家族
「なぁ尾白、真ちゃんとデートの時って外出許可どーやってとってんの?」


上鳴の突然の質問に呆気に取られてしまった。確か先日、轟も家族で食事をとるとかで実家に帰っていたはずだからとたまたま近くにいた彼に話を振ろうとしたけど普通に紙に書いて提出したと言われてそりゃそうだろという話で。


「どうやってって……まぁ、俺も普通に紙に書いてるけど……」

「彼女とデートって書いてんのか?」

「流石にそれはチャレンジャーだろ!相澤先生にくだらんとか一蹴されそうじゃね?」

「クソオオオ!リア充の話なんか聞きたくねー!おい轟!尾白に地獄の火炎を見せてやれ!」

「ヘルフレイムのことか?そりゃ親父に頼んでくれ。」


轟の天然が炸裂して俺も上鳴も吹き出してしまった。相変わらず峰田は地獄だなんだと失礼な奴だ。ちなみに俺の方は『交流活動』とか『必要物品の購入』とかそんな感じで出して時間と場所を記載していればあっさり許可してもらえている。実は相澤先生にはなんとなく察されていて、高校生だし節度を持って付き合うならいいんじゃないか、尾白だから普通の付き合いだろ、なんて言われたこともある。というわけで、彼女が俺の部屋に来る際や一緒に外出する際は相澤先生に届出ている。しかし、真の方はどうなんだろうか。気になってスマホで彼女に今何をしているのかを聞いてみると、返事はすぐに返ってきた。



今日はお外で絵を描いてるよo(・x・)o
少し寒いからかなあ、誰もいない( ; ; )

そうなんだ。今どこ?友達連れて会いに行ってもいい?

うん!校舎裏の花壇だよー。
待ってる\(・x・)/



「俺、外にいる真のところ行くけどみんなも行く?」

「オイラは行かねえ!わざわざ地獄に足を踏み入れてたまるか!」

「俺は行く!可愛い子で目の保養するぞ!けど寒そうだなぁ。」

「俺も行くか。顔見知りだしな。上鳴、寒ィならあっためてやる。」

「轟ィ!そんな火力じゃアイツらの熱波に勝てねェぞ!マジで地獄だぞ!」

「まさか、統司の個性も炎なのか……?知らなかった……」


またしても轟の天然が炸裂して笑いを堪えられなかった。上鳴と轟と三人で寮を出て、花壇に向かって足を進めた。花壇に近付くと、近くの木や建物を一生懸命描いている真がいた。集中しているようだったけれど、なんとなく察したのか彼女はぱっとこちらを振り向いた。


「わあ!来てくれてありがとう!もう退屈で退屈でね、ほら、こんなに描いちゃった。」

「うわっ、すげぇ!これ全部真ちゃんが描いたん?」

「うん、そうだよ。あ、あんまり上手じゃないからまじまじ見ないでほしいなあ。」


真は顔を林檎のように赤くしながら自分の描いた絵をささっとまとめてバインダーに閉じ込めた。何か用事だった?と聞かれたので先程の疑問を素直に彼女に投げてみた。


「真、俺と外に出るとき外出届ってどうしてる?」

「うん?ちゃんと書いてるよ。」

「何て書いてるの?」

「えっ!?い、い、今は言えない……」

「えっ?まさか彼氏とデートって書いちゃってるわけ!?真ちゃんってば大胆!」

「ちっ、ちち、違うよお!もう!いじわるしないで!」


上鳴が真を揶揄っために彼女はぷりぷり怒っている。怒っていてもなんて可愛いんだろう、上鳴と轟がいなきゃ抱きしめているところだ、なんて考えていたら、ここに来てからずっと考え込んで口を開かなかった轟が斜め上の方を向きながらやっと声を発した。


