ふたつめ


「ユキ、これ食うか。」

「きゅ?」

「砂藤にもらった。」


ショートの部屋で先週借りてもらった本を眺めて留守番をしていたら、彼は黄色くて丸い物を持って帰ってきた。何だろうと思ってすんすん香りを嗅いでみたらふわ〜っと甘い香りがした。この香りは知っている。クッキー、というやつだ。人間の姿の時に食べたらとても美味しいけれど、ウサギの姿の時はデンプン質が多くてお腹の中で異常が起きる、と先生から習ったことがある。食べてみたいけど今人間になるわけにはいかない。


「きゅー。」

「いらねえか。悪い。」


体調を崩してショートに迷惑をかけるわけにはいかないから首を横に振った。折角の厚意を無駄にしてしまったが、ショートは特に気にする様子もなくクッキーをかじり始めた。サクサクと歯応えの良い音がする。次に人間になったら絶対食べようと決めた。クッキーを食べてしばらくしたらショートは電気を消して布団に潜った。


ここ一週間、ショートと一緒に過ごしてきて、彼が願いを口にする前に先んじることでなんとかクローバーを光らせずにいることができている。昨日はショートが忘れ物をしたことに私が気がついて急いで部屋まで取りに行って運んであげたらすごく褒めてくれて、温かい手でわしわしと撫でてくれたし、夕飯の時はご褒美にニンジンをたくさん食べさせてくれた。彼と一緒にいて彼のことを知れば知るほど、記憶を消したくない、それにここ数日親切にしてくれているモモ達とも一緒にいたい、と思ってしまうのだ。けど、ヒューマンラビットのみんなとも離れたくない。


辛くて苦しくてどうしたらいいかわからなくて。ショートの布団の横に置かれたフカフカの寝床にひとりで丸くなって涙を流してぷるぷる震えていたら突然身体が持ち上げられた。


「寒いのか?」

「きゅ……」

「こっち来い。」


彼は自分の布団に私を招き入れてくれて、温かい方の手で沢山撫でてくれた。手だけじゃなくて心の温かさも身に染みる。やはり私はずっとずっとこの優しい人の役に立ちたい。忠義心、とまでは言わないが、役に立ってこの人が喜んでくれる姿が、初めて会った時のようなあの優しい笑顔をもっともっと見たいのだ。例え、ヒューマンラビットとしての生を失ったとしても。


気づけば眠りこけていたようで、朝、目覚まし時計が鳴り響いてショートと一緒に起きた。彼は素早く身支度を済ませると私を抱えて食堂へ向かった。サラダというなんとも豪華な野菜の盛り合わせを食べさせてもらった。特に瑞々しいキャベツの歯応えが最高だった。朝食を済ませて出発の支度を整えると、再び私を抱えて今度はいつも授業を受けている教室へ。


教室ではいつも通りモモが優しく出迎えてくれた。ワカメは博識で世の中の話を沢山教えてくれるのはとてもありがたい、といっても彼がずーっと話し続けてるだけで教えてくれているつもりはなさそうだが。オチャコやツユチャンも優しくて毎日たくさん話しかけてくれる。女の子が私を抱いていると、ブドウは私に畜生だの羨ましいだのといつも言ってくるから、彼は邪な者に違いない。そのため、いつも前歯をキッと剥いてしまうけれど、悪いやつじゃねえとショートが言っていたからなるべく気をつけている。


しかし、どうしても受け入れられない者がいる。前の席のカラスだ。しかも後ろに目がある種の様で、この前の体育の授業で背後から飛んできたボールをガッチリとキャッチしていたのを見た時は思わず身震いしてしまった。ショートの席にいる私をいつ食べようと常に見張っているのではと恐ろしくなったからだ。またしてもぷるぷると震えてしまったらショートから寒いのかと聞かれた。以前モモがくれた真っ白な毛布に身を包めて震えていたらショートが突然いつも教室に集う人の名前を羅列し始めた。


