ここは人間の学校で、ショートもその友達もみんな学校に住んでいるらしい。人間とは勉強がそんなに大好きなのだろうか。色んなことを知れるから勉強は楽しいけれどさすがに学校に住むのはやりすぎだと思う。私はショートの膝の上。左手で毛並みに沿ってさわさわと撫でてもらっている。温かくてとても気持ちがいいけれど、女の子の声がしてピタッと動きが止まってしまった。
「あら、轟さん。そのウサギさん、どうしましたの?」
「拾った。」
「真っ白で綺麗ですわね。」
褒めてくれたからこの女の子はいい人に違いない。私がじっと彼女を見つめて首を傾げたら、目を輝かせて、まぁ可愛い!と褒めてくれた。その声で他の人たちもたくさん集まってきた。この教室には面白い人がたくさんいる。タコ、サル、カエル、カラス………カラス!?カラスは私達ヒューマンラビットの天敵だ!何故こんなところに、しかも二足歩行のカラスがいるんだ!?あまりの怖さに身体がブルブル震えてしまう。
「寒いのか。悪い。すぐあっためる。」
「私が毛布を出して差し上げますわ。」
「頼む、八百万。」
この女の子はヤオヨロズというのか。彼女は服のボタンを外すとその身体からフワフワと暖かそうな毛布を出してくれた。なんとも不思議な力だ。これも個性という奴なのだろうか。私はヤオヨロズに頭を下げて、すぐに毛布に包まってカラスから姿を隠した。毛布の外でヤオヨロズや他の人達が可愛い可愛いと連呼しているのがくぐもって聞こえた。しばらくして毛布からひょこっと顔を出したら、ワカメみたいな頭の人と目があった。ワカメは驚いてショートの机に足をぶつけて、ショートの筆箱の中の物が落ちてしまった。私が驚かせてしまったせいだから、ワカメが落ちた物を拾う前に私が素早く先に拾い集めて焦凍に差し出した。
「きゅー。」
「お、ありがとな。」
「ご、ごめんね轟くん!」
「いや、大丈夫だ。気にすんな。」
「きゅっきゅ!」
そうだ。ショートの役に立つのは私だ、ワカメの出る幕はない。モゾモゾと毛布に包まり、背負った袋を下ろして中をチラッと覗き見る。うん、クローバーの光は一枚分。ウサ婆様の言った『相手が求める頼み事をきいてあげればいい』というのは文字通りなのだ。つまり、ショートが口にした願いを叶えることでクローバーが光るということ。逆に言えば、ショートが願いを口にする前に恩返しをすればクローバーは光らずじまい。
私の任務は一刻も早くクローバーの葉を三枚光らせて、ショートの口に運び、私の記憶を消すことだ。けれども、私の心は相反してこの人と離れたくないと叫んでいるのだ。一度ならず二度までも命を救ってくれたこの人の温かい心にどうしようもなく惹かれてしまっている自分がいるのだ。私は、ウサギになれる人間じゃなくて、人間になれるウサギで、人間のショートとウサギの私が対等になれるとは到底思えないが……なんて難しいことをあれこれと考えていると、人間の先生がやって来たようで、ヤオヨロズもワカメもみんな席に着いた。けれども目の前にはカラスがいる。油断はできない。
……カラスに気を張ったまま私も人間の授業を聴く羽目になったけれど、なかなか興味深いことが多い。特に国語というのはためになる。話の中からいろんな言葉や感情を知ることができる。
昼休みになるとショートは私を図書室へ連れて行ってくれた。巣にも多くの本があったが、当然ここにあるものは初めて見るものばかりで。私が目をキラキラ輝かせていると、彼は、授業中構ってやれないから本でも読むかと思って、と言ってくれた。言葉がわかるのを知ってくれているからか彼は親切にしてくれる。命を救ってもらった上にこのような気遣いまでしてくれるとは。なんて温かな心の持ち主だろうか。やはり記憶を消さなくても私のことを誰にも言わないでおいてくれる気がする。そもそも気付かれていないのだけれど。
