勘違い
季節はもう冬に差し掛かり、高校生活も残すところあと一年ちょっとといったところか。さて、今日も真を迎えにD組の教室へ歩いて行く。教室に着いてドアを開けようとしたのだが、中には真と上鳴が。なぜ彼がここにいるのか、俺はなんとなく中に入れず息を潜めてドアの横で立ち竦んでしまった。そして少し開いたドアの隙間から彼らの会話が耳に入ってきた。


「……がなくて…………できちゃったのかな……うっ、うう……。」


……真の様子がおかしい。


「…………言ったの?」

「ううん…………から、捨てられ…………」

「…………ないって!」

「そ、そう、かな…………う、う、うう、うわあああああん!!」


真が泣いてる!?なんで!?俺は慌ててドアを開けて涙を流す彼女に駆け寄ってすぐにハンカチでその涙を拭ってあげた。恐らく話の渦中の人物は俺だったのだろう、彼女も上鳴もとても驚いた様子だった。しかしここで事件は起こった。泣く彼女を決して怯えさせないよう、優しく両手をとってどうしたの?と聞いてみたが、彼女は俺の手を振り払って上鳴の後ろに隠れてしまったのだ。今までこんなことは一度もなくて、俺は思わず彼女を追って一歩前に出てしまった。しかし彼女は心底怯えて、ひっ!と小さく悲鳴を上げた。


「真ちゃん、尾白は真ちゃんのこと捨てたりしないよ。」

「うっ、うぅ、ぐすっ……」

「お、俺が真を捨てる!?あり得ないだろそんなの!」

「ほら、本人もこー言ってることだし、正直に言おーぜ。流石にさっきのは冗談じゃ済まねーし……」

「う、あ、あ、あの、ね、ぐすっ、うう……」


どうやら彼女が怖がってるのは俺自身ではなく俺に捨てられることのようで。上鳴が彼女を優しく前に出して、大丈夫だから、と一言添えてくれて、彼女は涙をこぼしながら漸く真っ赤になった目を俺に向けてくれた。軽くしゃがんで、おいで、と腕を広げたら彼女はそろそろと近づいてきて、そっと俺に抱きついてくれた。そして消え入りそうな声で呟き始めた。


「あ、あ……赤ちゃんが、できたの……」

「…………は?ご、ごめん、もう一回聞いていい?」

「赤ちゃん、できちゃったの……猿夫くんと、わたしの、赤ちゃん……」

「はぁ!?ちょ、待って!それ違う……」


彼女のお腹に俺の子がいるなんてことはあり得ない。というのも、俺が責任を取れるようになるまでその行為はしないと誓ったからだ。彼女と過ごす夜は裸になって抱き合ったりお互いの身体に触れ合ったりはしているものの、妊娠させてしまうような行為は決してしていない。何より、誰よりも大切な彼女を危険に晒すような行為をするわけがない。だから、それは違うんじゃと言おうとしたけれど、俺の腕から彼女がべりっと引き剥がされると共に顔面に物凄い衝撃。俺は上鳴に殴られていた。


「尾白テメェそりゃねーだろ!お前の子じゃなかったら誰の子なんだよ!真ちゃんがお前以外の男と……!?そんなんあり得ねーだろ!」

「い、いや、違……」

「さっき違うヤツの子じゃねーのかって言おうとしたんだろ!?見損なったぞ!もういい!真ちゃん、すぐ病院に行こう!」

「ひっ!か、上鳴、くん、待って、ま、猿夫くん、まだ、お話、してる……」


上鳴は真の言葉に耳を貸さず、大声に怯える彼女の手を引いて、彼女を引きずるようにD組の教室を出て行ってしまった。彼女は涙をこぼしながら救けを求めるような目で俺を見ていたけれど、俺はこの場から動くことができなかった。


真が妊娠……それが事実なら父親は間違いなく俺だろう。万が一、彼女が俺以外の男と……そんなの想像するだけで身が引き裂かれる思いだ。軽く首を振ってもう一度思考を巡らせ自身の行動を振り返った。彼女と裸で抱き合って、お互いの身をすり寄せあったことは何度もある。けれどその度に万が一妊娠させてしまったらと、その行為はせずとも自身が全裸になる時は如何なる時も避妊具を用いたし、誤って挿れてしまわないよう理性と闘いながら細心の注意を払ってきたつもりだ。やはり俺の子だとは考えにくい。他の男に、ということを除けばこの騒動は彼女の思い込みに他ならない。俺は一度検査薬を使用するべきだと考えて即座に相澤先生に外出許可をもらいに行った。


