「尾白君、誕生日おめでとう!」
「尾白くん、おめでとう〜!」
「尾白、おめでとう!」
「ありがとう!」
欠伸をしながら朝食をとりに一階へ行くと、会う人会う人から声をかけられた。5月28日、今日は俺の誕生日だ。飯田の誕生日の時はみんなでサプライズをしたけれど、俺の時はやはり俺らしい『普通』の誕生日が始まった。
「尾白君、これはみんなからのプレゼントだ!受け取ってくれ!」
「ありがとう!開けてもいい?」
「もちろんだ!気に入ってくれると良いのだが……」
「……こ、これは……いいの?こんなの貰っちゃって……」
「ああ!ぜひ貰ってくれ!そんなに喜んでくれて何よりだ!みんなも喜ぶよ!」
飯田から渡された箱を渡すと新品のスニーカーが入っていた。内心俺には勿体無いと思いつつもみんなの厚意がとても嬉しい。今日から早速新しい靴で登校することにした。
誕生日とは言ったものの、普通に授業を受けて普通に演習に参加して普通に帰ってきて普通の日常を過ごしている。少しいつもと違ったことは夕食時に砂藤がケーキを焼いてくれてみんなと一緒に食べたことくらいだ。
……おかしい。普通な俺の普通な誕生日を特別にしてくれるはずの彼女が、真が俺の誕生日を祝ってくれないなんて。みんなが祝ってくれるだけでもかなり贅沢なことなのに、こんなことを思ってしまう俺は欲張りな人間なんだろうか。風呂に入っている間、無意識に大きな溜息を吐いてしまったら何故かニヤニヤした上鳴と瀬呂から話しかけられた。
「……今日、真ちゃんにまだ会えてないん?」
「……!?う、うん……そう……忘れてるのかな……」
「それはないっしょ!」
「あの子はちゃんと覚えてると思うぜ?なんたって、猿夫くんはわたしの王子様!、だもんなぁ……」
「か、揶揄うのはよせよ……」
「いやいや、尾白わかりやすいって。あの子となんかあったらみんな察してるし。」
そう、見た目も中身も普通なこの俺が真にとっては誰よりもかっこいい王子様なのだとか。彼女はいつもいつも俺を元気付けてくれるし、いろんな面を支えてもらっているけれど特に精神面はかなり支えられている。しかしそれが周りにもバレていたようで。彼女の言動一つで一瞬で落ち込んだり元気になったりする俺はなんて単純な男なんだろうかと自分でも笑えてしまうことがある。でも、今日は笑える気分じゃない……
風呂から出て、落ち込みながら自分の部屋に帰ったけれどやはり真からの連絡はない。まぁ、仕方ない。何事にも一生懸命な彼女のことだ、俺のことも忘れて集中してしまうことだってあるだろう。そういえば最近やけに眠そうだったし、夜遅くまで勉強を頑張っているのだろうか。俺も見習わなくては。気持ちを切り替えた俺は明日に備えて授業の予習に励むことにした。
時計を見ると、もう11時を過ぎていた。そろそろ寝ようかな、と思ったところでこつん、こつん、と控えめで可愛らしい音が聞こえた。反射と言っても過言ではない速さで足はドアに一直線。すぐにドアを開けたら、制服とリュックと紙袋を持ったパジャマ姿の真が少し眠そうな顔で立っていた。
「猿夫くん、遅くにごめんなさい……今日、お泊まり、してもいい……?」
「う、うん、もちろん。」
「ありがとう……えへへ、お邪魔します……」
小さく欠伸をしている真を部屋に入れたのだが、部屋に入った途端突然きびきびと動き出した。彼女はいつものように自分のクッションに腰掛けてがさがさと紙袋を漁り始めた。
「猿夫くん、お誕生日、おめでとう!」
「……!あ、ありがとう!覚えててくれたんだ!」
「当たり前だよ!忘れるわけないよ!あ、で、でも、遅くなってごめんなさい……10時には間に合わせようとしてたのにギリギリになってて……」
「間に合わせる?」
「うん、あのね、お誕生日のプレゼント、受け取って、くれるかな……」
真は林檎のように真っ赤な顔で俺の顔をじぃっと覗き込みながら綺麗にラッピングされたプレゼントを差し出してきた。どんな宝石よりも美しい彼女の綺麗な瞳に魅せられてしまって一瞬動けなくなってしまったら、その瞳がうるうると揺れ始めてしまった。慌ててプレゼントを受け取ったら、彼女はえへへと微笑みながら両手をぎゅうっと頬に押し付けていた。なんて可愛いんだ……
