「お、尾白先輩!す、好きです!私とっ……付き合ってください!」
「……え?」
二年生の夏。俺ももう17歳、相変わらず、初恋の女の子で人生初の彼女の統司真とは仲も良く、友人からは真夏の暑さよりも熱い灼熱地獄カップルなんて揶揄されている。そんな俺がまさか真以外の女子から告白されるなんて夢にも思っていなかったわけで。
「え、えっと……気持ちは嬉しいけど、俺、心に決めた人がいて……」
「そんな……せ、せめてもう少し私のこと知ってから考えてくれませんか!?」
「悪いけど、彼女と別れる気は一生ないから……」
「……彼女さんにフラれてもですか?」
「えっ!?う、うーん、訂正するよ……真が俺のことを嫌いにならない限り、かな。」
「わかりました……今日は失礼します。」
桃色の髪をした女子は頭を下げると踵を返して行ってしまった。ハッキリと断ったつもりだけど、今日は、と言っていたからおそらくまた姿を現すということだろう。しかし真にフラれるだなんて縁起でもない、俺はすぐにでも真に会いたくなって、昼休みになってすぐD組の教室へと急いだ。
「真、今いい?」
「わっ!猿夫くん!う、うん、いいよ?どうしたの?」
真はいつもと変わらぬ愛くるしい笑顔を向けてきた。なんて可愛いんだ。やっぱり彼女と別れるなんて考えられない。俺は彼女の目を真っ直ぐ見つめて、好きだよ、と一言告げた。その途端に彼女の顔は林檎の如く真っ赤になってしまった。
「きゅ、急にどうしたの?わ、わたしも、すきだよ、えへへ……」
「……俺は、真を、真だけを愛し続けるよ。」
「猿夫くん……?本当にどうしたの?」
「実は……」
俺は先程の出来事を真に伝えた。彼女は瞳を揺らしていたけれど、俺の言葉を最後まで聞いてからはやはり林檎のような真っ赤な顔になって頬に手を当てていた。それから、嫌いになるわけないからずっと一緒にいようね、なんて言うもんだからキスをしたくなったけどみんなの前だから我慢した。
それから二日後の昼休み、砂藤と峰田と食堂で昼食をとっている時のことだった。例の桃色の髪の彼女が再び俺の前に姿を現して、お疲れ様です!と一本の瓶を差し出してきた。何か怪しかったけれど、砂藤と峰田にも同じ瓶を渡していて、二人ともその場で飲んでいたから俺も飲んだのだが、特に身体に異変はなかった。けれど、何故か心にポッカリと穴が開いたような気がした。
授業を終えて、寮に帰ろうとしたらまた桃色の彼女と鉢合わせた。そして二日前と同様再び俺は交際を申し込まれたわけで。
「尾白先輩、私と付き合ってください!」
「で、でも、俺、君のことよく知らないし……」
「これから知ってもらえばいいです!彼女いないでしょう!?」
「彼女……うん、まぁ……」
おかしい。彼女、という言葉を聞くと心臓の鼓動が異常なくらい加速して、頭の中はぼんやりとだけどひとりの女の子のイメージでいっぱいになった。綺麗な目の、栗色の髪の毛の、林檎のように真っ赤な顔をした可愛らしい小さな女の子。目の前のこの子は桃色の髪だ。一体、誰なんだろう、俺の心と頭をこんなにも支配する林檎の妖精は。
「……い、……先輩!尾白先輩!聞いてます?」
「えっ!?あ、あぁ、ごめん……えっと、俺……」
ハッと気がついたら目の前の桃色の髪の女子は頬を膨らませて俺をじっと見上げている。違う。この子じゃない。俺が、俺の心が求めているのは、あの綺麗な目の……
「猿夫くん……?」
背後からとても可愛い声が聞こえて、俺は勢いよく振り向いた。その瞬間、世界の時間はカチリと止まってしまった、いや、正確には止まってしまったのは俺だけで、世界は俺を残して時を刻んでいるのだろうが。
まるで吸い込まれそうな丸くて大きい綺麗な目、ぷっくり柔らかそうな唇、つやつやでハリのいい頬、雪のように白い肌、風で靡く柔らかい栗色の髪、小さな体躯から伸びる細い四肢、体躯にそぐわない大きな胸……まさに妖精と呼ぶに相応しい可憐な美少女が現れた。俺は彼女の美しい目に心を奪われて何も言えなくなっていた。
「猿夫くん……?どうしたの?」
「あっ、い、いや、え、えっと、き、キミは……」
「尾白先輩!こんな人、知らないでしょ!?私の方向いてください!」
「桃色の髪の……あっ!あなた、猿夫くんが言ってた……!」
桃色の髪の女子よりも一回り小さいであろう、この綺麗な目の女の子は俺の前にちょこちょこ歩み出てきて、俺を守るように両手を広げて桃色の彼女の前に立ち塞がった。彼女の後頭部できらりと赤く光る林檎の髪飾りが目に入ると心臓がずくんと大きく動いて、鼓動は一気に加速し始めた。
