ないものねだり
近頃、高校時代の同級生のヒーロー達のぬいぐるみやフィギュアといった様々なグッズを街で見かけるようになった。この前は仕事の後輩がブラインド商品をコンプリートするまでいろんな店舗を回るのに付き合ってくれとせがんできて5軒も梯子したっけ。でもひとつだけ腑に落ちないことがある。それはわたしの愛しい旦那様がなかなかグッズ化してくれないことだ。みんな色んなグッズがあるのに、どうして世界一かっこいいテイルマンのグッズは供給が少ないのだろう。とってもとっても失礼しちゃう。


ふと時計を見るとスーパーの特売の時間が近づいていることに気がついた。急いでスーパーに向かって、あれやこれやと食材を買い込んでいると、小さな子どもがお菓子コーナーに群がっていた。ヒーローチョコのコーナーだ。確かオマケはシールだったか。どんなラインナップがあるのかチラリと横目で確認したら、なんとテイルマンがいるではないか。子どもたちが立ち去った後、わたしはじぃっとお菓子を見つめてそのうちの1個をカゴに入れた。


帰宅してすぐに、今日も疲れて帰ってくる彼のために夕飯の準備を済ませた。鶏手羽と大根の煮物、ミモザサラダ、鯖の塩焼き、豚汁……うん、今日もたくさん食べてくれるに違いない。もうすぐ彼が帰ってくる。箸を置いたところで、ふと先程のチョコが目についた。そういえば中身を見ていないなとパッケージを開けてみると、なんと中からはきらりと光るテイルマンのシールが。


「きゃあああああっ!!や、や、やったあ!!」

「真っ!?ど、どうしたの!?」


丁度彼も帰って来たようで、わたしの大きな声を聞いて慌ててリビングに飛び込んできた。


「あっ、おかえりなさい!あのね、見て!1個だけ買ったんだけど、テイルマンのシールが出たの!えへへ、嬉しいっ!」

「あ、あぁ、そんな話聞いたような……1回で出たんだ、すごいね。」

「うん!やっぱり運命かなぁ、えへへぇ……」

「可愛すぎ……っと、今日もすごいご馳走だね。いつもありがとう。」

「たくさん食べて栄養つけてほしいから……あっ、ごはんよそうね!」


おかえりなさいのチューをして、彼と向かい合って座って一緒に夕飯を平らげた。彼はいつももりもりご飯を食べてくれるから毎日作り甲斐がある。さて、お風呂や家事を済ませたところで今日もふたりで一緒に大きなベッドに身体を沈めた。そこでもわたしは先程のシールをじぃっと見つめていたのだけれど。


「真、ずっとそれ見てるね……」

「うん、だって嬉しいんだもん……」

「……すぐ隣に本物がいるのに?」

「きゃうっ……ヤキモチ妬いてるの?」

「……ごめん、器小さくて。」


猿夫くんは尻尾と両腕でわたしをがっちりと抱きしめて、わたしの胸に顔を埋めながらぼそぼそと呟いた。大好きな旦那様が寂しがっているなら仕方がない。わたしはシールを置いて、彼の頭を優しく撫でた。それからいつも通り、熱くて甘い優しい愛の営みが始まった。





「……やだ、もうこんな時間……」


翌日、目を覚ますと時計は10時を指していた。幸いわたしはお休みの日。猿夫くんは既にお仕事に行っていた。リビングに行くと朝ごはんにラップがかけてあって、おまけに洗濯物まで干してある。なんて優しい旦那様なんだろう。


テレビを見ているとまたしてもヒーローのグッズの特集番組が始まった。くじの景品で常闇くんもといツクヨミや、上鳴くんもといチャージズマのフィギュア……どうして、どうして猿夫くんのフィギュアはないの?