「……思い出した。」

「ん?何を?」

「イヤ……統司の外出届、見たことある。確か……」

「あっ!ダメっ!轟くん、ダメだよっ!」


真は轟の口を手で塞ごうとしたけど、身長差が30センチ近いのもあってか、上を向かれたら塞ぐことができないようで。轟は上を向いたまま続きの言葉を発した。


「家族とお出かけ……だったか。」

「……家族?え?お前らもう籍入れちゃってるわけ?」

「そ、そんなわけないだろ!?」

「上鳴、コイツらはまだ16だ。法律だとまだ籍は入れられねェ。」

「あ、ああ、きっと、あれだ。真には一人暮らしのお兄さんがいるんだよ。だからお兄さんに会いに行くって名目で……」


我ながら名推理だと思って真の方を見たけれど、彼女は林檎のように真っ赤な顔をして、目には涙を浮かべて身体は生まれたての小鹿の様にぷるぷると震えていて。


「だっ、大丈夫!?どうしたの!?」

「寒ィならあっためてやるぞ。」

「い、い、いやああああ!もう!ばか!みんな知らない!」

「あっ、真!?」

「……俺、なんか悪いコト言ったか?」

「……俺、わかっちゃったかも……こーれは地獄の熱さってやつだわ……」


真は画材を置いたままD組の寮へ逃げ帰ってしまったので、俺は二人に先に戻るよう伝えて、画材をかき集めて慌てて彼女の後を追いかけた。相変わらず物凄い足の速さだ。D組の寮に入るとすぐ彼女の親友二人組が共同スペースでお茶菓子を摘んでいたから、事情を説明して女子棟の真の部屋まで同伴してもらった。流石に男一人で女子棟に入るわけにはいかない。二人には部屋の外で待ってもらうことにして、コンコンとノックをした。


「真?俺だけど、ほら、画材、忘れて行っちゃったから持って来たよ。開けてくれる?」


だけれども返事はなくて。どうしたもんかと助けを乞うかのように二人を見たら、帰るって言えばバツが悪そうに開けてくれるよ、とのこと。さすが長年の親友といったところか、真のパニック時の対処法について完璧な回答を示してくれた。彼女らの言う通り、俺は真に帰る旨を伝えてみることにした。


「外に置いとくよ。じゃ、俺帰るね。」

「…………やだ!待って!」


本当にバツが悪そうにちょっとだけドアを開けてくれた。怒ってない?と聞かれたから、もちろん、と笑顔で返したらドアを広く開けてくれた。どうぞ、と言われたので俺は画材を抱えて彼女の部屋に入った。実はこれが寮制開始以来初めての訪問だったりする。真の甘くて優しい香りに包まれてクラクラしてしまう。彼女は大きな猿のぬいぐるみを抱きしめて、綺麗な目を潤ませて俺を見上げていた。


「ごめんなさい……」

「うん?何が?」

「に、逃げちゃったのとか……外出届のとか……色々……二人とも、怒って、なかった?」

「ああ、全然。むしろ、何か悪いこと言っちゃったかなって心配してた。俺から説明しとくから、あの二人のことは気にしなくていいよ。」

「うん……ごめんね、ありがとう……」


おいでと腕を広げたら、彼女は花が咲いたような笑顔になって、ぬいぐるみをベッドに置いて俺の胸に飛び込んできた。受け止めて優しく抱きしめたら、林檎っ面ですり寄って来た。何なんだこの可愛い生き物は、なんて思ったけれど、先の質問の答えがどうしても気になって俺はそれを口にした。


「ところで、家族とお出かけって書いたの、お兄さんと会うことにしてはぐらかしてたんじゃないの?」

「……う、う、うん。そ、そう。」

「……真、ウソついてもつかれてもわかるんだね。」

「う、う、うるさいよ!もう!い、いつか教えてあげるから今は聞かないで!」

「ん、わかった。」


彼女はぎゅーっと力を入れてさらに抱きついて来た。ここが俺の部屋だったら間違いなくベッドに運んでいるところだけど、そうじゃないから仕方なく彼女を力一杯抱きしめることで自分の心の中の欲望を抑えつけたのだった。





家族




猿夫くんといると家族と一緒にいるみたいでとても安心するの。
それに、いつか、け、け、結婚して、お嫁さんになったら、本当に家族になるでしょ?
早く家族になりたいなあ、なんて思ったら外出届にそう書いてしまって。
まさか轟くんに見られちゃってたなんて……


でも今度から兄との面会って書けばいいやと思って、今回の真相はわたしだけの秘密にすることにした。





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