二年生になってもう二ヶ月。季節はもう夏と呼んでもいい頃だろう、衣替えも済んでみんな半袖の制服で過ごしている。しかし梅雨の時期のためか天気は生憎の雨。こんな時ばかりは夏の眩しい日差しが恋しくなる。教室で読書をするも、外が暗いせいかなんだか文字が読みにくい。ふうっとため息をついたところでわたしの二人の親友の片割れ、眼鏡をかけた女の子に声をかけられた。
「真ちゃん、お願いがあるんだけど……」
「うん?なーに?」
「あのね、手芸部で作った衣装があるんだけど、サイズを間違えちゃって、多分真ちゃんじゃないと着れなくて……」
「うんうん。」
「その衣装を着て写真に写って欲しいの。私の知り合いで150センチより背が低いのは真ちゃんだけで……」
「うん!いいよ!」
「本当!?ありがとう〜!じゃあ今日の放課後、被服室に来てもらっていい?……そうだ、あの人にも声を掛けようかな。」
「放課後に被服室だね!わかった!」
あの人って誰だろう、他にも衣装を着れる人がいるのだろうか、なんて思ったけれど余計な詮索はせずにただ親友の願いを聞き入れることにした。
放課後、被服室に行くとかっこいい衣装や可愛い衣装が飾られていて、それらを着こなして写真を撮っている綺麗な人がたくさんいた。中には去年の文化祭でミスコンにエントリーしていた人もいて、自分がこんなところにいていいんだろうかと肩身が狭くなってしまう。ソワソワしながら周りをキョロキョロ見ていると、親友が奥の部屋から顔を覗かせてちょいちょいと手招きをしているのに気がついた。奥の部屋へ急いで行くと真っ白な可愛いドレスが部屋の真ん中に置いてあった。まるでウエディングドレスみたいで…………
「…………」
「あれっ?真ちゃん、どうしたの?」
「……これ、誰が着るの?」
「え?真ちゃんだよ?」
「……ええええええ!?こっ、ここ、こんな綺麗なドレスを!?わ、わたしが!?」
「真ちゃんは可愛いし綺麗だよ!絶対似合うよ!作った私が言うのもアレだけど……」
こんな綺麗なドレスを着ていいのだろうかと悩んでいたけれど、親友や周りの友達の後押しもあって頼まれたからには仕方ないと腹を括ってドレスを着ることにして試着室へ足を踏み入れた。写真撮影することもあってか、メイクやヘアセットもするからと何人もの人に手を施されながらわたしはただただぼーっとしていた。気になったのは製作者本人がこの場にいないこと。どこへ行ってしまったんだろう……
着替えもメイクも終わり、目を開けたら周りのみんなはとても目を輝かせてわたしに釘付けになっていた。ドレスの裾を持ってもらって全身鏡の前へ行くと、自分で言うのもおかしいけれど、6月の花嫁に相応しいとても綺麗な自分の姿があった。ぼーっとしていたら後ろから親友に名前を呼ばれたからぱっと振り向いたら、そこにはわたしのいちばん大好きな彼がぽかんとした顔で立っていた。
「まっ、猿夫くん!?な、なんでいるの!?」
「真ちゃんが撮影するのはジューンブライドを意識した衣装だから、尾白くんに見せてあげた方がいいかなって。」
恥ずかしくて堪らなくなって真っ白なドレスとは反対にわたしの顔は真っ赤になってしまった。猿夫くんは何も言ってくれないから、やっぱりわたしこのドレスに衣装負けしてるのかな、とちょっぴり落ち込んでしまいそう。でも彼はすぐにハッとして首を軽く振ってわたしの方へゆっくり近づいて来てわたしの手を取った。
「さっき……綺麗すぎて、何も考えられなくなってた……」
「えっ……」
「真、綺麗だよ……」
「あっ、あり、がとう……」
