だいすき!
猿夫くんも年頃の男の子だからだろうか、最近、彼の部屋でふたりきりになると、大人なキスをしてきたり、抱きしめてくれるときに身体をたくさん撫でられたりする機会が増えた気がする。なんだか触れ方がとてもえっちな感じがして少しだけ怖いと感じてしまっている自分がいる。いつも、嫌だったり怖かったりしたら教えてねって優しく言ってくれるけど、彼が傷つくんじゃないかって思ったら自分の想いを口にできなくて。今日もお部屋に行って普通に宿題をして帰ろうと思っていたのに、彼はわたしを抱きしめて一向に離してくれる気配はない。それどころかわたしをお姫様抱っこしてベッドの上に優しくおろす始末。これは、もしや…………


「真……愛してる……」





『愛してる』





やっぱりそうだ。猿夫くんがこの言葉を使うのは特別な時だけだ。真剣に愛を伝える時、これ即ち、愛の営みの開始を意味する。彼はネクタイをしゅるっと外すとわたしに覆い被さって、唇をすり合わせる大人なキスをしながらわたしのスカートに手を入れて内腿を厭らしく撫でた。彼の目をチラッと見るととてもぎらぎらしていて、まるで獲物を見つけた肉食獣のようで。今まで一度も猿夫くんのことを怖いと思ったことはなかったのに、この目を心底怖いと思ってしまってわたしはがたがた震えてぽろぽろと涙をこぼし始めた。それを見た彼はぎょっとして、いつもの優しい目つきに戻って、慌ててわたしを抱き起こして脚の間に座らせてくれて、優しく抱きしめてくれた。よく見ると尻尾がしゅんと垂れている。


「ごっ、ごめん!本っ当にごめん!……怖かったんだよね?ごめんね。」


わたしは違うとは言えなくて。でも、身体が震えて言葉がなかなか出てこなくて、出てくるのは涙ばかり。彼がみるみるうちに悲しい顔になっていくのに耐えられない。彼のことが大好きで、嫌われたくなくて、傷つけたくなくて……わたしはあなたがだいすきだよと伝えたくて、震える手を彼の背にそっと回して、ぎゅうっと力一杯抱きしめ返した。すると彼は察してくれたのか、大丈夫、俺も大好きだよと言ってくれた。背中や頭をとんとん、さすさす、と触ってもらって少し落ち着いたわたしはやっと喋ることができた。けど、あまり彼を気遣う余裕がなくて心ない発言をしてしまった。


「猿夫くんは……えっちなことしたいからわたしとお付き合いしてるの……?」

「……はぁ!?な、なんだよそれ!そんなわけないよ!」

「ひっ!うう……怖いよお……うっ、ぐすっ……」

「あ、ご、ごめん!大きな声、嫌だったよね、ごめんね……でも、本当にそんなことないから!……俺の目、見てくれる?」

「う、う、うん……」


わたしは涙を袖で拭いて、真っ赤になっているであろう目を大きく開けて、猿夫くんの目をじいっと覗き込んだ。さっきの怖い目つきじゃなくていつもの優しい彼の目つきにひどく安心して思わずホッと一息ついてしまった。彼はわたしの両手をそっと握って、とても真剣な顔で言葉を紡いだ。


「真、俺の気持ち、よく聞いて。」

「う、ん……」

「真、怖がらせてごめん……俺、毎日毎日真のことで頭がいっぱいになって、真が可愛くて可愛くて、好きで好きでたまらなくて、時折触れたくて仕方なくなるんだ。」

「……うん。」


ぱちぱちと瞬きをしたら彼は頭を優しく撫でてくれた。目はとても優しい。それから顔を赤くしながら言葉を続けた。


「えっと、え、エッチ、しなくていいって言ったら嘘になる。だけど、少なくとも真を怖がらせたり泣かせたり、傷つけたりするくらいならしたくない。誰よりキミを愛してるから。」

