一階でショートと一緒にモモの紅茶を飲んでいたら、サトーがクッキーを焼いてくれた。夢中で齧り付いていると、ショートが見たことのない女の子に呼び出された。ちょっと行ってくる、と言われて、私はクッキーを頬張りながら行ってらっしゃい!と送り出した。
暫くすると、ブドウが凄い勢いで私のところに走って来た。ブドウはとても息切れしていたから、持っていた紅茶のボトルを差し出すとゴクゴクと勢いよく飲み干して、すごく大きな声で私に話しかけて来た。
「真白!と、轟がっ!普通科の女に告られてたぞ!」
「コク……?サトー、どういうこと?」
「えっ!?あー……つまり、その女子は轟に好きだっつったんだと。」
「そっか!うん!私もみんなもショートダイスキ!」
「いや、そーじゃねーよ!つ、付き合ってくれっつって、と、轟が、考えさせてくれって言ってたんだよ!」
「な、何ィ!?」
「……えっ?」
最初はなんとも思わなかった。しかし、ブドウの話を聞けば聞くほどその意味を理解した。つまり、ショートは、別の誰かと、付き合うのを考えている、ってこと……?
「きゅー!そんなのやだ!ダメ!絶対!なんで!?ショート、どこ!?」
「お、落ち着け真白!」
悲しくて辛くて苦しくて、涙がぼろぼろと溢れて来た。口の中の甘いクッキーがとてもしょっぱく感じる。すぐにショートを探しに行きたくて立ち上がろうとしたけれど、サトーの腕が腰に巻きついてきて、どさっとサトーの膝の上に座らせられた。
「サトー離して!きゅー!」
「うわっ!痛ててて!おい、噛むなって!」
「きゅー!ダメ!絶対!やだ!」
「おい峰田!お前テキトーこいてんじゃねーだろーな!?」
「オイラ、嘘は言ってねーぞ!本当に見たんだからな!」
「何をだ?」
「うわっ!?轟っ!?」
いつのまにかショートが戻って来ていた。彼は私の顔を見るなり、ぎょっと目を見開いてすぐにサトーの隣に腰掛け、私は思い切り引き寄せられてサトーの膝から離され、彼に抱き締められてしまった。誰に泣かされたんだ!と大きな声で問いかけられて、袖で目をゴシゴシと擦られた。別の誰かと付き合うなんてことを考えているくせにこんなことをするなんて……こういうの、確か、この前読んだ本に書いてあった気が…………!
「思い出した!フテーコーイ!」
「……は?」
「ショート!フテーコーイだよ!」
そう言うとショートの眉間にシワができた。私はショートから離れてサトーの後ろに隠れたのだが、眉間のシワはもっと深くなった。
「そ、そんな睨むなって!俺は別に何も……」
「……ユキ、砂藤の方が好きなのか。」
「サトーはスキ!でもショートはダイスキ!」
「じゃあこっち来い。」
「やだ!フテーコーイ!ダメ!絶対!」
そうだ、不貞行為だ。確か意味は浮気という意味だったはず。こっちに来い、やだ、このやりとりを何度か繰り返していると、そろりそろりと逃げようとしているブドウに気が付いた。
「ブドウどこ行くの!?」
「ヒィッ!オイラは関係ねーだろ!」
「ある!ブドウが言った!ショート、別の女の子と付き合うって!」
「……は?」
後ろからぼうっと大きな音がした。驚いて勢いよく振り向いたら、左半身がメラメラと燃えているショートがいた。以前テレビで見たオヤジの炎にそっくりだ。ショートにオヤジの話をしたらぶすっとするから絶対言えないけれども。
「峰田……お前、また……」
「ち、違ェよ!も、元はと言えばお前が……!ほら、さっき女子に告られて……!」
「……何の話だ?」
「と、惚けんな!お前、真白がいながら他の女子に付き合ってくれって言われて考えとくって返事したろ!?」
「は?それは違うぞ。」
「えっ?違うの?あれっ?」
「……そういうことか。ユキ、ちゃんと説明するから、聞いてくれるか?」
ショートは両腕を私の方へ真っ直ぐ伸ばしてきた。どうしよう、と小さく呟いてサトーを見上げたら、行ってやりな、と言われて。私だって本当は行きたい。ダイスキなショートに跳びつきたい。でも、でも……
「フ、フテーコーイ、言ったの、怒って、ない?」
「怒ってないから来い。ほら。」
「きゅう……でも……」
「……後で林檎食べさせてやるぞ。」
……林檎!?