「ま、猿夫くんはわたしのだもん!あ、あげないもん!」
「は、はぁ!?尾白先輩には彼女なんていないし!さっきそう言ってたけど!?」
「そ、そんなの嘘……あれっ、色が……嘘じゃないの?えっ、猿夫くん、どういうこと……?」
俺の方をくるりと振り返って瞳を揺らしてじいっと見上げる彼女は妖精を通り越して、まるで天使のように美しくて愛らしくて。俺は雷に撃たれたような衝撃を感じて、心臓を射抜かれたような気がした。目の前の小さな女の子の泣きそうな顔はとても綺麗で……だけど彼女が泣くのはどうしても許せない気がして。俺はすぐに跪いて彼女の両手を取った。
「泣かないで。俺、キミが泣くのは嫌なんだ……」
「猿夫くん……わたしのこと、忘れちゃった……?」
「ごめん、キミのことはわからない。だけど、キミのその綺麗な目を見た瞬間、どうしてもキミから目を離せなくなった。」
「えっ……?」
「キミを見た瞬間、雷に撃たれたような、心臓を射抜かれたような……とにかく衝撃的だった。なんて綺麗な、美しい目なんだ……」
「ま、ま、猿夫くんっ?や、やだ、わたし、恥ずかしいよ……」
「林檎みたいに真っ赤な顔……なんて可愛いんだ……キミの名前、教えてくれるかな。」
彼女の目をじいっと見ると、丸くて大きい綺麗な目から涙がぽろっと一粒こぼれて。彼女はとても小さな声で、統司 真です、と呟いた。統司……真……なんて素敵な名前なんだろう。
「統司さん。」
「は、はい?」
「初めてキミを見た瞬間、キミに恋に落ちました。俺と……付き合ってくれませんか?もちろん、返事は今すぐじゃ……」
「も、も、もう付き合ってるよ!さっきから何言ってるの!?」
「……は?」
「もう!仕方ないんだから……」
彼女は俺の首にそっと腕を回して、ゆっくり顔を近づけて来た。鼻と鼻の先がちょんっと触れ合って、俺も彼女も急激に顔が熱くなったのがわかる。彼女は林檎のような真っ赤な顔で、美しい瞳を揺らしながら、柔らかそうな唇を動かして、可愛らしい声で言葉を紡いだ。
「わたしも、何回でもあなたに恋をするよ。」
そう言うと彼女はニッと笑って、俺の唇に柔らかい唇を重ねてきた。温かくて柔らかい感触を感じてすぐにちゅっと音を立てて彼女の顔が離れてしまった。俺はとても興奮してしまい、彼女の後頭部に手を添えてもう一度唇を重ねた。一度や二度じゃ止まらなくて、何度も何度もちゅっちゅと音がする。彼女が腰を抜かしてぺたんと座り込んでしまい、俺はすかさず彼女を腕の中に閉じ込めた。すると、桃色の彼女がまるで赤鬼の様に目をつり上げて、顔色を真っ赤にしてわなわなと震えているのが目に入った。
「何よコレ!折角将来有望の2−Aで一番フツーそうな人を選んだのに!もういい!」
桃色の彼女は何かの瓶を地面に投げつけて怒りながら去って行った。その途端に統司さんがもぞもぞ動いて俺の腕をすり抜けてしまった。彼女は落ちている瓶を拾って、俺の前に差し出してくれた。昼間飲んだ瓶と色が違うが、ひとまず彼女に勧められて飲んでみることにした。
飲んだ瞬間、昼間心に感じたポッカリとした穴は見事に塞がって、俺は目の前の大事な可愛い彼女のことを完璧にハッキリと思い出した。真の名前を呼んで思い切り抱きしめたら彼女はそっと俺の背に腕を回してくれた。
「真、ごめん!俺、真のこと……俺、最低だ……」
「ううん、そんなことないよ。……それより、わたしたちすごいね。」
「うん?」
「だって、何回も何回も同じひとに恋してるんだよ。小さい時も、忘れちゃった時も。」
「うん……だって、こんなに可愛いんだから。誰だって一目で好きになってもおかしくないよ。」
「な、何言ってるの!?そんなこと思うの猿夫くんだけだよ!」
「そんなことないと思うけどな……でも、本当にごめん。俺、もっと気をつける。真が傷つくところは見たくないから。」
「大丈夫だよ。」
「えっ?」
「だって、何回でも恋に落ちちゃえばいいでしょ?」
花が咲いたような満面の笑みでそんな可愛いことを言うもんだから、堪らなくなって彼女の頬に手を添えて、触れるだけのキスをした。
恋するふたり
「でも、少し嬉しいかも。」
「なにが?」
「猿夫くんの魅力をわかってくれる人がいてくれて。こんなにかっこいいんだもん、やっぱり他の人も猿夫くんのことすきになっちゃうんだよ。」
「……あの捨て台詞を聞いたらそう思えないんだけどな。」
「うん?何か言った?」
「いいや、俺は真に愛されていればそれでいいなって。」
「そ、そう?あ、あ、あいしてる、よ。えへへ……」