「爆豪。障子。耳郎。砂藤。切島。芦戸。常闇。せ……常闇。」


トコヤミ。それがカラスの名前だ。カラスの名前を聞いただけでより一層身体はガタガタと震えてしまう。怖くて怖くてたまらない。私は知っているのだ。昔、見てしまったのだ。カラスがヒューマンラビットの仲間を食べてしまったのを。カラスは怖い、私も、食べられてしまう、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ。


「きゅ、きゅうぅ〜!!」


私は毛布から飛び出してショートにしがみついた。怖い!嫌だ!助けて!、そんな気持ちを込めてきゅうきゅうと鳴いてぼろぼろと涙をこぼしたらショートは何を思ったのか私を抱きかかえてカラスの真横に立ったのだ!何で!?どうして!?私のこと嫌いなの!?ショート!?


「ユキ、お前は真っ白で小さいウサギだから、真っ黒でデカい常闇が怖いんだろ?」


理由は見当違いだが、トコヤミが怖いというのは間違いない。トコヤミだけでなく、トコヤミから出てる魔物も怖いのだけれど。肯定する様にこくこくと首を縦に振るとショートは言葉を続けた。


「ユキ、常闇は良い奴だ。常闇とも仲良くして欲しい。ちゃんと見ろ。見なきゃわかんねえこともある。」

「きゅうう〜!きゅう!きゅっ!」


目をギュッとつむってイヤイヤと何度も首を横に振った。シーンとしてしまって、そっとショートの顔を見たら少し悲しそうな目をしている様な気がした。首を振るのをやめて、きゅうん……と小さな声で鳴いたらショートはもう一度口を開いた。


「ユキ、頼む。友だちを無意味に嫌われるのは辛い。常闇も正直辛えと思う。ユキ、いつも常闇に敵意剥き出しだからよ。」

「きゅ……きゅう……」


そっとトコヤミを見ると、確かに少し悲しそうな顔をしていた。おまけに魔物も手を合わせてバツが悪そうだ。もしかして、トコヤミは良いカラスなのかもしれない。私はショートの腕からぴょんと降りて、トコヤミの机に乗った。恐る恐る前足を伸ばしたらトコヤミは懐にサッと手を入れた。まさか私の毛皮を剥ぐ武器を出すつもりじゃ……


「友好の証だ。」

「きゅ……?」


トコヤミはつやつやに輝く林檎を差し出してくれた。紅く瑞々しく光るそれはとても美味しそうで思わず生唾を飲み込んでしまった。トコヤミが魔物に名前を呼びかけると、魔物はそれを小さく切ってくれて、私の口に運んでくれた。しゃくっと齧ると、それはとても甘くて美味しくて。しゃくしゃくしゃくと何度も何度も咀嚼して、魔物は次々に口へ運んで来てくれた。


「美味いか。」

「きゅ!」

「俺はお前に危害を加えるつもりは無い。」

「きゅう……きゅきゅ。」

「気にするな。今日からお前も友だ。」

「ヨロシク!」

「きゅうん!!」


私が謝罪の気持ちを込めてトコヤミと魔物に頭を下げたら、二人ともとても親切に声をかけてくれた。やはり温かいショートの周りの人はみんな温かいのだろうか。人間は見た目だけで判断してはいけない、ということを学ぶことができた気がする。私はトコヤミも魔物も大好きになって、昼休みもトコヤミの机に遊びに行った。彼の手はカラスではなく人間の手で、優しくわしわしと撫でてくれた。


夜、寝床で丸くなっていたらショートは私に今日はよく頑張った、ありがとな、と声をかけてくれて、温かい方の手で沢山撫でてくれた。ショートがお風呂に入っている間、何気なしに自分の袋を開けてみたらクローバーの葉の光は二枚ぶんに増えていた。





ふたつめ




なんで!?どうして!?

今日一日のことを思い返す。



***



「常闇とも仲良くして欲しい。ちゃんと見ろ。」

「頼む。」



***



あっ…………

で、でも、トコヤミも魔物も良い人だったから、今回は、しょうが、ない。

しょうが、ない……



あと、一枚……






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