お酒とキミと俺と
「おーい!今日はみんなで飲んで帰ろうぜ!」

「あ……俺は遠慮します。妻が待っているので……」

「えっ、テイルマンの奥さん、そんな鬼嫁なの?」

「と、とんでもない!正反対ですよ!優しくて気が利いて、何より可愛くて……天使のような子です!」

「へー……そんなに言うなら連れておいでよ。」

「……えっ?」


というわけで、事務所の先輩方に誘われて仕事帰りに飲みに行くことになったわけだが。真を連れて来いということで、一度家に帰って事情を説明したところ、恥ずかしいから無理!と首を横に振られてしまった。人見知りの彼女のことだ、この展開は予想済み……仕方ない、ひとりで行くか……


「そうだよね……無理言ってごめんね。」

「ううん、わたしこそごめんなさい……」

「じゃ、行ってくるよ。日付跨ぐ前には帰るけど、先に寝といていいからね。」

「あ……」

「ん?」


真はクッションを抱きしめて恥ずかしそうに視線を泳がせている。天使のように可愛らしいなんて言葉じゃ物足りない程の可愛さにくらっと倒れてしまいそうだ。危うく既に酒に酔ってしまったのかと思ってしまった。


「……やっぱり、一緒に、行く。」

「……えっ?い、いいの?」

「うん……」

「な、なんで?真、知らない人が沢山いるの苦手じゃ……」


無理をしているのでは、というのは俺の杞憂だった。彼女は俺の右手を小さな両手できゅっと包み込むと天使も妖精も超えた何よりも愛らしい笑顔で言葉を続けた。


「だって……猿夫くん、いつもお酒の席でみんなの介抱して全然飲まないで帰ってくるから……たまには、楽しんでほしいもの……」


なんて優しい子なんだ……彼女の手を優しく握り返して、一緒に来てくれる?と尋ねると、とびきりの笑顔で頷いてくれて、軽く化粧をして白いコートとマフラーに身を包んだ彼女と手を繋いで外に出た。高校生の頃から見慣れたすっぴんの彼女もとても可愛らしいけれど、化粧をしている時の彼女は可愛さに美しさが加わって絶世の美女という言葉がぴったりだ。街行く男が皆振り返るほど。そんな彼女の隣にいるのが俺みたいな普通の男だからか視線は俺にも突き刺さる。しかし彼女は俺の手をぎゅっと握って嬉しそうにニコニコ笑ってくれている。さて、彼女の笑顔を堪能しているといつの間にやら目的地に到着していたようだ。俺と真はふたりで先輩方と合流したのだが。


「おう!テイルマン、遅……」

「ん?どうし……」

「えっ?……な、な、な、なんちゅー美人だ!?」

「あ、えっと、妻の真です。」

「は、はじめまして、尾白 真です。夫がいつもお世話になってます。」


先輩方は石になってしまったかのように固まってしまった。そりゃそうだ、まずこんな美人が俺なんかの妻だということに驚いたのもあるだろうが、あの美しい目を直視してしまったらまぁそうなる。真は心だけでなく見た目も非常に美しく、可愛らしいのだから。


「……!あ、ど、どうぞこちらへ!」

「ありがとうございます……」


真はおずおずと座敷に上がって、ちょこんと遠慮気味に座った。みんなの視線は真に釘付けだ。そして一斉にあれこれと質問をしだして、真はあわあわしながら一つずつ丁寧に答えていた。その間に俺も酒が進んでだいぶ饒舌になってしまった。


「へぇ〜……小さい時に救けてあげて、同じ高校に受かって付き合ってかぁ……じゃあテイルマンはこんな可愛い子と寮生活過ごしたわけ!?いいなぁ……」

「そうなんです……こんな可愛い子が俺なんかといつも一緒にいてくれて……しかも結婚までしてくれて、俺、自分が世界一幸せな男だと思います。」

「いいじゃんいいじゃん!えっ、嫁さんのどんなとこが好き?」

「林檎みたいに赤くなった時の笑顔が一番好きですね……他にも数え切れないくらいあります、優しくて気が利いて頭も良くて、寂しがりで甘えん坊で……それに、綺麗な目、可愛い声、柔らかい髪や肌…はぁ、なんでこんなに可愛いんだろう……」

