先日、ショートは朝からモモに裸の女性を連れ込むなんてと怒られて、学校では先生方に外部から見知らぬ者を連れてくるなんてと怒られた。けれどネヅ校長先生はとても良い人……人?まあいいか。良い人で、私のことを受け入れてくれて、寮の空き部屋を譲ってくれた。なんでもヒューマンラビットにかつて恩があったとか。ショートの隣の隣の部屋が良かったけど私が女の子だからということでショートの次にダイスキなモモの隣の部屋にしてもらった。
最初にショートと会った時に着ていた、私が適当に巣穴から引っ張り出した服はこの学校の旧式の制服だったことがわかった。今は新しい物を支給されて、私はA組の教室の一番後ろ、ショートとモモの間のちょっと後ろに席を作ってもらった。授業中静かにしていれば何をしててもいいと言われたので大人しく読書をしている。こう見えても文字はたくさん読めるのだ。喋るのが下手なだけで。
そういえば、私が人間の姿になっている件について。人間の一部を取り入れると月の出ている夜しかウサギに戻れなくなると姉さんから聞いたけど、ショートの前で人間になったあの日、私はショートの髪の毛を食べてしまって。それがきっかけで月夜しかウサギに戻れなくなってしまったのだ。けれども、ショート曰く、ユキはユキだろ、ということなのであまり気にしないことにした。
ちなみに、人間になったら一番したかったこと、それはクッキーを食べることだった。あの日、朝ごはんはサラダを食べたけど、お昼に何を食べたいかと聞かれて、サトウのクッキー!と言ったら、ショートがサトウに頼んでくれてクッキーをお腹いっぱい食べさせてくれた。でも、沢山クッキーを頬張ったらモモから上品にお食べなさいと怒られてしまった。
そして今日は日曜日。授業はお休みで、私はショートとお出掛けをするのだ。朝からモモが沢山準備を手伝ってくれて、とても暖かい服を着せてくれた。今は一階のソファでショートを待っている。……足音がする、この音はショートだ!
「ショート!おはようっ!」
「おはよう、ユキ。準備出来てんなら行くぞ。」
「うん!」
帽子を深くかぶって、ショートと一緒に外に出た。ショートの方が少し歩くのが早くて、まだ二足歩行に慣れてない私はぺたぺた早足で追いかけながら当然の疑問をぶつけてみた。
「どこ、いく?」
「クッキーより美味いもん食わしてやろうと思って。」
「ホント!?やったー!ショート、ダイスキ!」
「おう。わかったから抱きつくな、歩きづれぇ。」
「きゅー……ごめん。」
クッキーより美味しいと聞いてワクワクして抱きついたら注意されてしまった。帽子の中で巻いている耳をさらに畳んで謝ったらショートは温かい方の手を伸ばしてくれた。
「……ほら。」
「きゅ?どうする?」
「手出せ。んで、握れ。」
「こう?……わぁ、あったかい!」
「人間の時に部屋の外で抱きつきたくなったらこうしてくれ。わかったか?」
「わかった!」
なるほど、人間の時に抱きつきたくなったら手を握ればいいのか。また一つ賢くなれた気がする。ショートやモモ、ワカメは毎日色んなことを教えてくれるから、彼等は私の先生だと勝手に認定している。
ショートに連れられて歩いて行くととても静かな店に着いた。何度か寮や学校の食堂でみんなとご飯を食べたから、人間の店のルールはわかるはずだ。ショートがカラカラと音を立てて店の扉を開けて、手を握って一緒に入った。一緒に向かいの席に座って、帽子を取ってすぐに温かいお茶を飲んだ。ちょっと熱いなと思ってフーフーして冷まそうとしたら、よく知ってるなと褒められた。今朝、モモが西洋のお茶……紅茶を飲ませてくれた時に教えてくれたのだ。
ショートがお店の人に食べる物を頼んでくれて、それはすぐにやってきた。淡い無機質な色の紐……うどんという食べ物に似ている気がする。
「ショート、これ、なに?」
「蕎麦。冷たい方が美味いから冷たいやつにした。食ってみろ。」
「たべかた、おしえて。」
ショートは私に蕎麦の食べ方を教えてくれた。ショートはご飯の食べ方が綺麗だからすごく勉強になる。箸の使い方は先の先生方がしっかり教えてくれたからここ数日ですっかり上手になった。箸で蕎麦を取って、つゆにつけて、つるつるとすすって咀嚼してみたら……ホントにクッキーより美味しいではないか!すごい、人間の食べ物ってすごい!