「……ないなら作っちゃおうかなぁ。」


一度夢中になるととどうにも他のことに気がいかなくなっちゃうのがわたしの悪いところだ。この日から、手が空いたらフィギュアを制作することに心血を注ぐようになってしまった。そのせいかなかなか猿夫くんと一緒にいる時間が取れなくなってしまって、早く完成させたくて毎日毎日お仕事と制作の時間のためにほぼ1日中自分のお部屋に閉じこもっていた。


しかし、フィギュアの制作を始めて1ヶ月ほど経った頃、とうとう猿夫くんの方に限界が来てしまったようで。夕飯を終えて、また自室に向かおうとするわたしの手を彼が尻尾でしゅるりと掴んだのだ。


「……真、俺のこと嫌いになった?」

「えっ?そんなことないよ!だいすきだよ!」

「でも、最近食事の時以外全然一緒にいてくれないよね……夜なんてもう3週間もしてないし……」

「そ、そんなに経つっけ……」

「もう……寂しくて限界だ……俺、何かした?何かしたなら謝るから……」

「あっ……」


下を向いている猿夫くんのお顔からビーズのように小さな涙がぽろぽろと落ちてきた。彼の尻尾が腕に巻き付いてるのもそのままに、すぐに彼を抱きしめて、お顔をわたしの胸に埋めてあげたら尻尾がわたしの腰に回ってきて両腕と尻尾を使ってものすごい力で抱きつかれた。よしよしと頭を撫でてあげたらすりすりと胸に頬擦りをしてくるのがまるで小さな子どものようでなんとも可愛らしい。


「ごめんね……今日はたくさん一緒にいようね……」

「……風呂は?」

「うん、お風呂も一緒だよ……」

「……今夜、抱いていい?」

「うん、いっぱいしよ……猿夫くん、だいすきだよ……んっ……ふ……」


彼に強く口付けられて、舌を絡めてたくさんえっちなキスをした。ちゅっと音を立てて唇を離したら彼もわたしも真っ赤な顔で息がとても荒くって。それからもう一度強く抱きしめられて、毎日お部屋で何をしているのかを尋ねられた。彼の手を引いてわたしのお部屋へ連れて行って、まだ制作中の彼のフィギュアを見せてみると、細い目をまんまるにしてぱちぱちと瞬きしていた。


「……こっ、これ、俺!?」

「うん、結構上手にできてると思うんだけど……」

「めちゃくちゃ上手いよ!えっ、ど、どうしてこんなものを……?」

「だって、ツクヨミもチャージズマも烈怒頼雄斗も……みんなみんなフィギュアがあるのに、テイルマンのがないんだもん……なんだか愛が足りないみたいでいやなんだもん……」

「そ、それで……そ、そっか……でも、近くに本物がいるじゃないか……」


猿夫くんは眉間に皺を寄せてじとっとした目でわたしを見てきた。ヤキモチを妬いているのだろう。自分のフィギュアに。そんな彼がたまらなく愛おしい。


「わたしはあなたのお嫁さんだけど……あなたのいちばんのファンでもあるから……」

「……ごめんね、器が小さくて。俺、フィギュアの自分に妬いてるよ……」

「えへへ、わたしがだいすきなのは猿夫くんだし、いちばんすきなヒーローはテイルマンだよ!」

「真……俺も大好きだよ。」


彼とぎゅっと抱きしめ合って、お互いの愛を確かめ合うようにちゅっちゅと音を立てて触れるだけのキスをした。恥ずかしくなったわたしは逃げるようにお風呂へ向かって、支度を済ませてふたりで一緒にお風呂に入った。お風呂では身体を洗いっこして、たくさん抱き合って何度も何度もキスをした。わたしがお風呂場でのエッチを好まないからか、それ以上のことは我慢してくれたみたい。


寝る準備を済ませてふたりで一緒に寝室へ。入った途端に彼にふわっと抱き上げられてそのままベッドに優しく降ろされた。ぎゅっと抱きしめられて、彼はわたしの首元に顔を埋めてきた。


「真、愛してるよ。」

「うん……わたしも、あいしてるよ……」

「ちゃんと現実にいる俺を見て。」

「うん……」

「ないものは俺にねだって……」

「うん……えへへ、たくさん、愛してください……」

「うん、真だけを愛してるよ。今までも、これからも、ずっと……」


彼の切ない声がひどくわたしの胸を締め付けた。本当に寂しくて辛かったのがよくわかる。ごめんね、わたし、今日はめいいっぱい頑張るからね。





ないものねだり




「猿夫くん、わたし、今日は頑張るからね!」

「えっ?うわっ!」

「えへへ、じっとしててね……」

「……えっ!?い、いきなりそんな……!」

「あーん……はむ……んちゅ……」




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