ずっと一緒に


ショートに抱えられて学校に帰ったら、モモやワカメ達が駆け寄って来てくれた。ああ、私はここにいていいんだ、と痛感させてくれて思わず涙が溢れてしまった。トコヤミが自分のことを怖がっているのかとオロオロしていたのが申し訳なくて、ぎゅっと抱きついたら優しく抱き返してくれた……のだが、すぐショートにべりっと剥がされてしまった。顔を見るとショートは不機嫌そうだった。みんなは気付いてないけれど、私にはわかるのだ。


真っ白な毛は所々汚れてしまっていて、モモがお風呂に入れてくれようとしたのだけれど、またしてもショートに阻まれてしまった。モモが残念がっていたので、明日のお風呂はモモにお願いしようと思う。ショートに綺麗に洗ってもらって、毛を乾かしてもらって、今は彼の膝の上。温かい方の手で優しく撫でてもらうと気持ちが良くて眠くなってしまいそうだ……


「ユキ、起きてるか?」

「きゅ……?」

「……?もうみんないねえから喋っていいぞ。」

「わかった。」

「よく言うことを聞いてくれた。ウサギが喋るなんて知ったらアイツら絶対ここに居座るからな……特に八百万。」

「うん。やくそく、まもった。」

「ああ、偉かったぞ。」

「きゅふふ……うれしい。」


ショートが偉い偉いと言わんばかりにわしゃわしゃと撫でてくれたのが嬉しくて思わず笑い声が漏れてしまった。……少し間が空いて、私はずっと抱えていた二つの疑問のうちの一つを口にした。


「ね、ショート。」

「ん?」

「クローバー、たべた、のに、わたし、おぼえてる、の?」

「ああ……すげえ苦くて、頭ん中ガンガンして……すげえ気持ち悪くて暫く立てなかったけどな。」

「ごめんなさい……でも、わすれ、なかった?」

「最初はボーッとした。でも緑谷が、泣いて出ていくお前を見たっつって、話聞いてたらすぐに思い出して、そっからみんなに手伝ってもらってずっとお前を探してた。」

「きゅうん……ごめんなさい。」

「いや、俺が昨日あんなこと言ったからだ。お前は悪くねえよ。」


ショートはわたしを抱えて立ち上がり、ぎゅっと抱きしめてくれた。強く、だけど、潰れないようにとても優しく。ショートの温かい体温と部屋の畳のい草の匂いがとても心地良くて思わずすりすりと頬擦りしてしまう。再び間が空いたので、ついでにあと一つの疑問も聞いてみることにした。


「ショート、わたしに、おねがい、した?」

「ん?何をだ?」

「……わたし、ショートに、恩返し、来た。」

「恩返し……?」

「ショート、だまってて、ごめん。わたし、人間、なれる。」


私はもぞもぞと動いてショートの手を離れて、あっち向いてて!と言った。ショートが後ろを向いたのを確認してぴょんっと宙返りして人間の姿になって、壁にかけてあった彼の洋服を適当に拝借した。いいよ!と言うとショートはこっちを向いて、とても目を丸くして驚いていた。ショートよりは頭ひとつ分小さいから、ぐっと上を向かなきゃいけないのが辛い。けれどやっぱり彼には私の思いが伝わっているのだろうか、同じ目線になるよう屈んでくれた。


「お前……真白っつったか?いや、ユキの方がいいのか?」

「すきによぶ。山で、たすけて、もらって、ありがとう!」

「そうか、お前が……合点がいった。必死に俺の役に立とうとしてたのはそういうことだったんだな。」

「うん。でも、メーワク、多くて、ごめん。」

「迷惑と思ったことはねえよ。気にすんな。お前は良い子だ。」


ショートはいつものようにわしゃわしゃと頭を撫でてくれた。こんなにもバカで愚かでどうしようもない私を良い子だと言ってくれるのか、彼ほど心の温かくて優しい人は見たことがない、といっても人間の知り合いなんてそんなにいないのだけれども。ショートの手が頭から離れて、もう一度先の疑問を口にしてみると、彼は視線を上にあげて記憶を辿ってくれた。そして、思い出したのだろうか、私の目を見て彼はこんな質問をしてきたのだ。