「美味いか?」
「……おいしいっ!すごい!蕎麦!おいしい!」
「良かった。ゆっくり食え。まだ麺に慣れてねえだろ。」
「うん!あっ……お店、しずかにする……」
「お、よく知ってるな。偉いぞ。」
ショートとお出掛けするって言ったら、お店の中ではお静かに、とモモが教えてくれたのだ。ショートに褒められたし、ショートと同じ蕎麦を食べていることが嬉しくて、もっと美味しく感じた。ショートも美味しい?って聞いたら、少し目を細めて、ああ、と返事をしてくれた。嬉しい。それから、蕎麦を綺麗に食べ終わって、ショートがお金を払ってくれて一緒にお店の外に出た。
「ショート、えーと……おいしかった……ゴチソウサマデシタ。」
「美味かったなら良かった。」
「きゅー!ホントに、クッキーより、おいしかった!」
「そうか。また連れて来てやる。」
「やったー!ショート、ダイスキ!あっ、えーと、こっち。」
「おう、ちゃんと覚えてたな。偉いぞ。」
「きゅ!」
抱きつきそうになったけど、今は人間の姿で外にいるからさっきみたいに手をぎゅーっと握ったら、ショートが帽子の上から頭を撫でてくれた。こう見えても私は賢いのだ、ちゃんと習ったことは一回でできるのだ。
ショートと手を握って学校に戻っていると、グレーのウサギ耳の生えた綺麗な女の人が前から歩いて来た。あの色を見ると姉さんを思い出す。じーっと女の人を見ながら歩いていたら、すれ違い様にニコッと微笑まれて、私が着ていた真っ白なコートのポケットに一瞬手を突っ込まれてしまった。
学校の寮に帰って、ショートと一緒に一階のソファに座ってポケットの中に手を入れたら小さくて四角い硬い紙が入っていた。ショートにそのカードなんだと言われてこれがカードというのがわかった。カードにはヒューマンラビットにしかわからない言葉でこう書かれていた。
『ユキ、ショートと一緒にいられて良かったね。大好きだよ。ずっと応援してるよ。姉さんより。』
やっぱり、さっきの綺麗な女の人は姉さんだったのか。一族とのお別れを選んだ私にこんなに優しい言葉をかけてくれるのかと思ったら涙が沢山溢れてきた。クールなショートも私が泣き出したことには慌てたみたいで、どうした、大丈夫か、と沢山声をかけてくれた。今、無性に彼に抱きつきたい。
「ぐすっ……ショート……抱っこ……」
「ん、いいぞ。」
「人間、だけど、きゅうっ……お部屋の、外、だけど、ぐすっ……いい?」
「ああ。来い。」
「……ぐずっ、うぅ。」
「……泣いてもいいぞ。」
ああ、やはり彼の心は温かくて優しくて……ショート、ショート……ダイスキだよ……
でも、同じくらい姉さんもダイスキで……
「うっ、ぐすっ……きゅううううん!!」
「うおっ、危ねえ。」
ショートに飛びついて、ショートの胸に顔をぎゅーっと押しつけてきゅんきゅんと声を上げて泣いたら、ぎゅーっと抱きしめてくれて沢山背中をとんとんと叩いてくれた。いい匂いと温かい体温がとても心地良くて、もっと力を込めてぎゅーっと抱きついたら、ショートももっと強く、だけど優しく、抱きしめ返してくれた。温かくて優しいショート、やっぱり、姉さんよりも、ショートのことが一番ダイスキだよ!!
ダイスキ
「ショート、ダイスキ!」
「ん。」
「ショート、わたし、ダイスキ?」
「おう。」
「ダイスキ?」
「……ああ。」
「きゅー!ダ・イ・ス・キ!?」
「…………大好きだ。」
「きゅー!わたしも、ダイスキ!」