猿夫くんに綺麗だと言われて顔から煙が出そうなくらい熱くなってしまった。ふたりして真っ赤な顔で見つめ合っていたけれど、周りの人達がニヤニヤしているのに気がついて、お互いハッとしてぱっと手を離した。それから、またドレスの裾を周りの人に持ってもらって、撮影ポイントまで移動してカメラマンの人にたくさん写真を撮ってもらった。いろんな角度からたくさん写真を撮られて何度もフラッシュを焚かれて、少し気疲れしてしまった。猿夫くんの方をチラッと見ると、彼は片手で真っ赤な顔を隠していたけれど、その視線はしっかりわたしに釘付けだった。
撮影が終わるとすぐ試着室に戻って、再び周りの人に手伝ってもらいながらドレスを脱いだ。時間もいい時間になっていて、みんな片付けのために試着室に集まってきたからわたしはそのまま寮へ帰ることにした。わたしが最後の撮影だったみたいで、さっきまで大勢いた綺麗な人たちはみんないなくなっていた。被服室を出て家庭科室に入ると、猿夫くんが窓際の壁に寄っかかっていたのだけれど、扉の開く音でパッとこちらを向いた。
「猿夫くん?待っててくれたの?」
「あ、う、うん。ていうか真、それ……」
「え?」
猿夫くんが頭を指さしたから、そっと自分の頭に手をやると、ふわっと柔らかい手触り。どうやらショートヴェールを着けたまま外に出てしまっていたみたい。どうして気づかなかったのだろうと恥ずかしくて顔が熱くなった。試着室に返しに行こうとしたら、彼に大きな声で呼び止められた。
「真!待って!」
「わあ!な、なに……?」
「あっ、ご、ごめん。えっと、ちょっと、こっちに来てくれる……?」
「う、うん……?」
わたしは彼の方にゆっくり歩み寄った。彼をじーっと見上げると、また片手で赤くなった顔を隠していたもんだから、どうしたの?と聞くと、彼はぽつりぽつりと話し始めた。
「さっきの、花嫁姿の真、本当に綺麗だった……」
「えっ?あっ、あ、ありがとう……」
「いつか……いつか、誰かが花嫁姿の真の隣に立つのかなって思ったら、俺……」
「猿夫くんが立つんじゃないの?」
「……俺で、いいの?」
「もう……猿夫くんじゃなきゃダメだよっていつも言ってるよ?」
「でも、こんなに綺麗な女の子の隣に立つのが自分なんかでいいのかって思っちゃうよ……」
猿夫くんはこんなに素敵でかっこよくて、本当にわたしなんかには勿体無い人なのに、彼はいつも謙虚で自分に自信がなさそうで。友達から、わたしと彼は似たもの同士だとよく言われるのはこういうところなのだろうか。彼を安心させたくて、どんな言葉を紡ごうかと思考を巡らせてみて、わたしはハッと思いついたことを実践してみることにした。
「猿夫くん。これ。」
「え?えっと……」
わたしは右手に嵌めていた林檎の指輪を彼に渡して、ショートヴェールを前に垂らした。頭の良い彼はすぐに意味を理解してくれて、少し戸惑いながら、一度咳払いをして、かっこいい真面目な顔つきになった。
「真……俺で……いや、俺が、幸せにするよ。必ず、守るから。」
「猿夫くん……」
「真、愛してるよ。これからも、ずっと。」
「猿夫くん、あいしてるよ。これからも、ずっと。」
彼はわたしの右手をとって、薬指に指輪を嵌めてくれた。左手じゃないの?って聞いたら、それは本番の時にね、だって。それからヴェールをあげてくれたからわたしは黙って目を閉じた。彼はもう一度愛の言葉を囁いて、そっと柔らかく唇を重ねてくれた。それは一度だけだったけど、とても長くて甘くて優しくて、今までしてきた数えきれないキスの中でもいちばん幸せなキスだった。
6月の花嫁
「猿夫くん、ヴェールアップの意味知ってたんだね。」
「まあ、一応ね。」
「えへへ、頼もしいなあ。ずっと守ってくれる?」
「もちろん。生涯かけて守るって誓うよ。」