心からの贈り物
2月14日。女の子にとって特別な日、バレンタインデー。わたしの手には大好きな彼にあげるはずだったチョコレートが入っている潰れてしまった黄色い箱。原因は4時間前に遡る。



***



「うわっ、あんたそんなにいっぱい!?」

「そう!これは二人の分、はい!それからこれはヒーロー科のお友達の分で、こっちは部活のみんなの分、それでこれが猿夫くん……えへへ、恥ずかしいな……」

「見りゃわかるわよ、一人だけラッピング違いすぎ……」

「相変わらずラブラブだね……中のチョコ、溶けてそう。」

「大丈夫!保冷剤ばっちりだし、師匠にちゃんと習ったから!」


ふふん、と鼻高々に親友に語っていたらふと窓の外遠くに人集りが見えた。いつもなら気にならないのだけれど正門に集まる女の子達を見て、一体どんな男の子が、と窓をチラッと覗いてしまった。中心にいたのは主にヒーロー科の男の子達、そしてわたしの本命チョコのお届け先、尾白猿夫くんもいて、彼は紙袋いっぱいにチョコを貰って嬉しそうに笑っていた。私はバサッと大量のチョコの入った紙袋を落としてしまった。確かに彼は世界一と言っても過言ではない程かっこいいし、数多の女の子たちの憧れの的になってもおかしくはない、かく言うわたしも彼の虜なのだ。しかしながらわたしは彼の恋人という唯一絶対のポジションに座しているはずなのに、どうしてか不安で悲しい気持ちでいっぱいになって、でも、なんだかむしゃくしゃしてしまって、わたしは彼に渡すはずだった黄色い箱を無我夢中でぎゅうっと抱きしめ潰してしまったのだ。



***



「猿夫くん、嬉しそうだったな……わたしなんて、やっぱり、いなくても、いい、の、かな……」


お昼休みに猿夫くん以外の人へのチョコを渡し終わったわたしはひとりでぽつんと屋上に座って、空を見上げてぽつりと呟いたけれど、言葉は綺麗な青空に溶けてしまって。悲しくて悔しくて惨めで情けなくて心の狭い自分に呆れ果てて、わたしはとうとう滲む涙が抑えきれなくなってしまった。目からぼろぼろと涙がこぼれ落ちて、制服が、潰れた箱が、地面が、どんどん濡れていく。こんな、こんなもの……わたしは潰れた黄色い箱を乱暴に開けて、中に入っている可愛いチョコをじっと見つめた。けれど涙がどんどんチョコにこぼれ落ちるばかりで。


彼を囲んでいた女の子たちはみんな可愛くて、わたしよりはるかに背も高くて彼にお似合いの女の子ばかりで、わたしなんて、わたしなんて……


嗚咽を漏らして涙をぼろぼろこぼしながら、彼への愛の結晶とも言えるチョコを全部食べてしまった。師匠のマンツーマン指導のもと彼へのとびきりの愛を込めて作ったチョコは大変美味だったはずなのに、涙のせいで全部しょっぱく感じてしまった。全て口に入れ終わったところで突然、バンッ!と大きな音を立てて屋上が開いた。ゴクッとチョコを飲み込んで、ひっ!と小さく悲鳴をあげたらそこにいたのは先程チョコを渡したばかりの上鳴くんだった。


「ん?……え!?真ちゃん!?ど、どーしたのその涙!?」

「う、う、ぐすっ、な、なんで、も、ない、の、ご、ごめん、なさ、う、う…………」

「真ちゃん!待って!マジで!どーしたん!?つーか尾白は!?こんな時にどこ行ってんの!?」

「う、う、うわああああああん!!」


尾白。今一番聞きたくない名前を耳にして、わたしは子どものように大声をあげて泣きじゃくってしまった。オロオロと困り果てている上鳴くんは、猿夫くんを呼ぼうとスマホを取り出したのだけれど、わたしが今までに出したこともないような大きな声で、やめて!と叫んだもんだから、彼は驚いてスマホを落としかけてしまった。


「ごごご、ごめん!お、俺、どーしたらいい?何かできることある?」

「……うぅ、ぐすっ、う、うう、あ……」

「な、泣かないで!そ、そーだ、今日バレンタインだし、後で駅前の新しくできた店のチョコ食べに行く?さっきのお礼っつーか、逆チョコっつーことで!俺が奢るよ!な?真ちゃん、チョコ好きだろ?」

