かっこいいあなたがすき
今日は雄英高校体育祭。普通科のみんなはなんとなく無気力な感じだったけどわたしはとても楽しみだった。というのもこの体育祭の主役はヒーロー科と言っても過言ではないことが理由で。つまり、大好きな猿夫くんの活躍の場が見られるからだ。



1年生の選手宣誓。身長の関係で一番前で見ることができたのだけど、不良っぽい怖そうな男の子が優勝を目指していると宣言していた。やはりヒーロー科にとっては大きな意味のあるイベントなんだとひしひしと感じた。



第一種目の障害物競走では開始早々ヒーロー科の男の子が足元を凍らせてみんなを動けなくしていた。幸いわたしは持ち前の俊足のおかげで足元を凍らせた彼より早くスタートを切ることができていたから影響を受けずに済んだ。けれど長距離の全力疾走は体力がもたなくてたくさんの人、主にヒーロー科の人に徐々に抜かされてしまった。ちなみに猿夫くんは尻尾を使って空中からわたしを抜いて行ってしまったのだけれど、真剣な顔で頑張る彼の姿があまりにもかっこよくて思わず足を止めてしまったのはわたしだけの秘密だ。



結局わたしは途中のロボットに怖気付いてリタイアして大人しく残っている人を応援した。上位42名にはなんと普通科とサポート科からも1名ずつランクインしていた。すごい人がいたもんだ。ちなみに猿夫くんは11位と好成績を納めていた。ここからわたしは大好きな彼と同じ普通科の仲間の応援に集中することにした。



続く第二種目の騎馬戦でその二人はチームを組んでいた。けれどなんだか猿夫くんの様子がおかしい。ぼーっとしていて、いつも何事に対しても真面目で努力家な彼らしくないのだ。まるで何かに心を奪われてしまったようにも見える。騎馬戦の結果は無事に三位で幕を閉じたけれど、彼は周りを何度も見渡してとても混乱しているようだった。



お昼休憩になって、わたしはお母さんと一緒に作ったふたり分のお弁当を持って猿夫くんに会いに行った。顔を見せたら柔らかく笑って迎えてくれたけど、さっきほどではないにしろ彼はぼーっとしているようだった。ふたりで一緒にお弁当をつついたけれど、彼はずっと浮かない顔をしている。わたしは心の中でごめんねと謝りながら、目を大きく開けて彼に向かって話しかけた。


「お弁当、おいしくない……?」

「……えっ?い、いや、そんなことないよ。すごく美味しいよ。俺のために早起きしてくれてありがとう。」


お弁当が美味しいのは本音のようだから、次の話題にいくことにした。


「騎馬戦、三位だったね!すごくかっこよかったよ!」

「……あ、ありがとう。」


彼の返事を聞くと、わたしの見ている世界からすっと色が抜けてしまった。彼は本心からお礼を言えていない、つまり、彼にこんな不安な顔をさせている原因は騎馬戦であるということがわかる。


「あの騎手の男の子はお友達?」

「いや、そういうわけじゃ……」

「……騎馬戦で、何かあった?」

「えっ?」


猿夫くんは目を少し大きくして驚いていた。わたしが自分の目を指さしたら、ああ、と納得してくれたみたい。何か悩んでるみたいで彼は少し考え込んだ後、聞いてほしいことがあるからお弁当を食べたら向こうで話そうと言ってきた。わたしは頷いて、ふたりで一緒にお弁当を綺麗に食べた。食べている間は少しでもリラックスしてほしくて、お弁当のおかずや好きな食べ物の話をふってみた。彼は初めこそ浮かない顔をしていたけれど、徐々に柔らかい笑顔を見せてくれた。


お弁当を食べ終えて、誰もいないところに移動した。木陰にふたりで座ったけれど彼は無言。お話って?って言おうとしたら、尻尾でそっと肩を抱き寄せられた。わたしの右肩が彼の体に触れたと同時に彼は両腕でわたしをそっと抱きしめて、徐に口を開いた。


「……実は、騎馬戦の記憶、終盤ギリギリまで、ほぼボンヤリとしかないんだ。」

「……だからあんな様子だったんだね。」

「見ててくれたんだ。そう、多分、奴の個性で……ほら、俺の騎手だった普通科の。」

「そっか……彼、確かヒーロー科を目指してるって聞いたことある……」


わたしの言葉を最後にシーンと沈黙がこの場を支配してしまった。猿夫くんが抱きしめてくれている腕に手を当ててきゅっと握ったら、彼は少しだけわたしを抱きしめる力を強めた。