「きゅーっ!ショート!ダイスキーッ!」
「うおっ、危ねえ。」
ショートにぴょんっと跳びついたらソファが少し後ろに傾いてしまった。なんとか転ばずに済んだが、椅子やソファに座っている時は跳んでひっつくのはダメだ、と注意されてしまった。耳をしゅんと垂れさせて、ごめんね、と呟いたら、次から気をつければいい、と頭を撫でてくれた。
「ねぇ、ショート。お話、聞く。」
「ん。さっきの女子が好きなのは俺じゃねェ。お前だ、ユキ。」
「……私?」
「あぁ。俺が飼ってるウサギが可愛いっつっててな。ほら、まだお前が昼間にウサギだった頃、教室に女子が何人も遊びに来てお前を抱いてたことあっただろ?」
「うん、覚えてる。」
「その中の一人が、自分も部屋にウサギを飼いたいんだと。」
「……それで?」
「今度担任に許可をもらいに行きたいから、ウサギを飼ってる俺がどうやって許可をもらったのか気になるから、一緒に行って口添えしてくれだと。」
つまり、先生のところに行くのに付き合え、ってこと?そういうこと?
「……付き合うの?」
「いや、それはわかんねェ。あの女子にとってユキはただのウサギだが、俺にとっちゃ大切な彼女だ。付き添って口添えなんかしたらお前をペット扱いしてるみてェでなんか嫌だ。それに、口添えも何も相澤先生はお前を人間として扱ってくれてるしな……」
「……ショート、私のことスキ?」
「……ここで言わなきゃダメか?」
「ダメ。」
「……好きだ。」
「きゅー!私もダイスキ!」
ショートにぎゅーっと全身で抱きついて、彼の首元にすりすりと頬擦りをしたら、背中をぽんぽんと叩いてくれた。ショートはあったかくて、良い匂いがして、一緒にいるととても安心する。
「フテーコーイ、ダメ!絶対!」
「ああ、絶対しない。だからお前もしないでくれ。」
「してないよ?」
「砂藤に抱きつかれてたろ。」
「あ、あれは違ぇって!真白が早とちりしたのを止めようとだな……!」
「ユキ、そうなのか?」
「うん、サトー、止めてくれただけだよ。私、みんなのことスキだけど、男の子はショートだけダイスキだよ。」
「……ならいい。」
「きゅー!フテーコーイ、ダメ!絶対!」
「ああ。ダメ、絶対、だ。」
サトーはほっと胸を撫で下ろしていた。やっぱり不貞行為なんてなかったのだとようやく安心した私は、耳をぴんっと真っ直ぐ伸ばして再びショートの首元にすりすりと頬擦りをした。私の髪の毛や耳がくすぐったいみたいで、あたたかい方の手で頭を髪や耳をおさえる様にぽんぽんっと撫でられた。彼は少しだけ目を細めて、いつもの優しい笑顔を浮かべてくれた。その顔を見た砂藤は目を満月みたいにまん丸にして驚いていた。
ぎゅーっと抱きついたままでいたら、林檎の用意をして部屋に持って行くから先に俺の部屋に行っといてくれるか、と言われて、私はぴょんぴょんと軽くスキップをしながら先にショートの部屋へと向かったのだった。
ダメ!絶対!
「ふぅ……何はともあれ無事解決して良かったぜ……」
「砂藤、世話かけた。悪い。」
「本当だよ!全く、轟、紛らわしいったらねーぜ!」
「……峰田、お前がユキに余計なこと言ったからユキが泣いたんじゃねーのか?」
「……えっ!?い、いや、オイラは別にそんなつもりじゃ……」
「……次に余計なことしたら燃やす。」
「も、燃やす!?つ、ついに左を……じゃねェ!それ本気ってことじゃねーか!」
「焼きブドウ……」
「おい砂藤!リアルなこと言うんじゃねー!や、やめろよマジで!ダメだからな!絶対ダメだからな!」