私が一冊適当に気になった本を指差すと、焦凍がそれを借りてくれた。彼に抱かれて教室に戻ると、再び生徒達が集まって来て、ヤオヨロズは私を抱きたいと言っている。
「どうする?」
「きゅっ。」
私は首を縦に振った。
「まあ!人の言葉がわかるんですの?なんて賢いウサギさんですこと!」
「ユキっつーんだ。」
「ユキさんとおっしゃるのですね。私、八百万 百と申しますわ。」
ヤオヨロズはモモという名前なのか。モモは私を優しく抱きしめてくれた。時折おやつの時間に出される西洋の茶葉の香りがして、私はモモのことがすごく好きになった。モモに擦り寄るとモモは更に私を可愛がってくれたが、あまりにも抱きしめられすぎて少し苦しい。
「きゅうっ……ぎゅ……」
「おい、八百万。ユキが苦しがってる。」
「あら!申し訳ございません!大丈夫ですか?」
「きゅっ、きゅ!」
モモは良い匂いがして優しいけれど、力が強い。覚えておこう。
それからの授業もしっかり聞いた。英語という新しい言葉にはとてもワクワクした。ショートの部屋に戻ると、ショートは私を抱えて買い物に出かけた。私が言葉を話せないからか、彼がこれから何をするかを逐一説明してくれるのがとてもありがたい。どうやらホームセンターというところで、私の住処や生活用品を買ってくれるらしい。なんとも親切な。ご飯はニンジンでいいかと聞かれたが、野菜ならなんでも好きだからとりあえず肯定しておいた。
部屋に帰るとショートは私をお風呂に入れてくれた。お湯の温度もわしわしと洗ってくれたのもとても心地よかった。ドライヤーもしっかりとかけてくれて、私の毛並みはまるで売り物のように艶々になった……まさか毛皮を剥いで売るためでは、なんて一瞬だけ思ってしまったのは秘密だ。
「ユキ、こっち来い。」
ショートが椅子に座って膝の上をぽんっと叩いたので、私はすぐに飛び乗った。温かい手でさわさわと撫でてくれるのが心地よい。
「ユキ、頼みがあるんだ。」
私はどきっとした。頼み事をされるということはショートの願いを叶えること、つまり恩返しとなってクローバーの葉が一枚光るということだ。けれども、私が先に察して恩返しをしてしまえば光らないわけで。どきどきしながら次の言葉を待っていると、ショートは一冊の本を取り出した。
「コレ、八百万から借りて……」
モモの名前が出た。つまり、コレをモモに返してこい、ということだろうか。これをふたつめの恩返しにしてなるものか、と私は本をすぐに奪い取って、任せろと言わんばかりにきゅっと鳴いて、ジャンプして部屋の扉を開けて一目散に駆け出したのだった。
「八百万に返してくる間の留守番を頼もうと思っただけなんだが……まあいいか。」
私はショートのことをもっともっと知りたい
まだまだショートと一緒にいたい
ショートを見てると心がワクワクする
この感情がわかるまで、ショートのそばにいたい
なんてことを考えながら走っていたら、ちょうど自室に入るところのモモを見つけた。
「きゅっ!きゅ〜!」
「……ユキさん?おひとりでどうされましたの?あら、コレは私の……」
「きゅ、きゅきゅっ。」
「そういえば轟さんに貸したままでした。持ってきてくださったのですね。どうもありがとうございます!」
「きゅー、きゅきゅ!」
背負った袋を下ろして、そっと覗き込んだら、思った通りクローバーの葉の光は1枚だけ。ふたつめじゃないぞ、これでまだまだショートといられると思うと思わずふんっと鼻息が荒くなってしまい、モモから可愛いとまたしても潰されるように抱きしめられたのだった。
ふたつめじゃないぞ
モモは自室に本を置いてから私をショートの部屋へ送り届けてくれた。そして、他人に返しにこさせるなんて非常識ですわ!とショートにお説教をしていた。私のせいでショートが怒られてしまって申し訳なかったが、後でショートは構わねえ、気にすんなと言って頭を撫でてくれた。