「……ぐすっ、う、うう、い、行く。」

「よ、良かった!じゃ、じゃあ、尾白にも……」

「いやっ!猿夫くんがいるなら行かないっ!」


わたしの言葉を聞いた上鳴くんは、オロオロしていたはずが急に真面目な顔になって、どかっとわたしの隣に腰掛けて、そっとわたしの頭に手を伸ばした。


「真ちゃん、ちょいごめんな。……熱、とかじゃないよな。なんかあったん?」

「……お話、聞いて、くれる?」

「もちろん!俺ら、親友だろ?」

「わあ……うん!ありがとう!」

「ッ……!じゃ、じゃあ、放課後、チョコ食いに行こっか……」

「うん!行く!」


上鳴くんに親友と言ってもらえたことが心の底から嬉しくて、わたしはなんとか涙を止めてニッと笑うことができて、上鳴くんと放課後チョコを食べに行く約束をした。何があったん?と軽く聞かれたから、猿夫くんたくさんチョコ持ってたでしょ、と頬を膨らませて不機嫌そうに呟いたら彼はわたしの涙の理由を察してくれたようだ。


そして放課後、外出届を出して、私服に着替えて正門で上鳴くんと待ち合わせ。門ではまだヒーロー科の人達へチョコを渡そうとする他校の女の子が集まっていて、ミッドナイト先生とプレゼントマイク先生が回収ボックスのようなものを設置していた。中には猿夫くん宛のチョコもあって、わたしはまたじわじわと涙をためていた。下を向いていると、寮から走ってやって来た上鳴くんからぽんぽんっと頭を撫でられた。


「ごめん!お待たせ!」

「ううん、大丈夫……」

「って、また泣いてんじゃん……マジで大丈夫?無理してない?」

「あれ。」


わたしが先生たちの置いたボックスを指さしたら、あー、と唸る上鳴くん。中には自分宛の物もあったみたいで少し嬉しそうにはしていたけれど。何人かの女の子がこちらに近寄って来て、上鳴電気さんの彼女さんですか!?なんて聞かれてしまい、わたしは下を向いてふるふると首を横に振った。わたしは、猿夫くんの、彼女、だもん…………


「あー……言おうか迷ってたんだけどさ。」

「うん……?」


上鳴くんが突然口を開いたから、目を大きく開けてじいっと彼を見上げた。ちょうど猿夫くんと同じくらいの身長だろうか、なんて思って凝視していたら彼の顔はみるみるうちに真っ赤に染まってしまった。


「あ、ごめんね。あんまり見られると恥ずかしいよね、ごめんね。下、向いとく。」

「あ、いや……え、っと、尾白、なんだけど、今日一日ずーっと真ちゃんが来るの待っててさ、さっきも寮の一階でずーっと待ってたんだよなぁ……」

「……待ってるのはわたしのことじゃないかもしれないよ。」


わたしは上鳴くんの励ましに対して、ぶすっとした顔でいじわるなお返事をしてしまった。みんなからはそうは見えない、なんて言われるけれど、実はわたしはかなり意地っ張りでなかなか素直になれないタイプだったりする。ある種、自身の感情に素直だということなのだけれど。上鳴くんはがしがしっと頭をかくと、とりあえず行こうか、と私の背をぽんっと叩いてくれた。わたしは黙って頷いて、彼とゆっくり歩き始めたのだった。





心からの贈り物




「猿夫くん、もう、わたしのことなんて、いらないのかな……」

「なっ、何言ってんだよ!んなことねーって!」

「ひっ!」

「あっ、ご、ごめん!そーいやでかい声苦手なんだっけ……?」

「うん、男の子の大きな声、怖くって……ごめんね。」

「いや、尾白からちゃんと聞いてるよ。あいつ、俺らが揶揄うと尻尾真っ赤にしながら嬉しそうに真ちゃんの話すんだよ。」

「……本当?」

「うん、だから心配しなくていーって!そーだ、帰りに美味そうなチョコ買って帰って、一緒に渡しに行く?」

「……うん。遅くなって、ごめんねって言わなきゃ……あの、一緒に、来てもらっていい?」

「もちろんいーぜ!」




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