「個人戦……辞退しようと思ってる。」

「そっか……」

「皆が力を出し合い争ってきた座なんだ。こんな、わけわかんないままそこに並ぶなんて……俺は出来ない……」


普通なら自分をアピールするチャンスだからなりふり構ってられないはずだ。でも、何事に対しても真面目で努力家な彼だからこそ、この答えを出したのだろう。わたしは彼の腕をそっと解いて、膝立ちになって彼と向き合って、ふわっと優しく抱きしめた。かけるべき言葉なんてわからないけど、今は彼に寄り添いたいと思った。


「なんて言ったらいいか、わからない、けど……辛かったよね……苦しかったよね……」

「真……」

「よく、頑張ったね。わたし、ずっと見てたよ。猿夫くん……ぐすっ、一生懸命、頑張ってた……ひっく、だから……こんなの……うぅ……悔しいよね……」

「……ありがとう。」


わたしは猿夫くんの気持ちを考えるととても堪えきれなくなってしまって彼の頭や顔に涙をぼろぼろこぼしてしまった。けれど彼はそれを咎めることなく、むしろお礼を言ってわたしの背に腕を回してきた。彼の肩が少し震えていることに気付いたわたしは抱きしめる力を少しだけ強くした。ふたりで優しく抱きしめあって、ふたりで静かに涙を流した。



お昼休憩が終わって個人戦の対戦カードを決める時間がやってきた。猿夫くんは先程宣言した通り個人戦を辞退した。その後、彼の騎手を担当した普通科の心操くんはヒーロー科の緑谷くんとの熱い戦いの末に敗退してしまった。心操くんが緑谷くんに放った言葉はとても力強く、猿夫くんとのことで少しだけもやもやした気持ちはあったものの、それを抜きさえすれば純粋に応援したい気持ちでいっぱいになった。直向きに夢を追いかける彼を、普通科の仲間として。普通科の星と揶揄されるに相応しい彼にわたしは小さく応援の拍手を送った。





闘いは進み、わたし達1年生の体育祭は選手宣誓をした不良っぽい怖そうな彼が優勝ということで幕を閉じた。終わってからクラスのみんなでジュースを飲んだりお菓子を摘んだり軽く打ち上げをした。解散になってすぐにA組に行こうとD組のドアを開けたら今会いに行こうとしていた彼が立っていた。


「真、一緒に帰ってもいい?」

「う、うん、あのね、今、わたしも行こうとしてたの……」

「そ、そっか。じゃ、じゃあ、帰ろうか。」


帰り道、騎馬戦の件で傷ついていた猿夫くんは最初は浮かない顔をしていたけれど、第一種目では日頃から努力している姿が目に浮かぶようで彼がとても眩しく見えたこと、第二種目ではいつもと様子が違って戸惑ったこと、個人戦での辞退は正々堂々として男らしくてかっこよく見えていたことを一生懸命伝えたら、彼は優しく微笑んでくれた。いつの間にかわたしのお家に着いていて、最後に心操くんの話になった時は、心操だってなりふり構ってられなかったしあれは立派な戦略だったとか、次に対峙するときはどんな対策をしようとか、彼のことを好敵手として讃える猿夫くんの姿があった。


「猿夫くん、やっぱりかっこいいね……」

「えっ?な、何が?」

「そうやって、相手を素直に認められるところとか、きちんと振り返って次に活かそうとしてるところとか……真面目で、かっこよくて、すごく、すき……」

「そ、そんな、俺なんて全然……で、でも、ありがとう……」

「今日1日、本当にかっこよくて……ますますすきになっちゃった……」


彼をチラッと見上げたら、彼のお顔はとても赤くなっていた。見つめあっていたら、彼の喉が少し動いて、わたしと目線が合うよう屈んで、片手をそっとわたしの頬に当ててきた。


「目、閉じて……」

「えっ……?」

「っと……頑張ったから、その……」

「そっか……えっと……ご褒美、あげなくちゃ、だね……」


わたしは口を噤んで目を閉じた。





かっこいいあなたがすき




唇が重なるまであと数センチといったところだろうか、背後からお家のドアが開く音がした。勢いよく振り向いたら買い物に行こうとしていたお母さんが立っていた。


「あ、あら〜!お、お邪魔しちゃったわね……ごゆっくり〜!」


お母さんはぱたぱたとスーパーへ向かって走って行った。残されたわたしと猿夫くんは真っ赤な顔を見合わせた。恥ずかしくなってこの場にいられなくなったわたしは、続きはまた今度ね、と一方的に投げつけて、彼がわたしを呼び止める前に俊足を活かして家に駆け込んだ。家に入って、わたしは爆発しそうな心臓を抑えて玄関にぺたんと座り込んだ。そして一言呟いた。


「あとちょっとだったのに……」


実は彼もドアの向こうで全く同じタイミングで全く同じ言葉を呟いていたけれど、もちろんお互いの耳に届くことはなかった。





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