「やっぱり真の絵は綺麗だね。」
「わっ!猿夫くん!いつからいたの!?」
「今来たところ。最近よくここで絵を描いてるって言ってたでしょ?」
「う、うん、ほら、ここの木の葉っぱの色がとても綺麗だから。」
今わたしが描いている絵は、秋を代表する紅葉狩りや銀杏拾いを彷彿とさせる赤や黄色を中心とした木々、その真ん中にはうんと大きな一本の木。色とりどりで描いているだけで気持ちがとても高揚する。猿夫くんはわたしの後ろに腰掛けて、わたしの絵をまじまじと見つめている。
「あの公園の木みたいだね。」
「あっ、わかっちゃう?」
「わかるよ、俺と真の特別な場所なんだから。」
「特別……えへへ……そうだね……」
初めての出会いは小さい頃にあの公園の大きな木の下で彼に救けてもらったとき。二回目の出会いは学校の下見で顔を合わせたあと、またしても大きな木の下で彼に救けてもらったこと。それからもあの場所では色んなことがあった。デートの待ち合わせをしたり、一緒に本を読んだり、ふたりとも泣いてぐしゃぐしゃになりながら初めてのキスをしたり、優しい愛を誓い合ったり……なんて想い出に耽っていたらいつの間にか彼に後ろからぎゅうっと抱きしめられていた。
「まっ、猿夫くん?どうしたの?」
「ん?林檎みたいな顔して百面相してるのが可愛くてつい、ね。」
「も、もう!すぐそうやって揶揄う!」
「揶揄ってなんかないよ。真はいつも可愛いよ。」
「も、も、もう!しっ、知らない!」
「ごめんごめん。でも、膨れてる真も可愛いな……」
「もう!ばか!……恥ずかしいよ。」
猿夫くんがわたしを抱きしめる力が少し強くなった。側から見ればまさにバカップルというやつなのだろう。でも彼と一緒ならそれもいいやと思ってしまう自分に得もいえない恥ずかしさを覚えてしまう。彼に抱きしめられたまま、いったん深呼吸して冷静になって、わたしは再び筆を自由に走らせた。筆が早いとよく言われるけれど、膨れあがるイメージを抑えることができなくて、どんどんキャンバスに絵具をぶち撒けてしまうのだ。
何分経ったのかはわからない。けれど、ここに来た時点では真っ白だったキャンバスは余す所なくわたしのイメージで塗り潰されていた。最後に自分のサイン、りんごのマークを隅に描いて、わたしは後ろを振り向いた。猿夫くんは細い目を見開いてわたしの絵に釘付けになっていた。
「真、よくこんな綺麗な絵をあんなスピードで描けるね……」
「わたしなんてまだまだだよ……でも、やっぱり褒められたら嬉しいや、ありがとう!」
「うん、素直な真もかわ……」
「も、もう!か、可愛いは禁止!恥ずかしいからダメ!そ、それにもう絵は描き終わったんだからそろそろ離して!」
「……ダメ。離してあげない。」
「これお部屋に持って行きたいのに……」
わたしの思いに反して彼はまた抱きしめる力を強くした。少し寒いからか、外には誰もいなくって。わたしはぐっと首を伸ばして彼の唇に自分のそれを押し当てた。離すとちゅっと音がして、ぽかんとした彼は腕の拘束を緩めてしまったから、その隙にするりと抜け出してやった。
「えへへ、猿夫くん、かーわいいっ。」
わたしはテキパキと画材を片付けて、荷物を抱えて歩きだそうとしたのだけれど、慌てて立ち上がった彼にひょいっと奪われてしまった。イーゼルとキャンバスと椅子を一人で一気に持って行くのは無理だったからとても助かる。ふたりでわたしのお部屋まで一緒に行って、少しだけ甘いひと時を過ごしてから寮の入り口でお別れした。全身が火照ってしまっていたからか外から入ってきたひんやりとした空気がとても気持ち良かった。
翌日もわたしは絵を描いていた。昨日とは別のキャンバスに今日は大好きな猿夫くんの絵。轟くんから貰ったお写真を見ながら、
「猿夫くん……すき……」
そっと呟いたらお部屋のドアがコンコンっとノックされた。誰だろうと思って鍵を開けたら、今まさにわたしの心を支配していた彼が照れたような笑顔で立っていた。その後ろには手を振るわたしの親友がいた。どうやらここまで連れて来てもらったみたいで。わたしは彼をお部屋に入れて、絵を片付けようとしたのだけれど、絵を見たがる彼に阻まれてしまった。
「こ、これ、俺!?」
「う、うん……ごめんね、もっとかっこよく描きたいんだけどわたしじゃ力不足で……」
「そんなことないよ!うわぁ……真、すごいな……
「あ、あんまり見ないで……恥ずかしい……」
「…………」
「猿夫くん……?」
恥ずかしくて顔が熱くなって頬に両手を当てていたら、突然彼は無言になってしまった。じーっと見上げて名前を呼んだら、彼はハッとして彼のお顔が赤くなった。
「あ、あのさ、俺、真の絵、欲しいな……」
「この絵?うーん、いいけど……」
「あっ、えっと、この絵も綺麗なんだけど……」
「うん?」
「真が描いた真の絵が欲しい……その、できれば赤い顔で笑ってる、俺の好きな一番可愛いところ……」
彼が差し出したスマホのロック画面には、林檎のような真っ赤な顔に両手を当てて笑うわたしの姿があった。いつの間にこんな写真を撮られたのだろうかと首を捻ったら、轟くんが猿夫くんの話をするわたしを撮って彼に送信していたとか。
「じ、自分の絵は恥ずかしいよ……」
「えー……欲しいのに……」
「……どうしても?」
「うん、可愛い真の絵、欲しいな。」
「か、可愛いって言っちゃダメ……」
「綺麗な真の絵、欲しいな。」
「きっ、綺麗もダメ!恥ずかしいでしょ!」
「やっぱり真は可愛いや。可愛い……好きだよ、真……」
「もう!ばか!……でも、わたしも、すきだよ……」
可愛い
「わたし、可愛いって言われるの恥ずかしいよ。可愛くなんてないもん……」
「……よく言うよ。誰かに真の印象を聞くと、全員必ず可愛いって言ってるよ。」
「や、やだ、恥ずかしいっ……」
「そういうところなんだよなぁ……はぁ、可愛い……」
「きゃん!いっ、いきなりはびっくりする!」
「ごめん、可愛くてつい……真、愛してるよ。」
突然彼に抱き上げられて、ベッドにぼすんとおろされた。それから何度も何度も可愛いと言われ続けて優しくて甘いひと時を過ごした。わたしの身体に触れているときの彼は時折子どものように可愛く見える時があるのだけれど、そう言ったら拗ねてしまうからわたしもあなたを可愛いと思ってるのはわたしだけの秘密だよ。