付き合うということ


ベースが人間になってしまったからだろうか、最近きゅーと鳴くことがあまりなくなってしまった。だがあまりにも突然驚いてしまった時にはどうしてもこの鳴き声が出てしまうのだ。


「きゅうううん!!ショート!怖い!」

「落ち着け、ただのカラスだ。」

「カラス、怖い!怖くないカラス、トコヤミと黒影ダークシャドウだけ!」

「……お前、カラスが苦手なんだな。」

「きゅー!早くお部屋戻る!怖い!」

「わかった。けど、服は引っ張らないでくれ。」

「こっち?」

「ああ。」


服の袖を引っ張ったら咎められてしまったので、ショートの温かい方の手をぎゅっと握った。待てと言われたあの日からショートは少しおかしい気がする。前から私のことを一番可愛がっていてくれていたのは周知の事実だが、ここ最近はそれが顕著に増大した。というのも、朝も、昼休みも、放課後も、夜も、いつもいつもショートが私を離さないのだ。しかも前までは誰と喋ってても優しい顔をしていたのに、最近私が男の子と話すと不機嫌そうな顔をしている。ワカメに相談しても不機嫌そうには見えないけど、と一蹴されてしまって、私の勘違いなのかと思ったりもしたが、モモは勘違いではないと太鼓判を押してくれた。なぜなら彼は、自分の不在時に私が男の子と話をしていたら誰と何を話していたのか教えてくれとモモに頼んでいたからだ。


ショートは私のことが嫌いだから、彼の好きな友達と私が仲良くするのが嫌なのだろうか。ぽろぽろ涙をこぼしながらモモにそう言ったら、決してそんなことはありませんわ、むしろその逆ですわ!と力強く言ってくれた。


ショートと一緒に彼の部屋に入った。彼は宿題をし始めたので、私は大人しくコーダに借りた本を読み始めた。今日は海洋図鑑という本で、見たことない海の生き物をたくさん知ることができてとても楽しい。特にこのシャチというかっこいい魚は世の中のヒーローという仕事をしている人にも仲間がいるらしくて、私も見てみたいと思う。本を見ていたらフッと影が差し込んだ。きゅ?と声を漏らして後ろを振り向くと、なんだか苦しそうな顔をしたショートが立っていた。


「ショート?どこか痛い?」

「いや……その本誰から借りた?八百万か?」

「んーん。コーダだよ。」

「……そうか。」


コーダの名前を出したらもっとショートは苦しそうな顔になった。コーダと仲が良くないのだろうか。命の恩人にこんな顔をさせてしまって申し訳なくなってしまって、私はお腹が痛くなったと言って、ショートの部屋を後にして自分の部屋に逃げ帰った。それからは普通に一人の時間を過ごした。


翌日、いつも通り授業があって、昼休みにショートが私に食堂へ行こうと声をかけようとしたときだった。


「真白さん!あの……少しいいですか?」


知らない男の子だ。


「私?うん!いいよ!」

「ユキ、あいつ誰だ。」

「わかんない!でも、怖くない人。」

「心配だから俺も行く。」

「いいえ!ダメですわ!轟さん、他人の勇気を踏みにじってはいけません!」

「……わかった。」


こうして私は男の子と一緒に校舎の裏に歩いて行った。どうしてこんな離れたところまで来たんだろう。男の子の足はまだ止まらない。


「ねえ、ここじゃだめなの?お昼ご飯、食べたい。」

「あっ、そ、そうだよね。ごめん、じゃ、この辺で……あのさ、真白さんって、轟と付き合ってるの?」

「んーん、違うよ。」

「じゃ、じゃあさ……俺、真白さんのこと、好きなんだけど、良かったら、付き合ってくれない……?」

「どこに?お昼ご飯?」

「い、いや、そうじゃなくて、彼女に、なって欲しいんだ。」

「そういうの、わからない。私、ショートに聞いてくる。」

「えっ!?えっと、轟とはどういう関係なの?」

「カンケイ……命の恩人。優しい。だから、ダイスキだよ。」

「片想い、ってこと?」

「カタオモイ……肩は重くないと思うよ。お腹空いたから、私、食堂行く。」

「えっ!?あっ、ちょっと……」


あの人の話はよくわからなかった。けれど、なんだかすぐにショートに会いたくなった。私は食堂へと急いで行った。途中でイーダに廊下は走るなと怒られてしまった。謝ってちゃんと歩いたら良い心構えだと褒められたから今度からは歩こうと思う。食堂に行ってすぐにモモを見つけたけれどショートの姿はない。モモに聞いたらショートは私が心配だからとご飯を食べたらすぐに出て行ってしまったとのこと。私もすぐにご飯を食べて、ショートを探しに急いで食堂を出た。今度はちゃんと早歩きで。