それから俺は全力で薬局へ走って検査薬を買ってきた。店員から怪訝な目で見られたけれど、愛する彼女の一大事に恥ずかしがってなんかいられない。しかしD組の寮に行っても彼女の部屋はもぬけの殻で。まさかと思ってA組寮男子棟3階の自分の部屋の二つ隣の部屋のドアを叩いた。するとバツが悪そうに目を泳がせた上鳴が中に入れてくれて、丸いクッションを抱きしめながら真っ赤な顔をして彼のベッドで身体を丸めている真がいた。どうしたのかと問おうとすると、上鳴は突然床に頭をぶつけながら土下座をしてきた。


「かっ、上鳴!?どうした!?」

「悪ィ!尾白!さっき殴っちまってほんっとーに悪かった!ごめん!」

「い、いや、俺もはっきり喋ればよかったし……気にしてないよ。」

「いや!これは本当に俺が悪い!俺を殴ってくれ!」

「いや!いいって!」


先ほどとは打って変わって俺に何度も謝ってきて、一向に顔を上げる様子はない。真の方を見ても、彼女は抱きしめたクッションに顔も身体も押し付けてさらに小さく丸まった。そしてぼそぼそと言葉を紡ぎ始めた。


「ご、めん、なさい。赤ちゃん、いなかった、の……」

「…………は?」

「う、うう、お、怒らないで…………」

「なっ、泣かないで!大丈夫!怒るわけないから!」

「ひっ!」

「あっ!ご、ごめん、大きな声、怖いよね、ごめんね……ほら、おいで……」


俺はいつも通り真を抱きしめようと腕を広げたけれど、彼女が動く気配はない。


「ご、ごめんなさい、今、お腹痛くて……ま、猿夫くん、来て、くれる?」

「えっ、大丈夫?近寄っても平気?」

「うん……背中、いつもみたいに触ってほしいな……」

「わかった。」


俺はいつも通り彼女の背をとんとんと優しく叩いたり、さすさすと撫でたりした。彼女はほっとしたのかとても気持ち良さそうな顔をして、しばらくするとすぅすぅと寝息を立てて眠ってしまったようで。チラッと上鳴を見ると、彼は事の顛末を詳しく説明してくれた。


どうやら真はここ2ヶ月ほど生理が来なかったとか。妊娠してしまったと思い込んだ彼女は誰にも相談できず、ついに教室で泣き出してしまったらしい。たまたま友人から借りていた教科書を返しに来た上鳴が彼女の涙に気がついて、声をかけて詳しく話を聞いていたところに俺が現れたというわけだ。しかし彼が彼女を連れて寮まで歩いて行ったところで彼女の身体に異変が。どうやら無事に2ヶ月ぶりのソレがやってきて。つまり妊娠は思い過ごしだったのだ。俺は握っていた検査薬をそっとポケットに隠して、何事もなくてよかったと一息ついて、天使のように可愛らしい彼女の寝顔を見守ることにした。





勘違い




「ところで、お前らまだヤってなかったんだな……俺はてっきり……」

「まだ高校生だろ!?そんなの早すぎるって……!」

「いやいや!峰田じゃねーけど、このドスケベボディを前にして我慢すんの辛くね?正直に言ってみ?ヤりてーだろ?」


俺はチラッと横目で真を見た。彼女の寝顔を見ていると夜の甘いひと時が思い出される。甲高い甘い声、雪のように白く陶器のようにつやっつやの肌、柔らかくて大きな胸、きゅっとくびれた腰、突き出たお尻、艶かしい曲線を描く美しい身体のライン、そしてむっちりとした柔らかい脚……ごくっと喉を鳴らして生唾を飲み込んでしまった。


「……ヤりたい。」

「うっわ、このエロ猿。」

「お、お前が言わせたんだろ!?」

「しーっ!真ちゃんが起きちまう!」

「……とりあえず真の部屋まで運ぶかな……」

「……襲うなよ。」

「襲わないよ!」
 



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