「す、すげぇ惚気だな……」


ちびちびと酒を進めながら可愛い可愛い妻をちらりと見ると、おつまみに出されたお菓子やチーズを次々に口へ運んでいる。楽しそうで何よりだ。ぱちりと目があった途端、真はふにゃりと柔らかく笑って、抱っこ!と腕を伸ばしてきた。俺も腕を伸ばそうとしたら困ったような顔をされたもんで、尻尾を差し出すと嬉しそうにむぎゅっと抱きついてきた。なんだこの可愛さは。


「えへへぇ……猿夫くん、だぁいしゅき……」

「……酔ってる?」


彼女からほんのり甘い酒の匂いがする。テーブルを見るとボンボンショコラなどの洋酒入りのチョコの包み紙が沢山たたまれていた。原因はコレか……


「しょんなことないよう……えへへ、猿夫くんとおしゃけ……楽しいなあ……」

「そういえば一緒にお酒飲んだことあんまりないもんね……」

「うん……わたし、あんまりおしゃけ強くないから……迷惑、かけちゃう、から……」


真はうるうると潤んだ目でじいっと俺を見上げてきた。はっきり言って殺人級の可愛さだ。これは死人が出てもおかしくない。酒の飲み過ぎじゃなくて可愛さで死人が出るなんて洒落にならないけども。


「かっ、可愛い……」

「あり得ん美人だ……」

「こんな嫁さんがいる生活……たまんねェ……」

「真、可愛すぎ。」

「……えぇっ!?しょ、しょんなこと……」

「あるの。キミは世界一可愛くて、綺麗で、世界中の男を簡単に虜にできるんだよ。」

「な、な、な、何言ってるの!?やだもう……ばか……」


林檎のような真っ赤な顔に両手を当てて、恥ずかしそうに身を縮める真の可愛さは、何度も言うが殺人級だ。この場にいる男全員が胸を押さえている、もちろん俺も含めて。





みんなすっかり出来上がってしまい、二次会はせずに頃合いを見てお開きになった。俺は真の手を引いて家までの道をゆっくり歩いている。少しフラフラとしているのが危なっかしくて、抱っこしようか?と聞いたのだが、俺の隣を一緒に歩きたいとのことで。あまりの可愛さにくらっと眩暈がしてしまった。ちょっと飲みすぎたかとも思ったが、酒というよりも彼女に酔ってしまっているのかな、なんて馬鹿なことを考えてしまったのは言うまでもない。


「猿夫くぅん……」

「何?」

「えへへ……楽しいねぇ……」

「うん。あ、チーズ美味しかった?」

「うん!美味しかったの!あとね、チョコもね、いっぱい食べたの!えへへ……」


俺と繋いだままの手をぎゅうっと頬に当てているのがなんとも可愛らしい。熱い頬に冷たい手が当たるのがとても気持ち良いと感じていたら、突然ふにっと柔らかい感触が。ちらりと目線を下げると、彼女の柔らかい唇が俺の手の甲に押し付けられていた。


「おてて、冷たくて気持ちいい……酔い、覚めたかなぁ……?」

「酒の酔いは覚めてもキミに酔ってるのは一生覚めたくないな……」

「えへへ、わたしも……んっ……」


少し身を屈めて、彼女の柔らかな唇に噛み付くようにキスをしたら、とろんと微睡んだ目で見上げられた。どうやら彼女は俺なんかよりも酒に酔ってしまっているようだ。仕方がないなと千鳥足の彼女をひょいっと抱え上げて、酒よりも彼女に酔いしれている俺はしっかりとした足取りで帰路に就いたのだった。





お酒とキミと俺と




「真、眠い?」

「うん……ちょっと、眠い……きゃっ!」

「寝てていいよ。落とさないから、ね。」

「うん……ありがと……すぅ……すぅ……」

「早っ!」




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