教室に戻ってもショートはいなくて。どこにいるんだろうと思ったら遠くから悲鳴が聞こえた。悲鳴がした方へ早歩きで行ったら、さっきの男の子とショートが掴み合いになっていた。


「付き合ってもないなら真白さんのこと束縛するなよ!」

「お前に関係ねェだろ。」

「彼女はお前のこと大好きだって言ってたぞ!」

「知ってる。」

「じゃあお前はなんなんだよ!知ってて付き合ってもない癖に彼女を独り占めしてんだろ!?そんなの彼女が辛いだけだろ!」


そう言われたショートは目を見開いて、珍しく大声を出した。


「お前に……お前に何がわかるんだよ!!俺だって……俺だって辛えんだ……」

「わ、悪かった……」

「いや、俺の方こそ悪い。けど、ありがとな。お前のおかげで、何となく、はっきりした。」

「……何がだ?」

「こっちの話だ。あと、ユキは俺のだから誰にも渡さねェ。」


ショートと男の子は互いに悪かったと謝りあって、ボソボソ何か話し合っていたけど聞こえなかった。教室の周りに人が沢山いたけど、ショートはすぐに私を見つけてこっちへ一目散に歩いて来た。


「ユキ、ちょっといいか。」

「うん?いいよ!」

「ついて来い。」

「うん!ついて行く!」


ショートは少し早足でどんどん階段を登って行く。こっちには行ったことがないから少し心がワクワクする。一番上の階についたら重たそうなドアがあったけど、ショートはひょいっと開けてくれた。


「ここ、どこ?」

「屋上。建物の一番上だ。」

「オクジョー……覚えた。」

「ユキ。」

「うん?……今、外だけど、いいの?」

「ああ。もう、いいんだ。来い。」

「きゅー!ショート、ダイスキッ!」


ショートは両腕を広げてくれた。ウサギの時にいつもこうしてくれていたからわかる、これは抱きついてもいい時の合図。私はショートに思いっきり抱きついた。ウサギの時に抱っこしてくれるのも好きだが、やはりこうして人間の姿で抱きしめ合うのが一番好きだと思う。けれどショートはすぐに私を少し離してしまった。嫌だったのだろうか。


「ショート?やっぱりダメ?」

「ユキ……俺、お前のこと、好きだ。」

「私もダイスキ!」

「……お前はなんで俺のこと好きなんだ?」

「うーん、命の恩人で、いつも優しくて、そばにいてくれて、あったかくて、いい匂いがするから。」

「そうか……じゃあ……例えば、俺が今みたいに八百万を抱きしめたらどう思う?」

「うーん……なんか、ヤダ。モモじゃなくて私を抱っこしてって思う。」

「常闇や緑谷が八百万を抱きしめてたらどうだ?」

「トコヤミとワカメは別にいいよ。」

「そうか……」


ショートの言いたいことは難しいのか、一生懸命受け答えをしているけれど、よくわからない。けれど今日は無言の意思疎通ができたようで、彼はもう一度私を抱きしめながら言葉を続けてくれた。


「待たせて悪かった。ハッキリ言う。」

「わかった。聞く。」

「……俺は、お前のこと、最初はペットみてえに思ってた。けど、一緒にいて、人間だったらって思うようになって……最近、ウサギにこんな感情持つなんて、ってすげえ悩んでた。八百万にも、緑谷にも、他にもいろんな奴に相談した。」

「……結局、どうなったの?」

「ハッキリ言うっつったのに長くなっちまったな……俺は、お前が、好きだ。一人の人間として……女として、好きだ。ユキ、お前は俺のこと、男として見てくれるか?」

「ショートは男の子だよ。」

「聞き方が悪かった。俺は、誰にもお前をとられたくねェ。お前はどうだ?俺を八百万や麗日にとられてもいいと思うか?」

「ヤダ。」

「……付き合うっつーのは、お互いがお互いのもんになるってことだ。だから、俺と付き合ってくれるか?」

「そうなの?じゃあ付き合う。ショート、ずっと一緒にいる。私、ショートのもの。」

「……ああ。ずっと、一緒だ。」


ショートは私の目を手で覆って、私の唇に自分の唇を重ねてきた。それはとても柔らかくてあたたかくて、私は人間になってから今までで一番心臓がどきどきと早く動いているのを感じた。ショートの手が離れて目を開けたら、彼は初めて出会ったあの日のような、目を細めた優しい笑顔をしていた。





付き合うということ




「ショート、付き合うなら外で抱きついてもいいの?」

「ああ。でも抱きつく前に一応ひと声かけてくれ。ダメな場合もある。」

「わかった!じゃあ今みたいなのは?」

「……それは俺からする。お前がしたくなったときは、まあ、またいずれ教える。だからさっきみたいなのはしばらく俺からな。」

「わかった!ショート!ダイスキ!」

「ああ、俺も好きだ。」







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