「猿夫くん……あの、あのね……うっ、うう、あっ、あのっ、ぐすっ……」

「今度は俺が聞く番だね。ゆっくりでいいよ。」


彼の優しい目や手つき、わたしを一番に想ってくれている優しさに涙がぽろぽろこぼれて止まってくれない。それでも彼はたくさん撫でてくれて、優しく続きを促してくれた。


「あのね……ひどい事、言って、ごめん、なさい。」

「……真は本当に優しい子だね。俺の方こそ、怖がらせてごめんね。」

「ううん……今は、まだ、怖い、けど、大人に、なったら、いっぱい、エッチしよ……?いっぱい、愛し合いたい……だから、ね、もっと、ゆっくり、練習、してほしい……」

「うん……ゆっくり、練習していこう……好きだよ、真……」

「うん、わたしも、すきだよ……」


そっと優しく頬に手を添えられて、いつもの優しい猿夫くんにひどく安心して、気が付けば身体の震えや硬直は解けていた。一瞬触れるだけのキスをして、もう一度ごめんねと謝られて。わたしはふるふると首を横に振って、彼の首に腕を回してぎゅうっと抱きついた。とても優しく、好きだよと言ってくれて、抱きしめながら背中をとんとんしてくれた。


「怖くない?大丈夫?本当にごめんね……」

「ううん、大丈夫。わたしの方こそ、ごめんなさい。だいすきな猿夫くんを傷つけるようなこと言って……」

「いや!気にしないで!全部俺が悪いから!大事な彼女を怖がらせるとか世話がないよ……」

「猿夫くんの、優しいところ、だいすき……」

「はぁ……」

「うん……?」

「いや、可愛いなって。本当、俺なんかには勿体無いよ。かと言って誰かに譲る気も無いんだけどね。」


ぼっと音が聞こえるくらい急激に顔が熱くなって、思わず両手を頬に当てたら、やっぱり可愛いなあって言われて額や瞼にキスをされた。じーっと目を見たら首を傾げてどうしたの?って聞かれた。


「あのね……猿夫くん、すごく、かっこいいよ。」

「……えっ?」

「いつも救けてくれるのも、トレーニング頑張ってるのも、優しいところも、他にもたくさん……いつも、かっこいいなって思ってるよ。」

「きゅ、急にどうしたの?いや、すごく嬉しいけど……」


猿夫くんはお顔も尻尾も真っ赤にして、私をむぎゅっと抱きしめて首元に顔を埋めて顔を隠してきた。今度は可愛らしいなあって思ったけど、抱きしめてくれる腕や身体は男のひとのそれだから、やっぱりかっこよくて。わたしは猿夫くんを抱きしめ返して重心を思い切り後ろに傾けた。彼はわあっと驚きの声を上げてわたしの上に倒れ込んだ。


「猿夫くん、練習、する?」

「……怖くない?俺、真が傷つくくらいなら……」

「怖い猿夫くんは、やだ。でも、いつもみたいに、いっぱい笑って、いっぱい優しくしてくれるなら、怖くないよ。」


ニッと笑って言ったら、猿夫くんはさっきのわたしみたいにぷるぷる震えてて。猿夫くん?って名前を呼んだら彼は最初と違って満面の笑みでわたしを強く抱きしめた。


「可愛すぎる!真っ!好きだっ!」

「きゃあ!猿夫くんっ!?」

「もう今日はこれだけでいい……可愛すぎる!」

「そ、そう、なの?じゃあ、わたしも!猿夫くんっ、かっこいいっ!だぁいすきっ!」

「……可愛さで死ねる。」


猿夫くんがまたよくわからないことを言うもんで、ふたりしてクスクス笑いながら強く強くむぎゅーっと抱きしめ合った。わたし達はそのままお互いの温もりに溺れてしまって、気付かぬうちに微睡の中に落ちていた。





だいすき!




かっこよくて優しいあなたが

可愛くて優しいキミが

だいすき!

大好き!



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