の記憶からヒューマンラビットのこと、つまりお前のことがきれいさっぱり消えて無くなる。それができなきゃお前を一族から追放して、我々は巣の引越しをする。いいね?」


私は顔を擦りながら頷くと、ウサ婆様からいろんな約束事をくどくどくどくどと聞かされて、全部理解したところで三つ葉のクローバーを受け取った。そして、一目散に巣穴から駆け出して行ったのだった。





はじめまして




そういえば彼はどこに住んでるんだろう……
それに、さっきの約束事……人間の私とウサギの私が同じ個体だって気づかれたらダメだって……それが一番難しそうだなぁ……





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