「……開けないの?」
「あ、開ける!開けていい!?」
「うん!えへへ、喜んでくれるといいなあ……」
ラッピングを丁寧に解くと、薄いオレンジ色の半袖シャツと濃い深緑色のハーフパンツが現れた。尻尾の部分はボタンと紐で調整できるようになっていて外れる心配もなさそうだ。
「ありがとう!これ、すごくいいデザインだね!それに色も好みだよ!」
「うん……あ、あの、シャツは大丈夫だと思うんだけど、ズボンの尻尾のところ、サイズがあわなかったらいつでも言ってね、縫い直すから……」
「……えっ?」
「……うん?」
縫い直す、とは。まさか、これは……
「……て、て、手作りの服!?」
「うん!手芸部の子と家庭科の先生に聞いて頑張ったの!猿夫くん、トレーニングですぐお洋服汚しちゃったり破けちゃったりするって言ってたから、なるべく破けにくくて何回も洗濯しても傷みにくい素材で作ったんだよ!」
最近、真がよく眠そうにしていた理由がようやくわかった。俺のために、毎晩毎晩縫い物をしてくれていたのだ。決して簡単な作業ではなかったはずだ。もらった服は店に並んでいるような綺麗な縫い目で、シャツもズボンも、俺にぴったり、いや、ちょっと大きめだ。きっと身体が大きくなっても着られるようにと配慮してくれたのだろう。
「えっと……気に入ってくれたかなあ……」
「あ、ご、ごめんね!あんまりにも嬉しくて声が出なかったんだ……ありがとう!大事に着るよ!」
「う、うん!もし、破けちゃったりしてもまた作るから、いつでも言ってね!えへへ……きゃうっ!ま、ま、猿夫くんっ!?」
えへへ、と微笑む彼女はこの世の何よりも誰よりも可愛くて、どうしても触れたくてたまらなくなってしまい、プレゼントを手に持ったまま彼女の小さな身体をぎゅうっと抱きしめた。真は恥ずかしそうに、苦しいよう、と言いながらも俺の背に回された手にぎゅうっと力を込めてくれた。
「猿夫くん、遅くなってごめんなさい。でも、わたし、忘れてたんじゃないの……本当なの……」
「うん……」
「あのね、最後に祝われる方が、印象強くなるよって、上鳴くんと瀬呂くんが……」
「……あいつら……」
「あっあっ、あの、ご、ごめんなさい、い、いやだった……ひゃっ……」
真が涙声になってしまったもんだから、慌てて目尻に唇を寄せた。少ししょっぱく感じた。やはり目に涙が溜まっていたのだろう。
「祝ってもらえるだけでも最高に嬉しいのに……こんな素敵なプレゼント……本当にありがとう……あ、みんなからも新しい靴もらったんだよ。」
「そうなんだ!みんな素敵なお友達……えへへ、いいなあ、良かったねえ……」
今度はにこにこと笑っている。真のころころと変わる表情は本当にとびきり可愛くて綺麗で、普通な俺の普通の日常にいつもいつも刺激を与えてくれる。ぼーっと見つめていたからだろうか、彼女はそっと顔を近づけてきて、俺の唇に自分の唇を一瞬重ねて、ちゅっと可愛いリップ音を鳴らして顔を離してきた。
「猿夫くん、来年は一番にお誕生日お祝いしに来るからね!」
「そっか……楽しみにしてる!」
「うん!えへへ……ふわあ……」
「……あ、ね、眠かったよね、そろそろベッド入る?」
「うん……でも、まだ、お誕生日だから……もうちょっとだけ……」
彼女に手を引かれてふたりで一緒にベッドに入って、今日一日会えなかった時間を埋めるようにぎゅうっと強く抱きしめあった。唇を擦り合わせたり柔らかな胸や細い腰を撫でたり、尻尾を撫でられたり胸に頬擦りをされたりとスキンシップを繰り返しているうちに日付を超えてしまい、今年も始まりから終わりまで幸せな誕生日を過ごすことができたのだった。
幸せな誕生日
「真……大好きだよ……」
「すぅ……すぅ……」
「可愛い…………あ、あれ?そういえば真の誕生日って……本人に聞くの失礼かな……っていうか去年の誕生日……ど、どうしよう、傷ついてないかな……」
「ん……猿夫くん……すぅ……だいすき……」