「ユキ、お前はどうしたい?」

「うん?」

「ここにいてえのか?それともどっか別んとこ行きてえか?」

「……わたし、いて、いいの?」

「お前がここにいてえんなら、ずっと一緒にいてやる。お前が人間ならよかったのにって何度も何度も思ってた。別にウサギが嫌いってわけじゃねえぞ。ただ、同じ目線で物を見たり歩いたり、同じ物食ったり、そういう付き合いもしてえと思っただけだ。」

「……わたしも!そう!思ってた!」

「うおっ、危ねえ。」


ショートの言ってくれたことが嬉しくて嬉しくて嬉しくて、でも何て言ったらいいかわからなくて。自分が人間の姿なのを忘れていつものように思いっきり飛びついてしまった。ショートは少しよろけたけれど、ぎゅっと抱きしめ返してくれた。抱きついたまま話の続きを聞くとみっつめの恩返しについてやっと解明することができた。


ショートはあの夜、私がここにいたいのならずっと一緒にいてやる、と言って、私もショートがいいならずっと一緒にいたいと思っていた。つまり、彼の願いに私が呼応したことになる。確かにクローバーが光る条件としては理に適っているのだ。


ちなみにショートがなぜ私のことを忘れなかったのかについては、今度は私が記憶を辿ることになり、ウサ婆様がくどくど口にした約束事を思い出してハッとした。クローバーを食べさせた人間だけが記憶を失うけど、何か私に繋がるきっかけがあれば思い出してしまうということを。ワカメが私のことをショートに話してしまっていたのだ。最後の最後まで私は詰めが甘かった。やはり10ヶ月といってもまだまだ子どもだということか。一族を守るための任務すら満足に果たせなかったことで、思わずきゅーと鳴いてしまった、その時。


彼は初めて会ったあの日と同じように、目を細めて優しく笑ってくれたのだ。ずっとずっと見たかったあの優しい笑顔。思わず、わぁ……!と声が出て、耳がぴんっとまっすぐ伸びた。するとまたしても同じように、彼はそっぽを向いて笑いを堪えていたのだ。ああ、これだ、この、笑顔。これが私の一番欲しかった物で、私は彼をこんな風に笑顔にしたくてここに来たんだ。彼を優しい笑顔にすること、これが私から彼への本当の恩返しなんだ。


「ショート、きいて。」

「ん?」

「わたし、ショート、ダイスキ。ずっと、いっしょ、いたい。ショート、嫌?」

「……嫌じゃねえよ。お前がいいなら、ずっと一緒にいてやる。」

「ショート、わたし、ダイスキ?」

「……ああ。だから、もう勝手にいなくなんな。」

「ダイスキ?」

「……お前結構頑固なんだな。」

「ねえ!ダイスキ!?」

「…………大好きだ。」

「きゅふふ!やったー!」


もっと力を入れてぎゅうーっと抱きついたらショートもぎゅうーっと抱き返してくれた。ショートの髪の毛が口の中に入って思わずもしゃもしゃと口を動かしたら、食わないでくれ、と注意されてしまった。時計を見るともう寝なきゃいけない時間だったから、ショートと一緒に布団に入ることにした。寝るときは寒いからまた宙返りしてウサギの姿に戻ったらショートは少し残念そうな顔をしていた。きっと他の人が見てもわからないだろうけど私にはわかるのだ。


「おやすみ!ショート!」

「おやすみ、ユキ。」


明日も明後日もその次の日も、ずっとずっとずっとショートと、モモやワカメ達みんなともずっと一緒にいられるんだって思ったら、小さな心臓がトトトトっと早く動いてなかなかうまく寝付けなかった。





ずっと一緒に




「ユキ、おは………」

「……おはようショート。どうし……きゅううう!?」


朝、目が覚めたら私は人間の姿になっていて素っ裸だった。あのショートが顔を真っ赤にして、わ、わ、悪い、と吃りながら私にモモのくれた大きな毛布を渡してくれた。その後ショートがモモを連れてきて、モモがたくさん服を出してくれたのだけれど、裸の女性を部屋に連れ込むなんて!と大きな声で怒られていて、申し訳なかった。けど、ショートはいつも通り、気にすんな、と言いながら頭を撫でてくれた。






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